日本財団 図書館


(2)計算シミュレーションの基となる新マイクロ波標識の数式化
 以降の節で検討する計算シミュレーション等の基となる新マイクロ波標識の数式化について以下に述べる。
 はじめに、本報告書に使用する記号や式の説明及びその性質について示す。
 本報告書では、時間と周波数を表す変数をそれぞれtとfとする。また信号をs、伝達関数をhとし、時間領域では小文字s(t)、周波数領域では大文字S(f)とし、添え字にて信号を区別する。なお、時間領域と周波数領域はフーリエ変換対の関係があり、一意性(1対1の関係)をもち、これらのフーリエ変換対を記号⇔で示す事とし、記号左側が時間領域、右側が周波数領域を表すとした。例えば
 
 
と標記した場合は、記号「⇔」の左側が信号の時間領域表現、右側が信号の周波数領域表現であることを表している。
 またフーリエ変換の取り扱いとして畳み込み演算があり、この演算を記号で表す。基本的な特性として、(3-1)式に示すように時間領域での畳み込み演算は周波数領域での乗算、逆に(3-2)式に示すように時間領域での乗算は周波数領域での畳み込み演算となる性質をもつ。
 
 
 
 この畳み込み演算は、具体的には(3-3)式で表される。
 
 
 この他、数式化に必要となる基本的な関数としては、デルタ関数とステップ関数がある。
 デルタ関数は、図3-5に示す関数であり、よく知られるように(3-4)式で表すことができる。
 
 
図3-5 デルタ関数
 
 また、ステップ関数は図3-6に示す関数であり、(3-5)式で表すことができる。
 
 
図3-6 ステップ関数
 
 次に、実際にこれらの関数を使用して遅延合成方式の新マイクロ波標識のシステムを数式化する。
 遅延合成方式は、前述のようにレーダーから送信された信号を新マイクロ波標識が受信し、増幅器による増幅やミキサによるダウンコンバート後に、この受信信号に対して遅延合成処理が行われる。遅延合成処理された受信信号は応答送信信号となり、ミキサによるアップコンバージョンや増幅器による増幅後にビーコンから送信される。
 遅延合成処理は、受信した信号を遅延量の最小単位である単位遅延時間ずつ遅延させ、応答信号であるモールス符号状の信号として送信することから、言い換えれば単位遅延時間相当の間隔で連続した目標を仮想的に作り出すことにより所望の識別符号を生成する処理といえる。
 遅延合成処理の伝達関数を数式化するために、ビーコン応答信号である識別符号の包絡線の特性を求める。応答信号は単位符号長1.0[μsec]を1符合とした16符号を最長とする為、16個の要素をもつ行列、[code]で表すことができる。符号として、モールスコードの「K(−・−)」を例にとると、
 
[code]=[1,1,1,0,1,0,1,1,1,0,0,0,0,0,0,0] (3-6)
 
で表される。すなわち、時間領域における符号の包絡線hcode(t)は、(3-5)式のステップ関数を使用して次式で表される。
 
 但し、Tcode:単位モールス長。
 
 周波数領域Hcode(f)は、これをフーリエ変換すれば得られる。
 
 
 これらの特性を図3-7に示す。
 
図3-7 符号「K」の時間領域及び周波数領域での特性
(a)時間領域
 
(b)周波数領域
 
 一方、遅延合成処理はレーダーの距離分解能にあわせて、識別符号を構成する単位符号長よりもさらに細かな時間間隔(単位遅延時間)で受信信号を遅延させる必要がある。この単位遅延時間の特性は連続デルタ関数として次式で表すことができる。
 
 
 ここでTdelayは単位遅延時間を表し、このことから、連続デルタ関数の間隔は
 
時間領域:Tdelay、周波数領域:1/Tdelay (3-10)
 
となる。Tdelay=0.1[μs]の場合は、その特性は図3-8となる。
 
図3-8 単位遅延時間の連続デルタ関数
(a)時間領域
 
(b)周波数領域
 
 前述したように、遅延合成処理は、単位遅延時間相当の間隔で連続したモールス符号状の目標を仮想的に作り出す処理である。そのため遅延合成処理による伝達関数は、時間領域では、符号波形と単位遅延時間のデルタ関数の積となり、次式となる。
 
hd-code(t)=hcode(t)×δdelay(t) (3-11)
 
 つまり、符号波形が単位遅延時間のサンプリング間隔で離散化された伝達関数となることがわかる。また、(3-2)式のフーリエ変換の性質から、周波数領域では(3-11)式に対応する周波数領域表現の畳み込み演算となり、次式となる。
 
 
 以上をまとめると、次式となる。
 
 
 この特性を図に表すと図3-9となる。ここで、Hd-code(f)に注目すると、図3-7(b)で0[Hz]付近に集中していた符号の周波数成分Hcode(f)が、図3-8(b)における単位遅延時間の逆数間隔に従って繰り返されるような特性になっていることが分かる。
 
図3-9 遅延合成処理の伝達関数
(a)時間領域
 
(b)周波数領域
 
 以上で遅延合成処理の伝達関数hd-code(t)、Hd-code(f)を数式化したので、実際に遅延合成処理前後での信号変化について数式化する。
 遅延合成処理の信号表現を図3-10に示す。新マイクロ波標識のアンテナで受信した信号はRF帯の増幅器(LNA: 低雑音増幅器)で増幅され、ローカル信号によってミキサにてベースバンドに周波数シフトされる。さらにA/Dコンバータにてアナログからデジタルに変換される。この遅延合成処理前の信号をsR(t)、SR(f)とする。さらに同図より、遅延合成処理後の信号をsT(t)、ST(f)とする。遅延合成処理前後の信号は、既に数式化した遅延合成処理による伝達関数hd-code(t)、Hd-code(f)を用いることにより次式で表すことができる。
 
 
 遅延合成処理後の信号sT(t)、ST(f)は、D/Aコンバータにてアナログ信号に変換された後、ミキサにてRF帯に周波数シフトされる。この後RF帯の増幅器(PA: 電力増幅器)にて増幅され、アンテナから応答信号として照射される。
 以上により、遅延合成方式による新マイクロ波標識の数式化が行われた。次節以降の理論検討、計算シミュレーションはこの数式化に基づいて行い、第5章においては、この数式化の妥当性を実験値との比較を含めて検証する。
 
図3-10 遅延合成処理の信号表現







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION