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第2章 マイクロ波標識をとりまく状況
2.1 レーダーに関する国際動向
 船舶に搭載されるレーダーは、航行安全上重要な機器であり、IMO(国際海事機構 International Maritime Organization)によって詳細にその性能基準が規定されている。
 一方、近年電子機器から放射されるスプリアスを、より厳しく規制する動きが強まっている。特に、レーダーに関しては、現在送信素子として使用されているマグネトロンが、構造と動作原理からスプリアスが比較的大きなデバイスとなっているため、マグネトロン自身のみならずその駆動を行うドライバ回路を含めて対策が検討されており、また大型船舶用のレーダーに対してはフィルタの挿入等によって不要波を除去する検討も行われている。しかしながら、ますます厳しさを増すスプリアス基準値に適合させるには、マグネトロンによらない半導体化された送信機を使用し、新しい信号処理技術と組合せた新方式のレーダーにも期待がよせられている。また、新方式のレーダーが実現することによって、従来のレーダーよりもクラッタ環境下における目標探知性能の向上が期待できるという考え方も見られ、このような観点からも新方式のレーダーに対する要求が高まっている。
 IMOでは、現在レーダー装置に対する性能基準の見直しが行われているが、これらの新方式のレーダーが従来のマイクロ波標識(レーダービーコン)に応答できない問題についても議論されている。すなわち、スプリアス規制や運用者からの性能向上要求から新方式のレーダーの開発を推奨すべきであるが、これと並行して新方式のレーダービーコンの開発も進められなければならない為である。IALA(国際航路標識協会)のRNAV 21/output/06「レーダー航路標識の将来(Future of radar aids to navigation)」にもまとめられているように、IMOの航行安全小委員会は、2004年のNAV50において、Sバンドレーダーがレーダービーコンに応答する義務の除外を求めたRCG(Radar Correspondence Group)の見解を支持している。しかし、この主旨はビーコンの有効性を否定するものでなく、IMO NAV 50/9の文章を引用すれば、
「レーコンは航海士にとって大きな助けとなるが、現状のレーコンやSARTに応答する要求は60年前の旧式のパルスレーダー方式を継続して使用することを強要し、その結果として有益な発展を妨げる。新しいビーコンがIMOにより認可されるまでは、XバンドのSART(及び現状のレーコン)対する適合性は維持されねばならない一方、Sバンドのレーコンに応答する要求は性能基準の改訂版からは除外されており、この帯域で動作するレーダーの革新的な設計を認めている。」
とされており、新方式レーダーの開発を奨励しつつ、このようなレーダーにも対応可能なレーダービーコンの開発が待たれている現状を表していると考えられる。
 このような背景により、新方式レーダーの開発は益々加速するものと考えられ、これに対応できるレーダービーコンも早急に開発される必要がある。
 現在考えられる主な新方式レーダーとしては、チャープレーダーに代表されるパルス圧縮レーダー、FM-CWレーダー等のいわゆるコヒーレント方式のレーダーが挙げられるが、以下にこれらの新方式レーダーについて、その概要を述べる。
 
(1)パルス圧縮レーダー
 パルス圧縮方式は送信ピーク電力を低く抑えることができるため、耐圧が低く高いピーク電力を得ることが容易でない半導体化送信機も使用可能となり、従来のようにマグネトロンを使用することなくレーダーシステムを実現することもできる方式である。
 単一の周波数を使用する一般的なパルスレーダーにおいて、距離分解能ΔRpとパルス幅tpの間には以下の関係がある。
ΔRp=c・tp/2 (2-1)
 従って、距離分解能を向上する場合はパルス幅を短くすればよいが、平均の電力は低下するため探知距離が減少してしまう。パルス圧縮方式は、変調を施した長いパルスを送信に使用して平均電力を確保し、受信時にこのパルスを圧縮して距離分解能を改善することで、この問題を解決している。
 
図2-1 送信波形
 
 パルス圧縮レーダーの送信波は図2-1のように、送信パルス内の周波数が時間と共に高くなる周波数変調(FM)がかけられる。同図のように、長いパルス波Twの期間で周波数がΔFだけ偏移する。このような信号をFMチャープ信号と呼ぶ。
 
図2-2 パルス圧縮処理と出力特性
 
 物標で反射された電波は、受信機内で図2-2に示すような周波数に対して時間遅延を持たせる処理をPulse compression network(パルス圧縮回路)で行うことにより、パルス幅を圧縮して距離分解能を確保する。処理された出力波形の幅TpはΔFの逆数となり、原パルス幅Twとは無関係に圧縮される。出力パルスの振幅は送信波の(Tw・ΔF)1/2倍に大きくなって受信される。電力では電圧の自乗となるので、Tw・ΔF倍となる。この積をパルス圧縮比と呼び、パルス圧縮処理によって向上する利得を表す。単一周波数の通常のパルスにおいて、実効帯域幅Bpは概ね1/tp(tpはパルス幅)である。従って、パルス幅と帯域幅の積は”1”である。一方、パルス圧縮ではこの積が”1”以上となり、システムの利得が向上するため、低い送信ピーク電力でも探知距離性能を確保することができる。
 
図2-3 ノンリニアチャープ波形
 
 実際には、このような処理において、圧縮された波形にはサイドローブが存在し、その値は-13.2dBである。これは距離方向の偽像となるので、このサイドローブを低減するために周波数の掃引方法を図2-3のように直線ではなくするような工夫等が行われている。このような方式を「ノンリニアFM」と呼んでいる。
 
図2-4 SAWデバイスの例
 
 FMチャープ信号の発生及びその検出には幾つかの方法が開発されている。一般には、電気信号を超音波振動に変換して遅延特性を持たせる表面音響波[SAW: Surface Acoustic Wave]遅延線デバイスが普及している。その一例を図2-4に示す。幅の狭いパルスには広い周波数成分が含まれているので、幅の狭いレーダーパルスをSAWデバイスに通過させると、分散性周波数遅延特性によりFMチャープとなる。これを増幅、整形しレーダー送信波とする。物標から反射された受信波を同じSAWデバイスへ逆方向から通過させると、元の狭いパルス波に圧縮された受信波が得られる。
 
図2-5 チャープ発生回路の例
 
図2-6 パルス圧縮回路の例
 
 SAWデバイスは製造上の精度などに限界があり、近年ではこれらの処理をデジタル演算によって行う方式に置き換わりつつある。波形メモリにチャープ波形を格納し、これを読み出すことで波形を発生する図2-5のようなチャープ発生回路がその例である。また、トランスバーサルフィルタによるデジタル処理でパルス圧縮を行う、図2-6のような圧縮回路もある。
 このようなパルス圧縮レーダーシステムの例(リニアFMパルス圧縮)を図2-7に示す。
 
図2-7 パルス圧縮レーダーシステムの例







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