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2001/11/09 朝日新聞朝刊
桐生競艇(公営ギャンブルを歩く:3)/群馬
勝負を終えたら「高沢食堂」。かつては桐生競艇(笠懸町阿左美)の入り口にあるこの店に足を向けるファンは多かった。
レース開催日、店内の二十数席は常時満席。入りきれない客は店前に並べられた木箱をテーブルやイス代わりにして一杯ひっかける。酒を用意したり、魚を焼いたり・・・。
それから二十数年。店主は当時20代だった高沢茂さん(48)だ。店内は今、レースのテレビ中継が流れ、壁にはメニューと一緒に競艇選手の写真も飾られる。だが、商売は店先で高沢さんが売るイカ焼きや焼きそばが中心。テーブルに着く客は1日十数人に減った。
高沢さんは「不景気で競艇に来る客が減った。ちょっとした楽しみで遊んでいる人がほとんどでしょう」と話す。午前7時に開店するが「(競艇場の開門直後の)午前10時ごろまでは『開店休業』だね」。
店は53年、高沢さんの父が「高沢売店」として始めた。おもちゃや焼きそばなど子ども相手の商いだった。
だが、3年後、桐生競艇がオープンして店は一変した。午前2時から料理の仕込みをしなければ追いつかない。営業日はいつしか、桐生競艇の開催日だけになった。
冬の寒い朝、店にあったビールの木箱がなくなっていたことがあった。競艇場の開門を待つ人たちが燃やして暖をとっていた。「良くも悪くもにぎやかだった。今となっては懐かしいね」
桐生競艇は9月中旬から水門の改修をしている。コースとなる貯水池の水が抜かれ、地割れすら見える。12月27日の再開までは、ほかの競艇場の舟券を発売している。
競艇は水面を陸上のトラックのように見立てた1周600メートルのコースを6艇が3周する。
10月、大勢の客がほかの競艇場で開催されているレース中継を施設内のテレビで観戦していた。
大型スクリーンの前では200人ほどの人だかり。「よし!」。スタート直後のターンで歓声が沸く。競艇は最初のターンで勝負がつくケースが圧倒的に多いという。
無料で配られるレースの出走表を手にしていた、失業中という男性(54)は「生活費には手を出さない。ましてや競艇で生活費をかせごうなんて無理。最終レースだけ2千円ほど買うつもり」
午後4時半過ぎ、レースが終わり高沢食堂に2、3人の常連客が集まった。
冷ややっこをつまみにビールを飲んでいた太田市の男性(63)は20代半ばからの競艇ファン。30年ほど前から、帰りがけに必ず立ち寄る。勝っても負けても、いつも頼むものは同じ。ほかの客のテーブルにもビールや酒とつまみ1、2品が並ぶ。
高沢さんは「千円は残して来てくれる。どんなに負けてもどこか冷静な部分を持っている人たちが常連客として残った」と話す。
大金を稼いで、派手に酒を飲んだり料理を注文したりする人もいたが、1年もたたないうちに来なくなった。「自分のペースを守れない人は、ギャンブルも長続きしないんだろうね。お客さんの酒の飲み方を見ていると分かりますよ」
<桐生競艇>
56年に初開催。施行者は桐生市と、3町(笠懸、薮塚、大間々)による阿左美水園競艇組合。渡良瀬川からの用水を引き入れた約16万平方メートルの水面の一部を利用する。97年にナイターレースも始めた。
売り上げは90年度(約971億円)から減少傾向にあるが、ビッグレースがあった95年度は過去最高の約988億円となるなど、レースの規模にも左右される。
昨年度は約591億円で利用者は約271万人。利用者は電話投票や全国での場外発売の拡大で増えているが、桐生の入場者だけでみると低迷しているという。昨年度、収益の一般会計への繰り入れは、同市が11億円、同組合は3町に計2億円。
1〜3着までを当てる高配当の舟券の導入が全国で進んでいるが、桐生競艇は「検討中」となっている。
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