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1999/09/05 朝日新聞朝刊
ファン(最終コーナー 公営ギャンブルの明日:5)/神奈川
七月二十三日夜。川崎市内のとあるパブレストランは、華やかな雰囲気に包まれていた。
「日本名輪会ファンクラブ」の発足記念パーティーに、かつての名選手が顔をそろえたからだ。「鉄人」吉田実さん、「輪聖」白鳥伸雄さんら七人。名輪会のメンバーだ。おそろいのグレーのブレザーに身を包み、壇上に並んだ。
箱根町に住む高原永伍さん(五九)の姿もあった。「逃げの神様」と言われた。一九九四年に引退するまで、二千六百五十一回走って、一位が九百四十一回。
五十人ほどの出席者に向かって、こうあいさつした。
「ファンクラブ結成を弾みに、みんなで努力したい」
名輪会は、プロ野球の名球会にあたる。四年前に発足。特別競輪の優勝回数や賞金王の回数などを基に選ばれた十三人が会員。ファンクラブは名輪会を応援することで、ファンの底辺拡大を狙う。
初代会長になったのは、川崎市内で看板制作会社を営む須田国男さん(五九)。高原さんとは中学校の同級生だ。
パーティーの翌日、川崎競輪場で活動のスタートを切った。冠レースと呼ばれる「高原永伍杯」の初日。観客席に、ファンクラブの横断幕を掲げた。縦二メートル、横十メートル。青地に十三人の名前を入れた。ファンクラブの会員から寄付を集め、約十四万円で須田さんが作った。
レースの合間にセレモニー。須田さんらがバンクで、名輪会の会員に花束や記念品を手渡し、レースを盛り上げた。
須田さんは、高原さんがめきめき力をつけ始めた二十四歳のころファンになった。四年前、花月園競輪場で会員制の「ロイヤルラウンジ」を利用できる友の会に入ってからは、月に六日ほど訪れる。一日に約三万円分の車券を買って楽しむ。
「いつ、だれが先頭に飛び出すか。そして、それをだれが追い抜くか。レース展開を予想するのが楽しいんだ」
競輪を開催している全国三十九市が結束し、八月末に「全国競輪都市協議会」を設立した。売り上げの三・七%を日本自転車振興会に納める交付金制度の見直しを国に要求するためだ。
車券売り上げの七五%は客に配当し、残り二五%から人件費や交付金、選手賞金などを差し引いた残りが自治体の収入になる。全国競輪施行者協議会の調べ(九八年度)によると、七十七団体(二百二十六市町村)のうち、三分の一が赤字に苦しむ。
交付金は自転車競技法に基づく。一号(機械工業振興費)、二号(公益事業振興費)、三号(振興会の運営費)がある。振興会によると、九八年度に受け入れた交付金額は計約五百三十六億円にのぼり、六百を超える社団・財団法人に補助金を配った。配布先には、通産省OBが天下る団体もある。
約十二億二千二百万円を納めた川崎市は「率を引き下げてほしい」と訴える。しかし、通産省は「まず、開催経費を圧縮する対策をとるべきだ。従事員の日給は妥当な額なのか、売り上げが増える対策をとっているのか」と手厳しい。
競馬も同様だ。農水省は「赤字でも、減免制度はない」。
須田さんたちは、若いファンを増やすため、名輪会員による競輪講座や観戦ツアーを計画している。現在の会員は約百三十人。東日本で三百人が当面の目標だ。
「地道に活動を続け、なんとか回復の糸口を見つけたい」と須田さんは願う。
=おわり
(この連載は佐藤清孝が担当しました)
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