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1999/09/02 朝日新聞朝刊
赤服たち(最終コーナー 公営ギャンブルの明日:3)/神奈川
競輪は二千メートル競走が主流だ。川崎競輪場のバンクは一周四百メートル。五周の勝負である。
残り二周になると、中央観客席六階の審判室から、発走・決勝線の内側に立つ打鐘員岩田義(ただし)さん(二七)のヘッドホンに無線で指示が届く。
「打鐘OK!」
先頭の選手が、残り一周半のバックストレッチラインを通過するのを見極めて、岩田さんは木づちで鐘を乱打した。
「ジャン、ジャン、ジャン」
半周続いたジャンが鳴り終わると、岩田さんの隣に立つ周回員高橋健太郎さん(二四)が、周回板をめくる。残り一周を示す「決勝」の白い文字。
選手がスパートをかけ、観客席から歓声が上がる。
この二人とスタートの号砲を打つ三人は競輪界の「赤服」。赤い帽子に赤のポロシャツ。冬は赤いブルゾン姿。バンクの四つのコーナーごとに配置される走路審判員への登竜門である。
岩田さんの競輪との出合いは、関東学院大学法学部(小田原市)の学生時代。無料バスで行った小田原競輪場で、きびきびと動く走路審判員や打鐘員の姿に引かれた。
南関東自転車競技会に一九九七年四月に入会し、伊豆の修善寺にある競輪学校で半年間学んだ。同会は、神奈川など三県八競輪場でレースを運営する組織。一年間周回員を務め、今年一月から五月中旬までスタートの号砲を鳴らした。
鐘を鳴らして三カ月余り。レースの流れで打つ間隔を変える。先頭車のペースが速ければ速く、遅ければゆっくり。「自分もレースに参加している実感がある」
レースの審判員は一組十四人。岩田さんらの組が川崎と花月園を担当し、もう一組が小田原と平塚を持つ。県内に競輪の審判員は二十八人しかいない。
走路審判員は、十年以上の経験者。白と赤い旗を持ち、選手の違反行為に目を光らせる。レース終了後、全員が白旗なら失格の疑いなし。一人でも赤旗を上げると、審議される。走路審判員は岩田さんの当面の目標だ。
南関東自転車競技会副会長の君嶋正之さん(六二)は、ファンの高齢化が気がかりだ。審判長や本部業務部長などを歴任し、川崎競輪の浮き沈みを目の当たりにしてきた。競輪場は敗戦直後の四九年にできたまま。入場者の平均年齢は五十三・一歳(九六年度・日本自転車振興会調べ)。
「器が鉄火場の雰囲気をつくってしまっている」と残念がる。
群馬県の「グリーンドーム前橋」は川崎とは対照的な存在だ。前橋市が、コンベンション都市構想の中核施設として建設し、九〇年から競輪を開催している。全席禁煙。ごみも落ちていない。明るく清潔なイメージに、「女性でも入りやすい」と好評だ。
九八年度の売り上げは約五百三十一億円で、入場者は約四十万人。トップレーサーが集まる特別競輪が開催できるとあって、売り上げは普通競輪が中心の川崎の一・四倍。多目的イベント施設として、人気グループのコンサートも開く。前橋市競輪事務所は「ばくち場からレジャー施設に変身した」と胸を張る。
川崎市も手をこまねいているわけではない。起死回生策として昨年七月、高橋清市長の私的諮問機関が、競輪場を川崎競馬場の中に移転すべきだと、答申した。競馬場所有者のよみうりランド(本社・東京都稲城市)と交渉中だ。しかし、市が見込む約二百三十億円の整備費の負担などを巡ってまとまっていない。
岩田さんが立つ場所からは、客の顔が見える。
「十人のうち九人までは五十−六十代。テレビCMなどで昔の灰色のイメージを今風にアピールする努力はしていると思うんですが・・・。若い人が、足を運ぶきっかけがないのかな」
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