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1998/10/13 朝日新聞夕刊
なぜ日本では「悪」に(ギャンブル!を問う:上)
ことギャンブルとなると、日本ほど支離滅裂な社会もない。とばくを法律で禁止する世界有数のとばく大国。この奇態なねじれはどうして起こったのか。そも、ギャンブルとは何なのか。その根は意外に深そうだ。ねじれをたどり、解きほぐしていくことで、日本人が心の奥底に抱え持っている精神風景に迫ってみた。
(鈴木繁)
「次から次へとお金をつぎ込み、生業をなげうってやるのがギャンブル」。一九九七年五月、衆院文教委員会でのスポーツ議員連盟の答弁だ。サッカーくじ推進派のギャンブル観はここに集約されている。
呼応する反対派の代表的意見は「サッカーくじはギャンブルであり、青少年に悪影響を与える」。
つまりは、推進派も反対派も「ギャンブル=悪」を大前提のものとした論戦だった。この前提、形式的には正しい。日本ではギャンブルが、刑法で禁止されているから。ところが、実態をみれば、さまざまな公営ギャンブルやパチンコホールがギャンブルの機会を広く供しているわけで、ギャンブル産業は、年間四十兆円規模ともいわれる。
そんな実態は抜き。ギャンブルの本質論議はほとんど盛り上がらぬまま、法案は成立してしまった。有馬朗人文部大臣は、今年八月の新閣僚インタビューの席でこう答えている。「(サッカーくじは)ギャンブル性がないよう努力します」
○保険も株も不動産も・・・
かくて「ギャンブル=悪」だけが残された。この前提に真っ向から異を唱えるのが『現代パチンコ文化考』などギャンブル関係の著書が多い谷岡一郎・大阪商業大学学長(社会学)だ。
「ギャンブルは資本主義の本質と強く結びついている。保険は誕生当初からギャンブルそのものだったし、株も先物も不動産投資もギャンブルと変わるところがない。ギャンブルを否定したら国際的競争力の獲得はありえない。ギャンブルの怖さを知らなかったからこそ、多くのエリートがバブルで失敗した」
とはいえ、「ギャンブル=悪」の図式が、ぬぐい難いものとして世間に漂っているのもまた実感。
とばく史研究家の増川宏一氏によれば、日本で最初に大流行したギャンブルは、八世紀ごろから愛好者が激増したすごろくとばく。民衆の文化が花開いた中世にはばくち上手を芸能者とみなす動きがあったという。ところが、江戸幕府、明治政府と中央集権化が進むにつれて、とばく弾圧が強化され、イメージも急激に悪化した。
「農耕型民族には、もともと勤勉な労働をとうとぶ倫理観がある」とする説もあるが、作家で競馬評論家の山野浩一氏は「日本の社会の底流に今もあるのは江戸の儒教観。その上に官僚支配がのっかり、人民にはなるべく自分で決めさせないようにしてきた」とみる。「本来の意味でのデモクラシーが、浸透してはいないということですよ、日本には」
戦後、日本にもたらされた民主主義と、世界に先駆けて議会制をしいた英国のデモクラシーは、似て非なるものと山野氏は主張する。
「英国は、ローマ教会の教義を離れ、自主的な理念のもとで自己決定することの重要性をいち早く学んだ。未来へ、未知なるものへ賭ける『射幸心』が、英国流デモクラシーを鍛えてきたんです」
確かに英国人は賭けることが好き。十七世紀のコーヒーハウスで、海運業者のギャンブルから保険が誕生したのは有名な話だ。今に至るも、民営の「賭け屋」が、日本の大相撲まで賭けの対象にしている。
○「市民の楽しみ」と明記
英国は、一九六〇年にギャンブルを合法化した。解禁の決定打となった第二次王室委員会報告は、とばく禁止を立法化すべきでない第一の理由としてこう記している。「国家は社会的に問題とならない限り、一般市民の楽しみを阻害すべきでない」
日本と比べたとき、国民の「大人扱い」ぶりが際立つ。小林章夫・上智大学教授(英文学)の著書『賭けとイギリス人』で紹介されたギャンブルへの熱狂ぶりから察すると、調査委員には「禁じてもしょうがない」というあきらめもまた、働いたのかもしれない。
とりわけ、産業革命前夜の十八世紀前半にはすさまじいギャンブルブームが到来し、下層の民も貴族も熱くなったようだ。人の生き死ににまで人々は賭けた。両性具有をウワサされた人物が男か女かが賭けになったおりには、死後の検視解剖に総額十二万ポンドが集まったという。為政者は何度もギャンブルの制限を企てたが、実効あるものはほとんどなかったとこの本は伝える。
○「投機」と「思索」は同語
「英国人は、推理したり予測したり人知の及ぶ範囲はとにかく自分でやりたがる」と小林教授は分析する。「富くじの合法化がほかのギャンブルより三十年以上遅れたのは、富くじに偶然の要素しかなく、一段下のモノとみられたからでしょう」
「自分で決める」ことと「天に任せて決めてもらう」の価値が日本とは逆。サッカーくじ論議で、推進派が説得のために使った「ギャンブルというより知的ゲーム」という主張は、「投機」と「思索」に同じspeculationということばを当てる英国人にとっては論理矛盾であり、「宝くじのようなもの」は「つまらないもの」の意味になってしまう。
ギャンブルの黄金郷、十八世紀の英国では、風紀が乱れ犯罪も横行した。その限りでは国を挙げて「ギャンブル=悪」を証明していたともいえる。しかし、同じ社会が自分の決断で未来を決定していくことの面白さを民衆に広め、資本主義とデモクラシー発展の下地をつくったことも、また否定できないのだ。
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