世界スプリント十連覇、中野浩一さん(四二)が本拠地にした福岡県久留米市の久留米競輪場。競輪選手の練習が終わった夕刻、体格でひときわ劣るが若々しい一団がバンクを回り始めた。久留米工大付属高の選手たちだ。
「プロを目指す生徒ばかり。でも、一学年で二、三人」。自転車部の手島又喜教諭(五七)は、プロに育った五十七人の教え子を二十三年間の指導歴で割り算し、道のりの険しさを語った。
部員は各学年十人前後。手島教諭を慕って全国から集まる。史上最速で獲得賞金十億円に達した福岡県出身の吉岡稔真選手(二七)クラスとなれば、才能と努力は想像を絶する世界だが、生徒たちは「中野さんや吉岡さんみたいになりたい」と屈託がない。
その競輪が二〇〇〇年のシドニー五輪で正式種目「ケイリン」となる。日本自転車振興会などのロビー活動が実った。五輪のお墨付きが国民スポーツとしての認知につながり、公営競技としての競輪人気にも波及すれば、と自転車競技界の期待は高まる。
若者も敏感だ。日本競輪学校の受験者も増加傾向にある。「ギャンブルの競輪は多少ためらうが、五輪のメダルが目標に加わって、部活動の延長という意識で受験してくる」という。
それでも、何としてもスターがほしい九州自転車競技会などは期待含みでこう話す。「体の小さい清水選手がスケートで金を取った」と。「ジャンプの原田選手みたいな感動的な選手が出ませんかね。テレビCMより、金メダルの方がずっと宣伝効果があるんですが・・・」。銀輪の願いは五輪の世界に広がる。
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