1996/06/14 朝日新聞朝刊
パチンコカードの黒い影(社説)
大手商社やNTTデータ通信が大株主となったパチンコカード事業は、変造品の横行により、昨年度だけで総額六百三十億円の損害を出した。
脱税をなくし、暴力団も排除できるとの触れ込みで、警察庁の後押しを受けて進められたカード化は、逆に犯罪集団を太らせる結果となった。こうした資金が、銃器や覚せい剤などに化けるおそれもある。事業を抜本的に見直すべきだ。
一九八八年から翌年にかけて三菱商事が主体の「日本レジャーカードシステム」、住友商事が中心となった「日本ゲームカード」が相次いで誕生した。最近では三井物産なども乗り出し、全国一万八千軒のパチンコ店のうち一万三千軒にカード機が入っている。
客は利用額が記憶された磁気カードを買い、それを使って玉を借りて遊ぶ。こうすれば、お金の流れはコンピューターが監視し、脱税などの余地が狭まると期待された。しかし、使用済みのカードに磁気情報を入れ直すなどの不正で、大量の玉をせしめて換金する手口にはもろかった。
カードによる玉貸しの代金はカード会社から店に支払われる仕組みで、不正が増えても店のふところが痛まないことも、変造カードの横行を許したようだ。
こうして、「地下水脈」に資金が流れ込んでしまった背景には、カードが抱える危険性への認識の甘さがなかったか。
NTTデータ通信は、急増するテレホンカードの変造の教訓を生かせず、同じ誤りを繰り返した。大手商社は、事業にひそむ危険を十分に把握せず、NTTデータ通信や警察の「看板」に頼って、資金や人材を投じている。
とりわけ警察の責任は重い。カード会社の経営陣には、管区警察局長などを勤め上げたOBが名を連ね、警察の退職者が役職員の大半を占める会社が主要株主だ。監督官庁という立場にとどまらず、この事業を育て上げた責任もあるといえよう。
カード会社や警察が、被害の拡大を防ぐために、徹底的な取り締まりや変造防止策を進めるのは当然だ。さらに、再発防止に自信が得られないならば、新技術のカードが導入できるまで、利用を打ち切るべきではないか。
パチンコ店はカード化に合わせて巨額の設備投資をしている。打ち切りの混乱は小さくないだろうが、やみ経済をこれ以上太らすことは許されない。
現金を使わずにすむプリペイドカードは便利ではあろうが、一歩間違えば「悪の温床」にもなりかねない。そんなカード社会の危うさを今回のパチンコカード事件は見せつけた。
カードの普及の前に、犯罪の土壌は一掃するという決然とした姿勢で、技術的、制度的な安全措置を整備すべきだ。
さらに、これを機に、パチンコのあり方自体も見つめ直したい。庶民の楽しみとして市民権を得たが、娯楽の域をこえて、ばくちの性格が高まってはいないか。カードの導入に合わせて、いっそうギャンブル性の高い機種がふえてきたようだ。
店舗間の競争がきびしくなるなかで、内装や機械を次々と更新し、主婦やお年寄りといった新たな客層を開拓しようとする経営者は少なくない。これまでギャンブルに縁遠かった人までが誘い込まれ、生活を壊されるケースも出てきている。
景品の換金問題もふくめて、パチンコを本来の健全な娯楽にもどす手立ては、ないものだろうか。
大手商社やNTTデータ通信が大株主となったパチンコカード事業は、変造品の横行により、昨年度だけで総額六百三十億円の損害を出した。
脱税をなくし、暴力団も排除できるとの触れ込みで、警察庁の後押しを受けて進められたカード化は、逆に犯罪集団を太らせる結果となった。こうした資金が、銃器や覚せい剤などに化けるおそれもある。事業を抜本的に見直すべきだ。
一九八八年から翌年にかけて三菱商事が主体の「日本レジャーカードシステム」、住友商事が中心となった「日本ゲームカード」が相次いで誕生した。最近では三井物産なども乗り出し、全国一万八千軒のパチンコ店のうち一万三千軒にカード機が入っている。
客は利用額が記憶された磁気カードを買い、それを使って玉を借りて遊ぶ。こうすれば、お金の流れはコンピューターが監視し、脱税などの余地が狭まると期待された。しかし、使用済みのカードに磁気情報を入れ直すなどの不正で、大量の玉をせしめて換金する手口にはもろかった。
カードによる玉貸しの代金はカード会社から店に支払われる仕組みで、不正が増えても店のふところが痛まないことも、変造カードの横行を許したようだ。
こうして、「地下水脈」に資金が流れ込んでしまった背景には、カードが抱える危険性への認識の甘さがなかったか。
NTTデータ通信は、急増するテレホンカードの変造の教訓を生かせず、同じ誤りを繰り返した。大手商社は、事業にひそむ危険を十分に把握せず、NTTデータ通信や警察の「看板」に頼って、資金や人材を投じている。
とりわけ警察の責任は重い。カード会社の経営陣には、管区警察局長などを勤め上げたOBが名を連ね、警察の退職者が役職員の大半を占める会社が主要株主だ。監督官庁という立場にとどまらず、この事業を育て上げた責任もあるといえよう。
カード会社や警察が、被害の拡大を防ぐために、徹底的な取り締まりや変造防止策を進めるのは当然だ。さらに、再発防止に自信が得られないならば、新技術のカードが導入できるまで、利用を打ち切るべきではないか。
パチンコ店はカード化に合わせて巨額の設備投資をしている。打ち切りの混乱は小さくないだろうが、やみ経済をこれ以上太らすことは許されない。
現金を使わずにすむプリペイドカードは便利ではあろうが、一歩間違えば「悪の温床」にもなりかねない。そんなカード社会の危うさを今回のパチンコカード事件は見せつけた。
カードの普及の前に、犯罪の土壌は一掃するという決然とした姿勢で、技術的、制度的な安全措置を整備すべきだ。
さらに、これを機に、パチンコのあり方自体も見つめ直したい。庶民の楽しみとして市民権を得たが、娯楽の域をこえて、ばくちの性格が高まってはいないか。カードの導入に合わせて、いっそうギャンブル性の高い機種がふえてきたようだ。
店舗間の競争がきびしくなるなかで、内装や機械を次々と更新し、主婦やお年寄りといった新たな客層を開拓しようとする経営者は少なくない。これまでギャンブルに縁遠かった人までが誘い込まれ、生活を壊されるケースも出てきている。
景品の換金問題もふくめて、パチンコを本来の健全な娯楽にもどす手立ては、ないものだろうか。
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