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2003/04/13 産経新聞朝刊
【一筆多論】国連信仰から決別の時
論説委員 矢島誠司
 
 イラク戦争を機に、新たな国際秩序が模索される可能性が強まってきた。
 国際秩序の変化という点で見逃してはならないのは、イラク戦争をめぐって行われた国連での激しい駆け引きと機能不全を見て、日本人の多くがもっていた国連神話、国連信仰が崩れ始めたことである。神話、信仰とは、ここでは真実以上のものを真実と思い込むことを意味する。
 国連の中枢である安保理は、決して正義や平和の殿堂ではなく、各国の国益の衝突の場であり、集団安全保障能力などもともと幻想だったことが明らかとなった。同時に、そうした国連を信じ、自国の安全保障をゆだねてしまうことの危うさを痛感させた。
 『国際連合という神話』(PHP新書)という本がある。著者は、元駐チリ大使の色摩力夫(しかまりきお)氏だ。一年半以上も前に出版されたものだが、いまの国連がかかえる主要な諸問題を、驚くべき正確さで予見していた。いや、予見していたというより、諸問題はその当時から、あるいはずっと以前からあったというべきかもしれない。
 同書によれば、国連は第二次大戦の戦勝国が自分たちの秩序維持のためにつくった一種の「結社」で、もともと国際社会を代表していない。国連の英語名は「連合(諸)国」であり、大戦中の枢軸国に対抗した連合国の名称を引き継いだに過ぎない。国連憲章にいまも残る旧敵国条項(日独などの旧敵国に対する武力行使を安保理を経ずに認める条項)がそれを示す。
 さらに、国連は恒久平和をめざしてもいない。戦争すら禁止していない。集団的安全保障機能も最初から機能しなかった。国連官僚機構は膨張を続け、壮大な無駄遣いをしている。日本の国連予算分担比率は権利の小ささに比べて大きすぎ、常任理事国の中国、ロシアの十数倍以上という不公平さである。
 小泉純一郎首相の私的懇談会が昨年十一月に発表した「21世紀日本外交の基本戦略」も「実態としての国連は、加盟国の利害がむき出しでぶつかる場所である。米英仏露中の戦勝国がかなり恣意(しい)的に支配する機関である」として、分担金問題をはじめとして、国連改革の必要性を強調した。
 論壇でも森本敏・拓殖大学教授が三月二十七日付の本紙「正論」欄で、国連安保理の分裂は修復不能としたうえで、「冷戦後の国際秩序は価値観を中心とする構造になりつつある。どのような価値観を国際社会の秩序と繁栄の基準とするかを慎重に選択し、米英日など自由、民主主義、自由経済に基づく繁栄といった基本的価値観を共有する諸国間で、国際連合ではなくて、民主自由連合を結成する時期が来ている」と主張した。米国がイラク戦に際して言った「有志連合」と呼応する考えでもある。
 さらに伊藤憲一・青山学院大学教授もこの十日付の同欄で、「日本の戦後外交は国連尊重主義を掲げてきたが、それは二十一世紀においても引き続き護持すべき外交原則であるのだろうか。それがいま問われ始めている」と述べ、「日本政府が、米英の対イラク武力行使に際して国連尊重路線ではなく、日米同盟重視路線を選択したのは賢明であったが、いまイラク戦後復興問題で国連主導を唱えているのには危うさを感ずる」と書いた。
 イラク戦後の新しい国際秩序はどうなるのか。国連の再結束の必要性が叫ばれるかもしれないが、今は少なくとも国連の実態と限界を知り、戦後日本の宿痾(しゅくあ)ともいうべき国連信仰から覚醒(かくせい)、決別するときであろう。
 
 
 
 
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