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私はこう考える【国連について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2000/10/01 読売新聞朝刊
[社説]世紀を超えて 国際機構と日本 国連をいかに機能させるか
◆戦争を防げなかった国際連盟
 戦争と革命の時代と呼ばれた二十世紀に、人類は二度の世界大戦を経験した。両次大戦後、戦勝国の手で、国際平和の維持を目的とする国際機構がそれぞれ誕生した。国際連盟と国際連合(国連)である。
 しかし、第一次大戦後にベルサイユ体制を支える柱として期待された国際連盟は、大戦の再発を防止できなかった。
 国際連盟は、ウィルソン米大統領の理想主義的なアイデアをパリ講和会議が結晶させ、一九二〇年一月に発足した世界最初の国際的平和機構である。
 だが肝心の米国が上院の批准反対で加盟せず、軍事的強制措置をとる制度的枠組みも持たないという致命的な弱点が、機構衰退の大きな誘因となった。
 戦勝国だった日本は、連盟設立時から理事会の常任理事国として、この国際機構の中心に位置した。事務局でも新渡戸稲造・事務次長らが活躍した。
 残念ながら、日本はむしろ連盟崩壊の端緒を作るという不名誉な足跡を残したことで記憶されている。一九三一年九月、満鉄線路を爆破した関東軍が中国軍の謀略に見せかけて満州事変を起こし、それを機に国際世論の非難を浴びる形で、三三年三月、最初の連盟脱退国となった。
 日本は、同じく連盟を脱退した独伊と三国同盟を結んで、米英など連合国相手の戦争に突入した。
 日本が外交的孤立を自ら選択したのは重大な過ちだった。その結果、多くの生命と財産を犠牲にして敗戦に至った苦い教訓を私たちは忘れてはならない。
◆普遍的機構へ成長した国連
 国際連盟にかわって、第二次世界大戦後に生まれたのが、今の国連である。
 連合国五十か国が一九四五年六月にサンフランシスコで署名した国連憲章は、「戦争の惨害から将来の世代を救う」ため、国連という国際機構を設けるとうたった。
 国際社会への復帰を熱望する日本は、サンフランシスコ講和条約発効で独立を回復すると直ちに国連加盟を申請し、五六年十二月に八十番目の加盟国として国連総会で承認され、国連本部に日の丸が翻った。
 現在、国連加盟国は百八十九か国。戦勝国だけで発足した国連は、敗戦国や戦後の独立新興国を迎え入れることで名実ともに普遍的な国際機構となった。問題は、この国際公共財をいかに有効に機能させるかにかかっている。
 国連の一義的目的は、国際的な平和と安全の維持にある。その主たる責任を負う安全保障理事会は、紛争の平和的解決にあたるとともに、平和に対する脅威や侵略行為に対して経済制裁や武力行使を決定できるという権限を持つ。
◆国連改革の要請にこたえよ
 しかし現実には、冷戦時代の安保理は多くの場合、有効な措置を取れなかった。東西陣営の角逐の影響をもろに受け、拒否権を持つ常任理事国(米ソ英仏中)の合意形成が困難だったからである。
 だが国連は「平和維持軍」という新しい平和維持機能を編み出した。
 五六年のスエズ危機の際にカナダのピアソン外相が発案したこのアイデアは、紛争当事者の同意下で中立的な軽武装の国連部隊を展開させ、政治交渉で事態の最終的解決を待つ間、武力衝突を未然に防止する緩衝の役割を担わせるというものだ。
 この国連平和維持活動(PKO)が、紛争拡大の防止に果たした役割は大きい。
 冷戦終結後も、ソマリアなどでの挫折はあったにせよ、PKOの有用性に変わりはない。「過去十年間、内戦で五百万以上の人が命を失い、その数倍が故郷を追われた」(アナン国連事務総長)状況に対処しようと、PKOの機能を強化するための論議が安保理で行われている。
 PKOだけでなく、時代の流れに合わせ、国連機構そのものを改革し、強化することも不可欠だ。
 今世紀初め二十億に満たなかった世界の人口は、いま六十億を超え二十五年後には約八十億人に膨れ上がろうとしている。限られた資源を分け合い、平和と繁栄を維持することが、新世紀の課題となる。
 そのためには、地球温暖化や難民、大量破壊兵器の拡散、国際犯罪、エイズなど様々なグローバルな課題に迅速に対処できる機構へと再生させる必要がある。加盟国の政治的意思が、そこでは問われる。
 国連憲章を改正して安保理の常任理事国と非常任理事国をともに増やすことは、国連の民主化と有効性を高めるはずだ。企業や非政府機関(NGO)との提携も国連を活性化させるだろう。
◆平和の受益者からの脱皮を
 「国連中心主義」を外交の三本柱の一つに掲げた日本は、義務的な財政負担にはきちんと応じる一方で、自ら知恵を出し積極的に行動することが少なかった。米国に次ぐ二番目の拠出国として、国連予算の二割相当分を拠出している大国となりながら、「顔が見えない」と批判された。
 PKO一つ取ってみても、自衛隊を含む本格的な要員参加を可能にする体制が整備されたのは、九二年にPKO協力法が成立してからだが、平和維持軍本体業務への参加は依然凍結されたままだ。
 戦後日本の経済成長は、国際社会の安全確保の努力があってこそ可能だった。日本は二十一世紀に向けて、平和の受益者の立場から、平和を構築する立場へとたくましく脱皮すべきだ。PKO協力法の改正は小さくとも必要な第一歩である。
 
 
 
 
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