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2001/01/23 毎日新聞朝刊
[負の明細書]国連の裏側/4 民間任せで利益なし−−本部の食堂
◇問われる経営感覚−−行政監理局「企業とそっくり同じことはできない」
 正午を少し過ぎると、ニューヨーク・マンハッタンの国連本部1階にある食堂には、長い列ができる。世界中から集まった職員や国連に駐在する外交官が背広やカラフルな民族衣装で並び、時に聞き慣れない言葉を交わしたりする。
 サンドイッチやサラダ、カレー、中華料理、すしに各種ケーキ。世界各国の料理が市価より安く食べられる。スパゲティならパン付きで3ドル95セント(約460円)だ。東側は全面ガラス張りになっていて、船舶が行き交うイースト川の景色も楽しめる。
 国連の内部査察室(OIOS)は1997年2月、この食堂をやり玉に挙げた。職員が経営感覚を持っていれば、「国連は10年で500万ドルほど得ることができたはずだ」と報告書は指摘した。
 査察室によると、国連は85年まで、出入りの民間業者に食堂の使用権を与えて運営させていた。ただし損益をすべて国連が引き受けるという契約だったから、「いくら稼いでも、もうけが増えない」業者は経営努力をせず、赤字を垂れ流していた。このため、86年から損益はすべて業者が負うように変えた。だが、部屋代、水、電気、ガス代などは国連が支払うことにしており、業者に極めて都合のいい内容になった。経営を強化した業者は、86年からの10年間で合わせて1000万ドルの収益を得ることができた。
 「損益を国連と業者が折半する取り決めにしておけば、業者もやる気をなくさないし、国連も利益を半分取れたはずだ」。査察室の勧告を受けた事務局は97年、国連が利益の一部を受け取れる契約に切り替えた。
 
 国連本部がさまざまな部門の経営管理に神経質になる背景には、慢性的な財政難という問題がある。国連事務局によると、加盟国が分担金の支払いを渋るため、予算(通常予算や平和維持活動=PKO=予算など)の滞納額は昨年末現在で22億5900万ドルに達している。加盟国のうち最高は米国で、滞納額は約13億ドルに上る。
 国連事務局は仕方なく、PKOのための費用を一時的に通常予算の会計に回したり、外部への支払いを遅らせることで何とかしのいできた。数年前には、職員の間で「給料が遅配になるのでは」とのうわさまで飛んだ。
 「このままでは世界中で起きる問題に機動的に対応できない」。危機感を抱いたアナン事務総長は昨年夏、民間企業と連携する「グローバル・コンパクト」というプロジェクトを始めた。国連と企業が一緒になり、環境対策や発展途上国支援などに取り組む試みだ。
 これを受け、一部企業は「社会的責任を果たす」という名目で、自社製品の提供を申し出た。ある通信機器の会社は被災地に携帯電話を支給することになり、医薬品会社は病気のまん延している地域に素早く大量の薬を供給するため、準備に取りかかっている。
 「大企業が国連に介入することになる」と批判する声もあるが、財政難の国連にとって民間企業の資金と技術は魅力的だ。企業にとっても、国連と一緒に途上国に入り、自社製品を普及させたり、企業イメージを向上させることができる。これまでに多国籍企業など50社が計画参加を表明している。
 
 ニューヨーク国連本部の青いビル、39階建ての事務棟は50年に建設されて以来、国連の顔として親しまれている。だが、内部の老朽化が激しく、機械が古いために電気を大量消費するし、エスカレーターもしばしば故障する。
 このため事務総長は、事務棟と周囲のビル内部を6年がかりで約9億6400万ドルかけて改修する計画をまとめた。しかし、資金が足りないため、加盟国に無利子融資を要請したり、「国連債」を発行することを検討している。
 国連事務局は既に、米国のコンサルタント会社に「国連が債券を出したら、どの程度の評価がつくのか」と問い合わせている。財政難が響いたのか、同社の格付け予想は、償還リスクがほとんどない最上級AAAではなく、「AA(高いレベル)とA(上の中)の間ぐらいだろう」というものだった。比較は難しいが、格付け会社「スタンダード&プアーズ」の場合、日本と米国の国債を最高のAAAに格付けしている。国連担当者は「(国連債発行は)まだ決まっていないので、(格付け予想について)何とも言えない」と語り、当惑気味の表情を見せた。
 国連で財政を担当する行政監理局のハルブワック事務次長補は、「食堂以外に音響機器などの管理でも民間企業に委託している。各業者との契約は3、4年ごとに見直し、経費削減に努めている」と説明した。「企業から学ぶことはいろいろある」と次長補は考えているが、「私たちは基本的に公務員で、国連は民間企業とは違う。財政面で企業とそっくり同じことはできない。企業から直接資金を受けることもできない」という原則も強調した。国連の財政改革で民間の発想を導入するには、やはり、限界があるようだ。
【上村幸治】=つづく
 
 
 
 
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