2004/08/25 朝日新聞朝刊
安易になりたがるな 常任理事国(社説)
小泉首相が9月下旬の国連総会で、安全保障理事会の常任理事国入りをめざす考えを表明するという。
小泉氏は、日本が今のままで常任理事国になることに消極的だった。
憲法9条をもつ日本は、海外での武力行使を禁じられている。9条を変えて集団的自衛権を認めるとともに、自衛隊の能力を高めてからならともかく、それができないうちはだめだ。
首相就任前、彼はこんな持論をもっていた。普通の国のように軍事行動ができないのに、常任理事国になるべきではないということだろう。国連での演説は今の憲法を前提にするというが、考えの基本を変えたわけではあるまい。
では、なぜいま常任理事国なのか。
イラクに自衛隊を派遣し、多国籍軍への参加も実現した。国内では、自民党だけでなく民主党も憲法改正案づくりの作業を進めており、改憲ムードが高まっている。自身の考える常任理事国入りの条件が整いつつあると判断しての、君子豹変(ひょうへん)であろうか。
事は日本の針路にかかわる重大な問題である。いま常任理事国入りを表明するのはなぜなのか。首相はまず日本国民に説明すべきだ。
つい先日のこと、米国のパウエル国務長官が「安保理の一員となり、それに伴う義務を担うというなら、憲法9条が今のままでいいのか検討されなければならない」と発言した。常任理事国入りの問題を利用して、米国の世界戦略のために日本の軍事的役割を広げようという意図が透けて見える。
米国を支持し、行動をともにすることに熱心な小泉首相のことだ。そうした米国側の意図を知らないはずはない。
イラクの復興支援活動などの「実績」を背に国際貢献をぶっても、他の加盟国から「米国票がひとつ増えるだけだ」と冷たく受け取られかねない。
常任理事国入りが「悲願」の外務省は、首相が先頭に立ってくれれば心強いことだろう。日本は米国に次ぐ分担金を納めている。国連改革の柱の一つである安保理改革とからんで、常任理事国の枠が拡大されれば、日本には新たに加わる資格が十分にある。発言力を強化する絶好の機会、というわけだ。
しかし大切なのは、常任理事国になること自体でなく、そこで何をするかである。それは常任理事国にならないとできないのか、逆に海外での軍事行動に道を開くことになりはしないか、といったことを冷静に考えて判断をしなければならない。
日本は、経済協力や国連の平和維持活動(PKO)などで実績を積んできた。技術や教育の水準も高いアジアの先進国である。平和主義を刻んだ憲法は世界で高く評価されている。唯一の被爆国でもある。
この特質を生かして世界の課題に切り込もうというのなら意味もあろうが、「とにかく常任理事国になりたい」というのでは困る。そんな外交は危うい。
肝心の安保理の拡大も、長年課題として掲げられながら、候補国の間の牽制(けんせい)合戦や、国連改革への意見の違いなどから遅々として進まないのが実情だ。
日本に「条件」をつける米国自身、安保理の拡大には熱心ではない。中国は日本の意欲表明に沈黙している。
小泉首相には、そうした生々しい実態も十分踏まえたうえ、慎重に行動することを望みたい。
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