1996/12/20 朝日新聞朝刊
軍縮取り組み、印象薄く(日本と国連 加盟四十年のいま:下)
黒河内久美軍縮大使の声が、国連の総会第一委員会室に響いた。
「核兵器の使用は、国際法の中核である人道的精神に明らかに反する。日本政府は、決議案に示された条約よりも、兵器用核物質の生産禁止条約の交渉を始める方が、現実的なステップとして重要だと考える」
十一月十四日。国際司法裁判所の勧告的意見を踏まえて、核兵器の開発、生産、使用などを全面的に禁じる条約の交渉開始を求めた決議案が採択された場面でのこと。大使の声明は、日本が採決で棄権に回った理由の説明だった。
賛成は九十四カ国、反対は中国を除くすべての核保有国を含む二十二カ国。棄権は二十九カ国。
世界で唯一の被爆国であり、非核三原則を国是としながら、米国の核のカサに依存する政策をとる日本。大使は、記者団から求められた棄権理由の説明を断り、足早に議場を後にした。
今月十一、十二の両日、ドイツのボンで対人地雷除去の専門家会議が開かれた。この問題でも、四月に対人地雷の「全面禁止支持」を宣言するなどイニシアチブを国際社会に印象づけたドイツとは対照的に、日本は苦しい立場にたった。
昨秋の段階では、全面廃絶はおろか、一定期間後に地雷を使用不能にする制限強化さえ難しいと見られていた。ところが、それから約半年で「全面禁止支持」国は倍増し三十カ国を超えた。
陸続きの隣国を持つため全面禁止に抵抗感があると思われたドイツやスイスが全面禁止宣言に加わったことで、流れが決まった。
五月に米国が対人地雷の使用制限を発表。日本は六月の主要国首脳会議(リヨン・サミット)で全面禁止支持を表明、十月のオタワでの禁止支持国会議には出席し、「なんとかつじつまを合わせた」(政府関係者)。「海岸線が長く山間地が多い日本は、対人地雷は有効な防衛手段」という防衛庁の主張もあって、「全面禁止」の判断を避けた日本は、しばらくの間、傍観者の立場を余儀なくされた。
日本が、軍縮分野で常に「傍観者」でいるわけではない。今年六月、冷戦後の大きな問題となっている自動小銃などの小火器について、具体的な規制策を検討する会議が、国連本部で開かれた。昨年の国連総会で、日本が提案した決議に基づく。堂之脇光朗元軍縮大使が議長に就任した。世界が注目し、期待しているのは、武器輸出国ではない日本の立場を生かした主導だ。
その意味で、紛争地の現場で働く非政府組織(NGO)との連携が重みをもってくる。対人地雷廃絶の動きも、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)といった国連機関のほか、カンボジアやアンゴラなど民間人の犠牲の実態を知っている国際赤十字などのNGOがリードした。
こうしたNGOの力を、これまで日本政府は軽視しがちだった。先進各国の場合、NGOが交渉会場で自国政府を激励、監視するというのが当たり前の風景になっている。
「国連はイラク北部やアフガニスタンなど、先進国が持て余したところを手がけるケースが多い。日本からみると遠いでしょうが、やはり人が出なくてはだめなんです。どうやったら出やすく、役に立ちやすいかという観点から法改正も考えなくては」
その「人」には、当然NGOも含まれる。国際政治の波に翻ろうされ、軍縮、人道分野でも存在感を十分に示せない日本で数少ない、世界に通用する「顔」である緒方貞子国連難民高等弁務官の言葉だ。
(この連載は、ニューヨーク支局・佐藤和雄、ジュネーブ支局・田中英也、政治部・牧野愛博が担当しました)
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