1995/03/01 朝日新聞朝刊
国連離れの傾向に懸念 米議会のPKO支出削減法案
国連各国や関係者が、米議会で審議されている国連平和維持活動(PKO)への支出を大幅に削る法案の行方を注視している。法案が可決されても、クリントン大統領が拒否権を行使するだろうし、米国は国連を利用したほうが得だから、国連離れをすることは出来ないという見方が強い。しかし、法案の可否にかかわらず、米国のこうした雰囲気が国際社会に反映して国連に対する信頼感を失わすことになると懸念している。日本の国連外交も影響を受けざるを得ない。
(ニューヨーク=小田隆裕)
法案は、上下両院で多数党となった共和党の有志議員が提出したもので、PKOへの拠出金を大幅に削るほか、議会の承認を得た場合以外は米国の軍人を外国の指揮官の下に配置することを禁止する、など両院で大筋は同じ内容になっている。すでに、下院では採択され、上院でも近く採決される予定だ。
危機感は米国の国連関係者に特に強い。旧ユーゴスラビア紛争をめぐる和平交渉の国連側代表も務めたバンス元国務長官は、先に国連本部で記者会見し、「たくさんの紛争に対処するためには、その膨大な軍事支出を国連を通じて各国が分担し合って初めて可能なのだ。PKOというシステムを信頼でき、効果的にすること以上に、米国の国益にかなうことはない。法案は、PKOを破産に陥れる」と警告した。
また、レーガン政権で国務副長官を務めたホワイトヘッド氏は、「国連は完ぺきな組織ではない。それどころか、米国のリーダーシップを必要としている。米国の兵隊を米国以外の指揮の下に置かせないなら、国連での軍事協力は成り立たなくなる」という。
同氏は、「(国連に協力しないで)米国だけで紛争に介入することで、いまの多くの紛争をもっとうまく解決することが出来るのか。米国民は一国だけで行動することを受け入れるのか。私は、自分の所属する共和党が、かつてのように、国際主義から孤立主義へ退却するとすれば、恥じ入るばかりだ」と述べた。また、ある米国連関係者は「この法案が成立したら、米国は事実上、国連を脱退するのに等しい」とまでいう。
一方、各国の国連外交官や国連内部では、今でも米国が国連に対して半身の構えをとっていることもあってか、米国関係者ほど深刻にはなっていないようだ。欧州のある国連大使は、「まだ、結論が出ていないから分からないが、すでにクリントン大統領は昨年、PKO自制を表明しているし、米国に割り当てられたPKO分担金(約三〇%)を、二五%以上は払わないと一方的に宣言している。それに、ハイチで見られるように、米国は自分の利益に必要なら、国連を利用するだろう」という。
ガリ事務総長は一月の記者会見で、「法案を採択するかどうかは、国連ではなく、国連の一員である米国であると言いたい。しかし、もし、採択されたなら、その時には、財政的な支持などを他の加盟国から仰ぐだけだ」と素っ気なく述べた。
ガリ氏の発言は、あえて「国連の一員」と強調することで、「法案が成立したら国連だけでなく、国連を活用している米国も困るのではないのか」とやんわりと皮肉ったものと聞こえた。
最近、米国が国連で主役になったのは、米国の「裏庭」といわれるハイチに米軍を中心とした多国籍軍で介入した時である。
多国籍軍は四月から約七千人の国連PKOに衣替えされる。軍事部門の司令官には米国人が就き、米国も約二千四百人の要員を出す予定だ。
多国籍軍なら、その費用は各国が自前で持たねばならないが、PKOになると、国連加盟国が割合に応じて分担する。実態はほぼ米軍で、費用は国連が負うという米国にとっては安上がりで望ましい形だ。バンス氏らが、「国連を通じることが国益」と指摘するほんの一例である。
しかし、法案の影響はすでに国連で出ている。欧州のある大使によると、先の安全保障理事会の非公式協議のなかで、オルブライト米国連大使が「旧ソ連のタジキスタン共和国にPKOを派遣することについては、議会の承認をとるまで時間が必要だ」と、強調したという。共和党の意向を先取りした発言である。
国連筋は「法案が最終的に成立するかどうかはともかく、こういう形で、米国はますます、自国の利害関係の深い紛争にしか関心を示さなくなるのではないか」と見ている。
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