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1992/10/28 朝日新聞朝刊
変わるPKO、平和中立の原則どこまで(国連物語:24)
毎朝9時45分、国連本部37階で「PKO司令部」の会合が開かれる。司会はグールディング事務次長。旧ユーゴスラビア、カンボジア、ソマリア。担当官が次々、12地域に展開する国連平和維持活動(PKO)の状況を説明する。会合はわずか10分間。それ以上、会議に時間をかける余裕がないからだ。
冷戦の終結と共に、PKOの数は急増した。88年以降のわずか4年に、それまで40年間と同じ13件が新しく展開された。
だが、「司令部」のPKO局は文官13人、武官6人で、秘書を入れても総勢33人。1000人以上を抱える経済開発局とは比較にならない少数精鋭だ。
カンボジア問題の担当部長志村尚子氏の机には、毎朝10センチ近い電信、ファクスの山ができる。前夜、各地から送られた情勢報告や、決裁を求める書類だ。毎晩、仕事は持ち帰り。緊急の連絡は自宅にまで追いかけてくる。PKOを担当して14年の志村氏は、「この2、3年は、有給休暇を取る人もいないほど忙しい」。
PKO局では、部隊の規模や予算額、司令官の人選など、重要事項は、すべて文官が決める。展開後も、政治問題の処理はもっぱら文官の仕事だ。
だが、軍事問題は、武官が常駐する36階の領域だ。床に地図を広げて部隊の動きを検討する軍事顧問、壁にかかる青いベレー帽。この階だけは、国連の雰囲気とは異質な光景が広がる。
「先週は、4日間かけて、ここでソマリアPKOの作戦の詰めをした。今は旧ユーゴPKOにかかりきり」と軍事顧問責任者のモーリス・バリル氏は言う。カナダ陸軍の准将で、過去に3度PKOに参加した。
「PKOはすっかり変わった。前は当事者の停戦を待って、国連が違反を監視すればよかった。今は違う。まだ戦闘が燃え盛る場所に行かねばならない」
国連軍が戦闘に巻き込まれるケースが相次いでいる。今年7月には、サラエボ空港周辺で国連保護軍が応戦し、セルビア人狙撃兵を射殺する事件も起きた。
「狙撃兵が国連兵を狙い、もう一度撃とうとしたら、反撃していい。それは自衛の範囲だ。だが、国連兵に報復は許されない。戦いたい兵士は、ブルー・ヘルメットを脱ぐしかない」
来月にはボスニア全土に、さらに6000人の兵士が展開する。泥沼化する戦闘の中で、どこまで中立性を貫けるか。ボスニアは、PKOの平和原則を変質させる分水界になりそうだ。
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