1992/10/27 朝日新聞朝刊
PKOの携帯武器、被害が出れば重装備化も(国連物語:23)
粗末な合板製長いすの背もたれに、10センチほどの亀裂とへこみがあった。国連平和維持活動(PKO)派遣隊員を訓練するウィーン郊外のオーストリア陸軍基地。講習棟の地下に下り、巨大な鉄とびらの中で、壊れたいすに気がついた。
「だれかがこぶしで殴ったんでしょう」。案内した基地司令官のトラウトマンスドルフ中佐が苦笑した。
10畳間ほどの広さ。壁も床も天井もすべて白ペンキの密室だ。PKO参加のため各国から派遣された訓練生が、国連憲章や作戦立案の講義と実地活動など全訓練メニューの最後にこなす「情緒テスト」の教室である。訓練生はこの密室に飲まず食わずで20時間、じっと時の流れだけを待つ。最も苦しい訓練のひとつだ。
ここでフラストレーションを起こすようだと、PKO派遣には向かないと判断される。「我々は防衛のための軽装備以外、武器には頼れない。それで恐怖に陥ったり、自分を抑制できない人間にPKOを任すことはできません」と、同中佐はこともなげにいった。
オーストリアは1960年、コンゴPKOで初めて派遣。これまで15PKOに延べ3万2000人を送り込んだ。現在も8PKOに約1000人を派遣する。戦闘に巻き込まれたり、事故でこれまで29人が死んだ。
「危険がつきまとうのは仕方ない。しかし携帯する武器を極端に重装備とするわけにも・・・」とPKOの最高責任者グラインドル少将。同国のPKO隊員は短銃か自動小銃が普通。中東など交戦地域では対戦車砲を使ったこともある。
PKO先進国スウェーデンは1948年の初派遣から、20PKOに6万人が参加した。いま男女850人が10PKOで活躍している。死者累計は60人。それでも「スウェーデン部隊は伝統的に短銃や自動小銃の軽装備を貫いている」(ヒランダー国防省PKO担当)。だがサラエボに派遣した150人については「少しでも被害が出れば、装甲車など装備強化が必要になろう」と、重装備への見直しをにおわせた。
これに対し北大西洋条約機構(NATO)加盟国がPKOに派遣する場合、重装備の傾向は強くなる。
国連保護軍の仏軍は機関砲つき装甲車、50口径機関銃、89ミリ対戦車ロケット砲を持ち込み、英軍も同様の装備を持たせた。ユーゴですでに8人が死んだ仏軍には「PKOは外交と軍事の性格を半面ずつ持つミッション」と割り切った見方が増えつつある。
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