1992/10/18 朝日新聞朝刊
人員不足に泣く小国、選挙や情報交換で協力も(国連物語:15)
一昨年に国連に加盟したリヒテンシュタイン公国の女性大使、クラウディア・フリッチェさんの補佐官は、いつもポケットベルを携帯している。
「第1委員会で投票です」。別の委員会に出席中の大使は、補佐官から連絡を受けると、こっそり会議を抜け出し、投票に向かう。7委員会が同時に審議をしているのに外交官は大使1人。1日に数委員会を掛け持ちし、何度も投票するのは珍しくない。「ローラースケートがほしい」
「去年の総会中に採択された250件を超す決議で、欠席したのは2件だけ。投票率99%です」。もちろん、裏がある。オーストリアなどの隣国が代表部の秘書に電話で、情報を知らせてくれる。秘書が補佐官をベルで呼び出し、大使が投票間際に駆けつける仕組みだ。
朝7時、大使はクライスラービル43階に姿を見せる。1日平均50件、厚さ10センチの国連文書にまず目を通す。走り読みで必要な文書をえり分けるのが精いっぱいだ。歩いて数ブロック離れた国連に向かい、日中は審議に加わる。合間には各国代表部の昼食会、夕方にいくつかのレセプションを掛け持ちし、夜は夕食会に顔を出す。総会の通常会期3カ月間で、100回以上の集いに参加する。
「小国にとって、他国と顔つなぎをし、情報を得ることが何より大切です」
安保理の実質討議の場である非公式協議の内容は、公開されない。理事国以外の国は、控えの間で協議が終わるのを待って顔見知りから説明を聞くが、小国にはその人手さえない。パーティーは、情報が口コミで伝わる重要な仕事場だ。
15年間外務省にいたフリッチェ大使は、本国の外交政策を熟知している。重要事項は本国にファクスで報告書を送り、「もしこの方針に反対なら電話を」と連絡するが、大半は個人決裁だ。本国に照会したのは昨年、10件以内だった。
国連では、国の規模が小さいほど、外交官の個性がものをいう。華やかな個性が繰り広げる舞台を、「国連劇場」と呼ぶ人もいる。
今年7月、シンガポールの呼びかけで、国連内に「小国フォーラム」が結成された。人口1000万人以下の約70カ国が参加し、選挙や情報交換で協力する態勢づくりが進んでいる。小国が一致して委員長候補を立てるなどの案も出ている。「非同盟」衰退の後、国連の新たな勢力になる可能性を秘めたフォーラムに、人口3万人を代表するフリッチェ大使の姿もあった。
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