|
1992/10/13 朝日新聞朝刊
国籍よりも「個人の魅力」 日本から2人の国際派(国連物語:12)
毎朝6時、プノンペンのホテルで明石康氏は目をさます。窓からメコン川の夜明けが見える。多忙な1日で、唯一心の安らぐ時だ。「1年前には、予想もしなかった毎日です」と、明石氏は執務室で振り返った。
昨年暮れ、就任が決まったガリ事務総長に、日本は請願をした。「事務次長ポストを削らないでほしい」
多くの主要国が1つしか占めていない事務次長級に、日本からは2人の国際派が座っていた。明石事務次長(軍縮担当)と、緒方貞子国連難民高等弁務官だ。
請願から10日後の昨年大みそか、ガリ氏はホテルに明石氏を招いた。「国連カンボジア暫定行政機構の特別代表になってほしい」。明石氏は日本の代表部に相談し、2日目に応諾した。
デクエヤル前事務総長が残した候補者リストで、明石氏は2番手だった。トップ候補は、本部ポスト兼任を申し出てガリ事務総長の不興を買い、脱落した。その「逆転」は、日本の働きかけが功を奏したからなのかどうか。
一昨年秋、外務省高官は、即位の礼で訪日した前事務総長をホテルに訪ね、空席の高等弁務官ポストに緒方氏を推薦した。外務省はアフリカが対立候補を推していることを知ると、在外公館に緒方氏への支持を取り付けるよう指示した。英国からは「緒方さんになれば、日本は金を出すか」と打診があった。「もちろんだ」。日本側は答えた。
2人の国連高官は、日本の後押しで就任した。だが、国力は、十分条件ではない。国際機関で通用するには、国際派の厳しい条件がある。明石氏は米国に留学中、国連幹部の勧誘で初の日本人職員になり、政務を長く担当。緒方氏も、国際学者として評価を確立している。語学が堪能(たんのう)なのはもちろん、外交官としての経験もある。外務省に請われて明石氏は国連大使、緒方氏も特命全権公使などを務めた。
もう1つ、国内の論功や年功を基準に推薦された人事でなかった点で、2人は共通している。2人の評価に、国籍よりもまず「個人の魅力」をあげる人が多いのは、偶然ではない。言動に国内への思惑がにじんだり、「日の丸」が顔を出すことは、国際機関では忌み嫌われる。
「昨年、日本も緒方氏も別々に、世界における新たな自分の役割を明確にしようとした。これまでのところ、緒方氏の方が先を行っている」――今年2月、緒方氏の活躍を報じた米紙の書き出しである。
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。
|