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私はこう考える【国連について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1992/10/11 朝日新聞朝刊
ソ連崩壊とともに消えたロシア人の「散歩道」(国連物語:11)
 
 国連本部35階には、つい最近まで、ロシア人の「散歩道」があった。
 政治・安保理局の廊下を、旧ソ連出身の職員同士が、ぶらぶら行ったり来たりする。声を潜めながらの会話は、ロシア語だった。他の職員が近づくと急に英語に切り替え、仕事の話をする。盗聴されていると信じ、「散歩」しながら情報交換をしているのだった。
 同局は、今年初めの機構改革で政治局に吸収されるまで創設以来46年間、「ソ連外務省のニューヨーク事務所」と呼ばれてきた。担当事務次長を始め、111人の職員のうち旧ソ連出身者は14人。重要ポストはすべて旧ソ連と衛星国で押さえ、人事を握っていた。
 旧ソ連の職員は、任期3―5年で本国から派遣された。昨年春までは、国連から月2回、小切手で支払われる給与は、いったん代表部に持ち込まれたうえ、本国の等級に応じた額を再支給された。毎日、代表部に顔を出してから国連に出勤し、早退してまた代表部に報告に行くのが日課だった職員もいた。
 昨年8月のソ連クーデター事件は、激震となって35階を揺るがした。
 クーデター失敗が明らかになった翌日、同局担当だったサフランチャク事務次長は、顔を紅潮させて国連のエレベーターに乗り込んだ。中にいた西側出身の部下に気づくと、無言で握手を求めてきた。それまで見向きもされなかった部下は、その変貌(へんぼう)ぶりに驚いた。
 クーデター失敗によって、保守政権から派遣されていた旧ソ連国連職員の地位は危うくなった。本国に帰っても、職は保証されない。部長級だった政治・安保理局のある幹部は、「病身の妻を療養させたい」と泣きながら訴え、降格して翻訳部に移ってでも国連に居残りたい、と申し出た。カンボジアに行ってPKOに参加してでも、国連に居残りたいという旧ソ連出身の志望者が目立った。
 変革の波に洗われた東欧諸国にも同じ事情がある。チェコスロバキア出身者のうち、情報機関と関係のあった職員は、国連から本国に召還された。
 今年2月の機構改革で、政治局には、ペトロフスキー旧ソ連第1外務次官がトップの担当事務次長に就任した。しかし、人事や仕事の割り振りは米国出身の幹部が取り仕切り、かつての牙城(がじょう)は崩れつつある。
 クーデター失敗後、国連35階から、「散歩」するロシア人の影は消えた。
 
 
 
 
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