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1992/10/01 朝日新聞朝刊
とり仕切るP5、いまや安保理の「奥の院」(国連物語:1)
今年8月、国連安全保障理事会が非公式協議で、南アフリカ共和国問題を話し合っている最中のことだ。議長の李道豫・中国大使は、渡されたメモを見ると、理事国メンバーを見渡した。
「協議を一時中断したい。P5が今から事務総長と会う約束になっています」
気まずい沈黙が流れ、何人かが首を振った。
パーマネント・ファイブ。常任理事国5カ国を略し、国連ではP5と呼ぶ。安保理のさなかに、P5が割って入る。いかに5大国の権限が強大でも、前例のないことだ。結局、P5がキプロス問題を話し合うため、安保理は打ち切られた。
湾岸危機以降、P5は安保理の「奥の院」になった。重要案件はすべてP5会合で決まり、決議案が練られる。残る非常任の10カ国は、案文にわずかの修正を加えるだけだ。湾岸以降、P5が承認し、採択されなかった決議案は1件もない。
P5会合は、各国が当番国に要請して開かれる。場所は、5カ国の代表部か、国連本部。米代表部の場合は、11階の大使室の隣にある会議室だ。参加者は、各国大使と補佐官の2人ずつ。
会合の内容はもちろん、いつ、どこで開かれたかも公表されない。非常任国ですら、国連内にアンテナを張りめぐらし、情報をつかむのに躍起だ。P5が関係国に相談して、ようやく情報が広がっていく。
「うちの部屋にご案内しましょう」
9月22日、英国のハード外相と会談した渡辺外相は、国連本部3階の迷路のような廊下を通って、ある一室に案内された。どの代表部も、国連本部には部屋がない。「P5は国連にも部屋があるのか」。日本側は驚いた。P5は、信託統治理事会の部屋も自由に使用している。
P5の中にも序列がある。中央にいるのは米国。英国はほぼ同格で、担当官は時に米国の案に対し、「そんな発想はクレージーだ」と、ぴしゃりといいのける仲だ。米英の調整が済むと、フランスに相談する。この“P3”会合で、ほぼ決議案の輪郭は固まる。
「ロシアは、異議を唱えない。最後に残る中国は、棄権はしても、最終的には案をのむ」と米代表部の担当者はいう。
このシリーズはニューヨーク支局の国連本部取材を中心に、海外総・支局、政治部、外報部が担当します。
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