ガリ国連事務総長が6月中旬、安全保障理事会に提出した国連改革案「平和への課題」が、議論を呼んでいる。この報告書は、国連を冷戦後の安全保障の主柱に据え、紛争の発生前から和平達成後の平和再建にまで役割を拡大させようという内容。国連介入の前提だった「当事者合意」の原則に例外を設け、国連軍の待機部隊設置や、武力行使を想定した緊急展開部隊の創設を提言するなど、従来の国連平和維持活動(PKO)に重大な変革を迫る内容になっている。
(ニューヨーク=小田隆裕、外岡秀俊)
○波紋
52ページの報告書はガリ事務総長が、今年1月に開かれた安保理サミットの要請に基づき、冷戦後の国連機能を拡充するための具体策としてまとめた。
報告書はまず、将来の国連の役割を予防外交、平和創設、平和維持(PKO)、平和再建の4つの活動に分類。紛争発生後の介入に限っていた国連活動を、紛争の未然防止や当事者合意の達成、和平後の再建にまで広げる考えを示した。
「予防外交」は、紛争発生前に国連が介入し、調停などの外交努力で未然防止する活動。事務総長は具体策として、事実調査団派遣によって情報収集を強化すること、紛争を初期段階で知らせる早期警報システムの開発などをあげた。
より重要なのは、従来は紛争発生後に限定していた国連要員の展開、非武装地帯の設立を、この段階で検討するよう提言した点だ。事務総長は国連要員の「予防展開」について、「政府や当事者の要請、同意」を原則にしているが、「脅威を受けた1国からの要請で、その国側の国境に展開することもあり得る」と述べ、従来のPKOの前提だった「当事者合意」原則の修正を示唆した。
次の「平和創設」は、紛争発生後に、当事者による合意を達成させるための活動で、従来の「平和維持」と密接につながっている。いったん停戦しても当事者がしばしば合意を破るためだ。報告書はこの平和創設活動のため、「国連待機部隊」と「平和実施部隊」の創設を提言した。国連待機部隊は、国連憲章第43条に基づく各国部隊だが、報告書は待機部隊について「最新兵器で武装した大規模軍の脅威に対処するには不十分」との認識を示し、侵略を武力で撃退するより、紛争を抑止する機能を重視している。
だが、待機部隊が実現するのはかなり先になる、とみており、事務総長は、まず「平和実施部隊」を創設するよう勧告した。停戦の回復や維持のため、従来の国連平和維持軍(PKF)より重武装の、緊急展開部隊を投入するとの考えだ。これは、侵略に対する国連軍、平和維持のためのPKFの中間に位置する軍隊で、報告書の中でも最も注目を集めている。
○背景
ガリ事務総長がこうした大胆な改革案を提起した背景には、冷戦後の東西軍事力の対立緩和によって地域の均衡が崩れ、旧ユーゴスラビア、アゼルバイジャンなど各地で民族紛争が多発している事情がある。米ロの重しがはずれた結果、国家の枠組みは流動化し、民族や宗教、人種による分裂・再編の動きが加速している。しかし、集団安全保障のセンターとして期待される国連は、いまだにPKOなど、冷戦時代に培った伝統的な手法に頼るしかない。冷戦後の不安定な時代に、国連が主導権をとって紛争を予防し、収拾するにはどんな方法が許されるか。国連憲章の枠内で、可能な限り選択肢を列挙したのが、今回の報告書だ。
だが、今回の提案は、各国の思惑を超える大胆な構想で、すぐに実現する見通しは薄く、「事務総長の個性を反映した議論のたたき台」(国連外交筋)と冷ややかに受け止める声が少なくない。とりわけ、国連待機部隊や実施部隊の創設は、各国の兵力を統一した国連の指揮下に置くため、独自の指揮権を留保しようとする米国からの強い反対が予想される。当事者の同意原則の修正に対しても、「内政干渉」を不服とする中国が異議を唱える可能性がある。また、予防外交に深入りすることで、国連の中立性が損なわれたり、武力行使によって国連が直接の当事者になることを懸念する声もある。
しかし、見逃してならないのは、今回の報告書が、国連に積極姿勢を求める国際社会の潮流を反映している点だ。すでに国連イラク・クウェート監視団(UNIKOM)は、イラクの同意は不要という立場をとり、ユーゴ紛争では、当事者が完全に同意することなくPKFの派遣に踏み切った。停戦合意がしばしば破られ、紛争が長期化しているため、武力行使もやむなし、とする意見も出始めた。
PKOはもともと、国連憲章に規定を持たず、必要に迫られて便宜的に編み出された措置だった。PKOは生成の途上にあり、今後、報告書が、現実の紛争を目前にして、部分的に安保理決議に採用され、長期的には大きな影響を与えることは十分に予想される。
○日本は
報告書は日本にとって受け入れ難い内容だ。
問題点の1つは、「予防展開」に当たって、従来のPKO派遣の大原則だった「停戦、当事者の合意」にこだわらない考えを打ち出していることだ。政府は、この原則があるから紛争に巻き込まれる恐れはない、と強調してきた。当事者の合意がないままユーゴ内戦に派遣されたPKFが攻撃を受けたことについても、日本政府は国連代表部に「原則を守るよう安保理で主張せよ」との指令を送ってきている。そうでないとPKO法が根底から崩れてしまうからだ。
しかしフランスなどが「攻撃されて引き揚げたら、足元をみられてしまう」と強硬で、日本は原則順守を主張出来ないでいるようだ。
「国連待機部隊」の構想は、一見、宮沢首相がかねて唱えている国連憲章に基づく「常設国連軍」に似ているようにみえるが、実際は違う。首相は「常設軍が創設された場合、他方で各国軍は思い切った軍縮を実行しなければならない。でないと、常設軍を創設しても効果は半減してしまう」と述べている。が、いまはそういう状況にはない。なにより、国連指揮下の軍隊を米国が受け入れることは考えられず、米国が受け入れないものを、日本が受け入れることは考えられない。国連を優先すれば、日米安保体制をどうするのか、という問題で、日米の利害が対立する可能性が生じる。
●事務総長が提案した国連の役割
(1)紛争前 【予防外交】
<目的>
戦闘に転化する前に、国連が介入し、紛争を未然防止する
<提言>
・早期警報システム
・信頼醸成措置
・事実調査
・紛争前の国連要員展開
・紛争前の非武装地帯
(2)紛争発生 (和平合意達成)
a.【平和創設】
<目的>
平和的手段によって、当事者の合意を達成する
<提言>
・2000年までに国際司法裁判所を強化
・憲章43条に基づく国連待機部隊設置
・憲章40条に基づく平和実施部隊設置
b.【平和維持】 → 従来のPKO
<目的>
戦闘の防止、平和創設のため、国連要員を展開
<提言>
・補給支援部隊の強化
・基本装備の備蓄基地設置
・財政基盤の強化
(3)和平後 【平和再建】
<目的>
武装解除、秩序回復などによる紛争再発の防止
<提言>
・地雷撤去作業の強化
・経済・社会開発の共同プロジェクト
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