1985/09/17 朝日新聞朝刊
もしも国連がなかったら(社説)
国連総会が17日から始まる。国連創設40周年に当たる今年の通常総会は10月14日、記念総会に切りかえられ、約60カ国の首脳が演説する。
近年、国連には激しい批判が浴びせられてきた。地域紛争の解決に無力、膨大な機構をかかえる非能率など、確かに国連は問題をかかえている。
だが、今年6月、ニューヨーク・タイムズとCBS放送などが、日米英独仏の5カ国で同時に行った世論調査で「国連がなかったら世界はもっとよくなったか」という質問に「イエス」との答えは最大でも米国の13%、日本は1%だったのに対し、「ノー」と答えたのはフランスの45%から米国の78%まで圧倒的多数だった。
明石康国連事務次長は著書の中で「国連が無くなったとしたら、国際社会はきっと、国連に似かよった国際組織をつくりあげずにはいないだろうと思う」と書いている。
国連の悪口をいう前に「もしも国連がなかったら」この40年はどうだったかを思い返してみることも必要だろう。
たしかに国連はベトナムや中東での地域紛争解決に無力だった。しかし、コンゴ、キプロスなど13回の紛争では戦火の中に割って入る平和維持軍を派遣し、成功した。
国連やその専門機関は、開発途上国への援助に、各国の努力を集約し、道をつける働きをした。アフリカの飢餓救援にも、国連食糧農業機関(FAO)などの諸機関が役に立った。世界保健機関(WHO)がなかったら天然痘は根絶やしにできたかどうか。国連海洋法会議のおかげで、海洋法ができた。
これらは国連のいわば表向きの活動だが、これ以外にも、表立たないいくつかの重要な機能を果たしている。
たとえば国連総会は、とくに小国にとって、国際社会に向かって開かれた窓口である。国連への加盟は新興独立国にとって一種の認知の手続きだし、小国の国連代表は総会のロビーや投票で1票を持つ主権国家としての自らの価値を改めて認識する。内に閉ざされがちだった中国の外交姿勢が外向きになってきたのは、国連での中国代表権が切りかわった71年総会以後の70年代だった。
国連総会や安保理は、加盟国がいい分を世界に訴えるステージでもある。キューバ危機のさい米代表は上空からの偵察写真を証拠として示し、大韓航空機撃墜事件では、日本が傍受したソ連空軍パイロットの肉声が披露された。インド・パキスタン戦争で、数次にわたる中東戦争で、当事国代表は安保理討議に熱弁をふるった。
デクエヤル事務総長は今年の年次報告序文で「総会こそ、(加盟国の)差異や対立がとくに劇的に照らし出される。総会は世界のタウンミーティング(町民集会)ともいえる」と述べている。
国連総会は、世界の意向が投票表示板の上にあらわれる国家の世論調査の場にほかならない。ソ連のアフガニスタン侵攻、米国のグレナダ侵攻のさい非難決議に示された第三世界を含む圧倒的多数の国の世論は、米ソ両超大国に四面楚歌(そか)の感を与えただろう。
シュルツ米国務長官は6月、サンフランシスコで演説し、米国が一時、国連を軽視していたことを反省した上で「国連は世界の受けとりかたを左右する特別の影響力を持つ。国連はどんな問題が重要で、世界の関心事であるかないかを確定する」と述べた。
米国がようやく気づいたことこそ、国連の神髄なのかもしれない。日本も「国連中心主義外交」をおろそかにすべきではない。
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