1985/04/30 朝日新聞朝刊
モラルの低下 本国が昇進を左右(国連・40年の光と影:13)
国連職員組合本部は事務局5階525号室にある。第30代委員長、ジョージ・アービング氏は米国人で、当年36歳。来月の任期(2年)切れを前に、いま再選を狙って運動中だ。
「国連の一番の問題は、職員のモラルの低下。主だったポストが各国の奪い合いになり、個人の能力より出身国の力で昇進が左右されることが多い。まじめに働いてもいいポストにつけなければ、ヤル気がうせていくのは当然だ」
ニューヨーク本部のほか世界各地に散る職員1万2000人の待遇改善を考えながら、彼は国連の将来に警鐘を鳴らす。
○憲章とは違う実情
事務職員は建前上は「任務の遂行に当たって、国連外のいかなるところからも指示を求めたり、受けたりしてはならない」(憲章100条)ことになっている。つまり、国際公務員として国連に忠誠を誓うことを要求されている。ところが、実情はどうか。
「ウラジミール・ヤキメツ(48)事件がいい例だ。国連職員だった彼は83年2月、ソ連への帰国命令を嫌って米国に亡命した。本人は国連に職員としてとどまることを希望したが、デクエヤル事務総長はソ連代表部の圧力を受けてヤキメツ氏との契約更新を拒否した。この事件は国際司法裁判所で取り上げられているが、ソ連をはじめ共産諸国は政府の職員を送り込み、罷免権も自分たちが握っている」
ソ連や中国の職員は国連からもらう給料のうち、自分が使えるのは本国の給与ベース分だけで、残りは取り立てられているという。ソルザノ米次席大使は「米国や日本が毎年、分担金として払う年間2億ドル余のうち、数百万ドルはソ連に吸い上げられていることになる」と指摘する。
「それも事実で、ソ連などの代表部に改善を求めているが、友好的な反応はまだ得られていない」とアービング氏。
○末端まで国のエゴ
“人より国”という人事の傾向が強まった結果、どの国も一度確保したポストを他国に渡すまいと必死に画策する。それが、事務レベルの低下も招いているようだ。
「国ごとのポスト争いは、この10年とくにひどくなる一方だ。部長級以上のポストは、国の配分、バランスをある程度考える必要があるだろうが、末端の事務職員にまで国のエゴが出てくると、人事はどうにもならなくなる。デクエヤル事務総長のおおナタを期待したいが、彼は忙しすぎる」
「よその国もやっているというので、別の国も動く。まさに悪循環だ。また、局長の中には自分の女友だちを採用したり、試験にすべきところを縁故でとったり、ルールが乱れている」
もう1つ、国連事務局に向けられる批判に「高給」がある。強くいうのは米ソ両国で、米代表部は「米国の公務員のレベルより5割ほど高い」と指摘する。
「それはおかしい。手当などを含めると、米公務員と国連職員の給与の差は10―20%ぐらいだろう。米国のそれが年々、実質的に下がってきていることを考えると、国連の給料はいまは決して高くない。日本人が国連に来たがらないのも、給料が安すぎるからといわれているそうではないか」
国連職員を代表する委員長の立場上、給与が「高すぎる」とはいい難いのかもしれない。が、国連の現状については厳しい。
「中枢機構が機能していない。人事などについて、公式に異議を唱えても、回答がくるのに4、5年はかかる。ものごとを迅速に処理しなければ、との認識に欠けている。もちろん、よく働いている部門もあるが、まるで仕事がない部署も多い。なぜ、こんな現象が起こるかというと、各局がそれぞれ独立体になってしまって、全体のコントロールが極めて不十分だからだ。幹部は国連より、出身国のことを考えて動いている」
それでは、まさにユネスコの二の舞いではないか。
○「日本も監視して」
「残念ながら、国連本体もユネスコの方向に進んでいる。職員のモラルの低下と組織の硬直化。この危機的状態を脱するには、われわれがそれを認識することがまず第1。次は、日本、米国、西独といった大口出資国が国連の実情に関心を持ち、きびしい監視の目を光らせてくれることだ」
事務局の内部は伏魔殿なのだろうか。
(ニューヨーク=久保田特派員)
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。
|