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1985/04/20 朝日新聞朝刊
二重拒否権(国連・40年の光と影:7)
○安保理変化に驚き
ハマーショルド第2代国連事務総長がコンゴ問題調停中に北ローデシアで事故死した61年9月18日、4000人に上る国連職員の中で、ただ1人辞表を提出して国連を去った男がいる。
クロード・ケモラリア総長補佐官。辞任の原因は「あれほど知的で才能に恵まれた総長と仕事が出来たことに恩義を感じたから」だった。日本式に言うと、「忠臣二君に仕えず」というところか。
彼は82年からフランス大使として20余年ぶりに国連に戻った。「国連はいい意味でも悪い意味でもすっかり変わっているが、一番驚いたのは安保理の討議。以前は理事国と当事国だけが紛争解決策を話し合ったのだが、いまは全く関係のない国々の代表が大挙して発言を求める。安保理はまるで“第2の総会”のような観を呈している。これには驚いた」
「世界の平和と安全の維持」を標ぼうする安保理は常任理事国(米、ソ、英、仏、中)と、2年ごとに選挙で選ばれる非常任理事国10国の15カ国からなる。「一国一票」主義を建前とする総会に対して、安保理は5大国にだけ拒否権が与えられ、他の非常任理事国にはない特権を持っている。
「一国一票主義は国際社会における大国と中小国の実力の差を反映していない。この矛盾を是正し、現実的調整を加えているのが安保理であり、5大国の拒否権だ」
国連憲章の中には「拒否権」という表現はない。その代わりに「非手続き事項の決定は、常任理事国の同意を含む9理事国の賛成投票による」(憲章第27条)とあり、安保理の決定には5大国のうちの1国でも反対すれば、決議案は9国以上の賛成を得ても通らないことになっている。つまり、5大国のいずれかが反対票を投ずれば、それが拒否権になるわけである。
議題などを決める手続き事項については、常任理事国が反対しても9理事国の賛成があればいいわけだが、手続き事項が何であるかは憲章規定が定かでなく、はっきりしない時は非手続き事項とする、との合意がサンフランシスコ宣言に盛られた。
従ってある決議案が提出された場合、5大国のうち4国がこれを手続き事項だと主張しても、1国が非手続き事項だとすれば、そのようになる。この国は決議案の性質について拒否権を使い、さらに決議案そのものの表決でもう一度拒否権を行使しこれを葬り去ることができる。これを二重拒否権(ダブル・ビートー)という。
5大国が過去40年間に何度拒否権を使ったかについては、国連事務局も数字を伏せている。事務総長選出などのように秘密投票による拒否権行使もあるから明らかでないこともある。しかしある常任理事国の国連代表部調べによると、(1)ソ連114(2)米国40(3)イギリス22(4)フランス15(5)中国(台湾時代も含む)3という。ソ連が圧倒的に多いが、最近米国の拒否権行使が増えているのが目立つ。
○日本も2回“犠牲”
日本は1956年12月18日、80番目の加盟国として国連入りを果たしたが、実はその前に2回拒否権の犠牲になっている。
52年6月、初めて加盟申請をし、9月18日の安保理で米英仏中の支持を得たが、ソ連の拒否権行使で却下された。「日本は外国の占領下にあり、朝鮮を侵略する米国の基地になっている」というのがソ連の反対の理由だった。
55年の10回総会では日本、モンゴルを含めた18カ国の一括加盟決議案が採択されたが、12月15日の安保理で中国(台湾)がモンゴルに、ソ連は共産圏以外の国の加盟にそれぞれ拒否権を使い、日本はそのとばっちりを受けた。ソ連は当時、共産圏の加盟申請を行っても安保理、総会での多数を得ることが不可能とみて、西側の加盟国と一括して加盟させるという同時加盟方式を考えたのである。そのころ加盟問題は東西冷戦の道具として使われていた。
○「バランスを失う」
それがいまでは、5大国が自分たちの不利な決議案には、時には定見なしに拒否権を使いあうようになっている。彼らには“伝家の宝刀”といえるかもしれないが、その恩恵に浴せない国からは「国連のガン」との批判も出る。「拒否権を廃止すれば加盟国の平等主義だけが強調され、国連はバランスを失って崩れてゆく。拒否権をなくそうとすることは、国連を殺そうとする行為に等しい」
ケモラリア大使は確固たる口調でいった。
(ニューヨーク=久保田特派員)
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