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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1995/08/05 朝日新聞朝刊
天皇陵の学術公開を 「戦後50年 明日を求めて」(社説)
 
<象徴と聖域>
 ◇天皇制をめぐる論議が不十分なまま、明治憲法下の仕組みが存続されてきた。その顕著な例が陵墓の問題だ。
 ◇古墳は国民共通の文化財であり、皇室固有の財産とみるべきではない。
 ◇夢のある国家的な文化事業として、政府が古代陵墓の発掘調査計画を打ち出すことはできないだろうか。
 敗戦後、「天皇はもともと文化共同体としての日本の象徴だった」と、文化的天皇論ともいうべき論陣を張ったのは哲学者、和辻哲郎である。
 天皇は一千年近く、統治権の総攬者(そうらんしゃ)ではなかった。明治以後につくられた体制はむしろ特異なのだ――和辻は著書『国民統合の象徴』でそう述べ、法学者らと論争した。伝統的な天皇像と新憲法の精神は一致すると主張したのだ。
 象徴天皇制とは何か、国民主権の下で世襲の国家機関にどんな役割を求めうるか。戦後、この点についての論議が十分だったとはいいがたい。理念対立だけが激しく、新しい天皇像を探る試みは貧弱だった。
 それをいいことに政府は、新憲法下でも、明治憲法で拡大強化された神権天皇制下の仕組みや慣行を数多く存続させてきた。典型的な例が陵墓の問題だ。
 
 宮内庁は「古墳」という言葉をきらう。代わりに使う言葉が「古代高塚式陵墓」だ。陵墓は天皇や皇族の墓だけを指すから、正確には「古墳のうち、宮内庁が天皇や皇族の墓とみなしているもの」を意味する。
 その古代高塚式陵墓をめぐって七月中旬、宮内庁で会議が開かれた。出席したのは、考古学や歴史学の十四学会の代表である十三人の学者と、古居儔治(ふるい・ともはる)書陵部長ら宮内庁の九人である。
 宮内庁側が、今年度中の陵墓の工事予定について説明。「成務天皇陵」と呼ぶ奈良市の佐紀石塚山古墳については、秋以降に現地で限定公開調査を行うと述べた。
 これに対し、日本考古学協会の代表、堀田啓一高野山大学教授らは、調査に参加できる学者の人数を増やしてほしいと要求。阪神大震災で、「応神陵」「仁徳陵」とされる古墳にも地滑りが起きた形跡があるとし、都市防災の観点からの墳丘内への緊急立ち入り調査の実施を求めた。
 古代史のナゾを秘めた天皇陵を学術調査に公開せよ、文化財として保存に万全を尽くせ――二十年余にわたり、全国の考古学者たちはそう主張してきた。
 しかし宮内庁は、「陵墓は天皇家の祖先をまつる生きた墓であり、祭祀(さいし)が行われている」とし、発掘はおろか、立ち入りや公開も拒んできた。「静安と尊厳の維持がすべてだ」という姿勢である。
 学会側の要求で近年、陵墓工事についての情報や意見交換の場がもたれている。また、年に一カ所だけは、工事の事前調査の見学を一学会二人に限って認めるようになった。しかし、いずれもきわめて限定的なものであり、学会側の不満は大きい。
 奈良県橿原市の中心部近く、住宅街に接して、竹林の墳丘がこんもりと盛り上がった丸山古墳がある。全国でも六番目、奈良県では最大の前方後円墳だ。
 
 一帯は国の史跡に指定されているが、夏草が生い茂り、教育委員会などが建てた案内板は風化して字さえ読み取れない。墳丘部は宮内庁管理の「陵墓参考地」だ。金網が張り巡らされ、中には入れない。参考地は、人物は特定できないが、天皇陵などの可能性があるとして、陵墓同様に皇室財産になっている地域である。
 四年前、近くに住む会社員が、偶然開いていた穴からここの石室に入った。三十二枚のカラー写真を撮影し、テレビ局により公開されて大きな反響を巻き起こした。
 石室は最大級で、奥と手前に二つの石棺が置かれていた。手前が六世紀後半、奥が七世紀初めのものとみられ、被葬者は欽明天皇(五七一年没)と、後に合葬された記録が残る堅塩媛(きたしひめ)だ、との学界の定説を裏付ける形となった。
 宮内庁はこの数キロ南、明日香村にある平田梅山古墳を「欽明天皇陵」だとし、祭祀を行ってきた。こちらには鳥居や拝所の施設があり、真新しい解説板もある。ここに眠るのは、本当はだれなのだろうか。
 現在宮内庁が皇室の財産として維持・管理に当たっている陵墓は、全国で九百カ所近くある。このうち、古墳として考古学の対象となるのは、約二百四十カ所だ。
 陵墓の多くは、すでに平安時代から放置され、被葬者がわからなくなっていた。明治政府は、江戸時代以降の研究成果などもくみつつ、一つひとつ天皇陵を決め、宮内庁はそれを受け継いだ。しかし、現在の考古学界では、この陵墓指定はほとんどが誤っているというのが定説である。古代天皇陵のうち、正しいのは天智陵と天武陵の二つだけ、という有力学者もいる。
 
 古代天皇陵は、ピラミッドや秦の始皇帝陵などと同様に、人々が汗水流して造り上げた人類の財産というべきであろう。「仁徳天皇陵」一つをとっても、世界の文化遺産というにふさわしい巨大さだ。
 本格的な学術調査は、ベールに包まれた日本の統一国家形成期の歴史や東アジアの交流状況に大きな光をあてるだろう。それを「天皇家の生きた墓」とみなし、一切の立ち入りを拒む宮内庁の姿勢は、多くの国民の共感を得られるだろうか。
 高松塚古墳の壁画発見の後の一九七二年四月、衆院文教委員会は超党派で天皇陵の発掘を求めたことがある。中山正暉(自民)、小林信一(社会)の各委員らが、「科学者である(昭和)天皇ご自身、調査を望まれているのではないか」と迫った。
 宮内庁側は「ご要望をお取り次ぎする」と答えたが、結末はうやむやになった。当時の宇佐美毅宮内庁長官は、新聞に「このような事柄は行政の分野に属する問題。陛下のお考えをタテにして議論するのはどうかと思う」との談話を発表している。
 象徴天皇が、皇室政策にからむ発言をしにくいのは当然だ。といって、先例や慣行で動く宮内庁の行政組織に、明治政府の「虚構」を捨てる英断を期待できるとも思えない。唯一可能性があるとすれば、政府が、国家的な文化事業として、古代陵墓の発掘調査計画を打ち出すことだろう。
 現状では、夢物語かもしれない。大切なのは、一千年以上も昔の、被葬者があいまいな古墳を「聖域」視するのは変だ、という常識的な感覚であろう。天皇制問題を特別視せず、そのあり方を自由に論議する空気を広めていかねば、と思う。
 
 
 
 
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