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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1989/05/15 朝日新聞夕刊
明治天皇の二重性(権威の構造 天皇論のいま・第2部:5)
 
 近代天皇像は、一枚岩の“大きな物語”として語られすぎてきた。
 だが、明治天皇は二重性にひきさかれた両義性をもった人物だったのではないか。例えば――。
 明治天皇の衣食住はまったくの二重生活だった。内輪では和食、公的には洋食。大酒家の天皇の好みの酒は灘の酒だが、晩年は糖尿病のためフランス製白ワインの晩酌。寝間着は白羽二重にじゅばんだが、出御のときは黒のフロックコートか大元帥服。常御殿の15畳敷きの寝室には電気設備はなかった。灯火はロウソク、扇風機はなくうちわ。天皇は本心では洋風生活を好んでいなかった。洋風生活をせめて寝所において拒否した。
○“双生児”演じた名優
 飛鳥井雅道京都大教授は『明治大帝』(89年刊)で、こうした天皇の実像と虚像を描いている。明治天皇は分身という二重性をもつ双生児のようなものだ。政治的権力と精神文化的権威。自然(人物)と作為(制度)。近代と前近代。洋風と和風。公家(文官)と武家(軍部)。天皇親政と天皇機関。明治天皇から昭和天皇までの近代天皇はこの二重性の振り子運動を揺れ動いた俳優だった。名優でもあった。
 劇作家の飯沢匡氏の『異史明治天皇伝』(88年刊)も、明治天皇の二重性を描いている。元服以前の幼時のときは公卿風生活で女官にとりかこまれたモノセックス(ちごまげ・・・)。その反動で即位後は勤王の武士出の薩摩・長州・土佐の3藩の武士を側近に置いた。西郷隆盛が好きで西南戦争のとき政務を拒否したこと。儒者の元田永孚や軍人の山県有朋、乃木希典を愛したこと。飯沢氏はこう見る。
 「愚考にすぎないが明治天皇は男性的世界への強い憧れがあったのではないか。いうなら幼時期の女官に取り囲まれていた公家風な宮廷生活を否定したくて公家ではない武士の空気が好ましかったのであろう」
○洋学派ぎらいの心性
 明治天皇の二重思考は、洋学と儒学の矛盾の振り子作用としてもみられる。飯沢氏はこの本で「洋学派=文官の抵抗と挫折を書いてみたかった」と私に語った。それも「政治史ではなく柳田学のようにもっと具体的に生活史的に」とも話す。明治初期洋学派の系統が強く伊藤博文、森有礼の洋行組が天皇をとりかこみ、加藤弘之が侍講となってドイツ語(苦手でほとんどマスターしなかった)を学んだ。まわりは英語も話せる。明治天皇は自分が取り残された気がした。西郷隆盛を愛したのは英語がペラペラしゃべれなかったからだろうと飯沢氏は述べている。
 元田が侍講となり「幼学綱要」をひっさげ、洋学派を解体し教育勅語から天皇親政運動にまで進めたのは、明治天皇の洋学派ぎらいの心性となんらかのかかわりがあったのだろう。
 飛鳥井教授は、明治天皇制は、明治23年の国会によって確立していったとみる。その場合、元田の天皇親政運動と、機関説的立場の伊藤博文の対立は根底的だったとみる。天皇の権威を直接人民に置き天皇が「万機親裁」する天皇親政運動(元田から山県)と、天皇を機関とし、立憲君主として制度のなかでどう確立するか(伊藤の立場)の二重性は明治天皇につきまとった。飛鳥井教授は、元田と伊藤、伊藤と山県は終生対立し続けていたとみ、さらに「猿回しの猿としてしか天皇をみない伊藤とアイデンティティーを求める明治天皇とは、終生対立していたのではなかったか。今後、伊藤と明治天皇の関係をもっと深めて書いてみたい」と私に語っている。
○矛盾の悲喜劇を体現
 機構のなかの天皇を選ぶのか、機構をこえた宗教的存在としての天皇をまず優先するのかという明治天皇制の2つの側面の矛盾は、昭和天皇にまで近代天皇制の矛盾として残される。
 元田の天皇親政運動のなかに、血統(万世一系)と儒教的な天子としての統治能力の矛盾を見たのは、松浦玲氏の『続日本人にとって天皇とは何であったか』(79年刊)であった。とすれば、元田自身も、中国的思考と天皇的思考の矛盾という二重性をもっていたことになる。
 この明治天皇のもつ二重性の矛盾の悲喜劇を体現して演じたのは、山県有朋と乃木希典だったかもしれない。作家・司馬遼太郎氏は『殉死』(67年刊)や『歴史と視点』(74年刊)で、法制的組織と、それをこえた情念の矛盾を描いている。
 明治天皇が自分の後継者としてかけた昭和天皇(乃木将軍に教育を依頼した)の時代になって、明治期からの二重性による分裂の超克が、中国や朝鮮など対外的民衆(他者)にヒステリーとして向けられていくのには、別の「精神分析の物語」が必要となる。
(西島建男記者)
 
 
 
 
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