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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1989/05/11 朝日新聞夕刊
寛政期の分岐点(権威の構造 天皇論のいま・第2部:4)
 
 幕閣にも大政委任論 幕末の奉還論への伏線
 5月27日、28日の2日間、東京大学駒場キャンパスで「現代天皇制と世界史認識」をテーマに、今年度の歴史学研究会大会が開かれる。2日目の近世史部会での報告の1つに、藤田覚氏(東大史料編纂所助教授)の「寛政期の朝廷と幕府」が予定されている。その報告の要旨が「歴史学研究」593号に紹介されている。
○研究が手うすな近世
 近世の天皇についての研究は、それほど多くない。70年代にはじまる国家論研究などの影響もあって、幕藩制初期や幕末維新期についてはかなりすすんだといわれるが、近世の中・後期はいぜん手うすだ。藤田報告は、この空白を「基礎的で具体的な諸事実」の発掘によって埋めようとする。
 藤田氏は、2つの事実を提出する。1つは、天明7年(1787)に、朝廷が幕府にたいし、天明の飢饉(ききん)にくるしむ民衆の救済を要請したという事実で、これは朝廷と幕府の間を取り次ぐ伝奏の役にあった人の日記に出てくる。
 もう1つは、今度は幕府が朝廷にたいして、「心得の為と称してロシアとの紛争に関してなにごとかを」報告したこと。これも武家伝奏だった広橋伊光の文化4年(1807)の日記で知ることができる。
 前者は、朝廷が幕府の政治に、きわめて遠慮がちにではあるが、はじめて干渉したということであり、後者は、幕府が、求められてもいないのに、はじめて朝廷に対外情勢を報告したことを意味する。つまり「朝廷と幕府のおのおのが、それまでの朝幕関係の歴史のなかで異例と言うべき重大な行為をおこなっている」のである。
 なぜ、この時期に? というのが藤田報告のモチーフである。寛政期を中心にしたこの時期の朝廷や幕府の動き、国内情勢、対外情勢などを興味ふかい史実のなかにさぐって、藤田氏は「ペリーが来て朝廷が急浮上するというのは外見だけのことで、すでにこの段階に朝幕関係のターニングポイントがあった」のだという。
○武士層が復活に関与
 1788年、将軍補佐に任じられた松平定信は、15カ条の「御心得の箇条」を将軍家に差し出す。そのなかに、「古人も天下は天下の天下、1人の天下にあらずと申候、まして60余州は、禁廷より御預り遊ばされ候御事に候へば、仮初にも御自身のものと思召すまじき御事に御座候、云々」という1節がある。政治の実権は、天皇が朝廷の1武官である徳川家に委任したものだという「大政委任論」である。
 衣笠安喜氏(立命館大教授)は、この1節に注意を向け、「大政委任論は、少なくともこの時点においては幕府の中枢にまで浸透しているのであり・・・実質的意味をもつ幕末の大政奉還論への伏線をここから読みとることもできよう」という(「幕藩制下の天皇と幕府」)。
 衣笠氏は、この論考で、本居宣長の師である儒者の堀影山の天皇論を、「儒学から国学への橋わたしの位置にあるもの」として重視し、景山が天皇権威の民衆への浸透に、伊勢信仰がかかわっていると論じている点にふれて、「伊勢信仰は、そのまま天皇崇拝に直結するものではなかった」と批判をくわえている。
 神宮の地元である、伊勢松阪の国学者・本居宣長が、民衆の集団参宮「おかげまいり」について、何の感想も書き残していないのは、氏によれば「彼らの天照大神=天皇信仰が、民衆の伊勢信仰とは異質のものであることを意味するものであった」からであり、幕末維新期に天皇の政治的復活に関与したのは「上は将軍幕閣から下は尊攘倒幕の下級武士・草莽の志士たちまでであって、天皇の存在は、佐幕と倒幕との新旧はあっても、やはりもっぱら権力の側にかかわる問題であった」という(前掲論文)。
○受領が示す社会意識
 天皇と民衆の意識とを単純に連関させて、そこに天皇が政治的に復活した基盤を求める見方は、批判を免れないだろう。しかし、天皇と民衆は全く無関係だったのだろうか。
 「あれを読んでくださった方々から、天皇と民衆とは、やはりかかわりはないんじゃないか、と言われました」と間瀬久美子さん(神田女学園高校教諭)は話す。間瀬さんが83年に発表した論文「近世の民衆と天皇−−職人受領と偽文書・由緒書−−」にたいする反響のことである。
 鍛冶、大工、鋳物師、筆屋、菓子屋、絵の具師、医師など、ひろく技芸を職とする者が、みずからの権威をたかめるために、「和泉」「長門」「河内掾」などと国名、官名を名のることを朝廷から許されるのを望む受領(ずりょう)慣行が、近世のはじめから行われていた。東大史料編纂所の宮地正人助教授らの先駆的な研究によって、注目されるようになった。
 また、これより早く戦国時代から、古代天皇や頼朝の判をもつ偽文書が、鋳物師、木地師、狩猟者(マタギ)などの職人・芸能者の間でさかんにつくられた。由緒書は、これらの職人の起源や芸能の由来をかたる説話である。
 間瀬さんは、この論文で、受領の実態と、偽文書、由緒書のもつ意味をあきらかにすることを通して、近世民衆の天皇意識を探ろうと試みている。
 職人受領は、はじめは朝廷から授けられていたのが、やがて自分勝手に名のる者も出てきたりして形がい化した。そうした実態のなかに、一部の職人たち(大工、鋳物師など)が、受領名をえることによって、「社会的プレステージを高めようとした身分的上昇意識の表れ」を、間瀬さんは読みとる。
 賤視(せんし)された人々のもつ偽文書や由緒書の特色は、「彼らの先祖が古代の天皇や頼朝によって、生業の特権を保証されているという形式」をとっている、という。そうした由緒書が、実際につかわれ、実体的な意味をもっていたことは「民衆の間に古代の天皇や頼朝の権威を受け入れる意識が、かなり広範に存在していたからではないか」と、間瀬さんは書いている。
(稲葉暁記者)
 
 
 
 
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