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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1989/05/10 朝日新聞夕刊
中世王権の行方(権威の構造 天皇論のいま・第2部:3)
 
 多元から二重支配へ 律令的天皇、常に大前提
 永原 そうすると、鎌倉幕府成立の国家史的意味は認めないわけですか。
 上横手 はい、そのとおりです(笑)。院政の下に武士の集団が国家の軍事警察を担当するという体制が、鎌倉幕府の成立によって安定し、確立したにすぎないのだと思います。
 京大教授・上横手雅敬さんは和光大教授・永原慶二さんを相手に、こんなやりとりをしている。(座談会「武家政権と政治的存在としての天皇」=「歴史公論」107号)
○中世史で公家見直し
 上横手さんは、平安後期から鎌倉中期ごろまでは、日本の権力がもっとも多元的に分裂した時代だという。朝廷のほかに、幕府があり、朝廷にはさらに天皇と、実質上の権力者である「治天(の君)」、つまり院や上皇がいる。一方、幕府にも将軍、執権、得宗がいる。荘園の土地所有はこまかく分かれ、朝廷や幕府などの公権力の介入をこばんでいる。
 朝廷では、たくさんの貴族が職能を分担して、国家的な役割を果たしていた。和歌専門の貴族もいれば、学問や料理専門の貴族もいる。蹴鞠(けまり)専門の家もある。軍事専門の貴族が、武士の棟梁(とうりょう)ということになる。
 そういう立場から見ると、鎌倉幕府の成立は、従来のような大きな意味をもたない。日本全体を支配しているのは朝廷であり、それは院政という形態をとっていた。そうした国家のありかたは、11世紀後半にはじまり、鎌倉時代をつうじて変わらない。
 これまで、院政というのはアブノーマルなものと見られ、天皇親政こそが天皇制の正しいありかただという考え方がつよかった。しかし、天皇制の歴史をみると、むしろ院政のほうがノーマルではないか、というのが上横手さんの意見だ。「形式上の天皇は安全圏内に置いておいて、そのかわり院というものをこしらえ、行動しやすい天皇制をつくりあげた」という(同座談会)。
 従来の中世史研究が武家に偏っていたことへの反省から、黒田俊雄氏の「権門体制論」を契機に、70年代以降、公家の政治制度やその経済的基盤についての研究が活発になっている。
 上横手さんの考えにも、日本の中世を公家・武家・寺社などの権門によって相互補完的に構成された国家、と考える権門体制論の影響がみられるだろう。
○治天の権能も幕府に
 昨年秋、「『安定期』における秩序の構造」を統一テーマにした日本史研究会大会での、京都府立総合資料館の富田正弘さんの報告「室町殿と天皇」は、中世の公家文書の綿密な分析から、室町・戦国期の天皇のありかたに、あたらしい照明を当てたものである。
 鎌倉幕府を引き継ぐ権力として出発した室町幕府は、3代義満のときになって、実質的権力をにぎる「治天」の国家的権能のほとんどすべてを手にいれた。公家や寺家の支配権、つまり彼らの所領・所職を安堵(あんど)する権限、それから派生する裁判権、徴税権などである。
 だが、それは治天の権能であって、律令的天皇の権能のすべてではない。室町殿(幕府の実権者)が吸収できなかった天皇の権能とは、元号の制定権や、官職の補任権など、「中世社会の時空軸を設定するというような諸権能」である。
 治天は、なぜ、天皇=太政官の権能を吸収してしまわなかったか? それは「治天の王権の政治理念の弱さによる」と富田さんは見る。治天の王権は、「天皇に対する家父長権という理由でもって、仮に天皇の王権を代行するという貧弱な根拠しかもちあわせていなかったのである」という。
 それは、文書の様式にもはっきりと表れている。天皇=太政官文書は、すべて漢文体・真書体であるのに対し、治天の発する院宣・綸旨(りんじ)は、すべて候文体(そうろうぶんたい)・行書体であった。「治天の王権は、理想的には正道たる律令的天皇を前提とし、その仮の姿としてみずからを措定することによってのみ成立することができたのである」(「室町殿と天皇」=「日本史研究」319号)。
 治天の権力を引き継いだ室町殿も、究極的には律令的天皇制によって根拠づけられたもの、と富田さんは考える。ところが、戦国時代になると王権の基盤である権門体制そのものがつぶれてしまう。
 だから、その後に出てきた信長や秀吉の権力は、権門体制を前提としていない。彼らは自分の権力を理念づけるために天皇を必要としなかった。形ばかりになった天皇の存続が信長・秀吉の権力を保証したのではない。逆に信長・秀吉の権力によって、天皇は存続を許されたのである、と。
 それは「もはや太政官も廷臣も必要としない天皇制であり、律令制を脱した、いかようにも変容できる天皇制であった」(「室町殿と天皇」)。
○「日神は常に君臨する」
 しかし、問題はいぜんとして残る。ともかくも天皇家は残った。そして、ふたたび歴史の舞台に登場する。それはなぜか?
 大隅和雄・東京女子大教授は、南朝の北畠親房によって書かれた『神皇正統記』の冒頭、「大日本者神国也。天祖ハジメテ基ヲヒラキ、日神ナガク統ヲ伝給フ。我国ノミ此事アリ。異朝ニハ其タグヒナシ。此故ニ神国ト云也」という有名な記述について、つぎのように書いている。
 「天照大神がかつて君臨し、将来まで末永くその系統がつづくというのではなく、日神は常に日本の国の上に君臨しているということなのである。つまりこの文章は、万世一系の皇統に対する信念を述べているのではなく、日本の国には時と所を超えて、天照大神が常に君臨するという、親房にとっての真理を説いたものであった」と(『愚管抄を読む』)。
 そして、こう話す。「神話の時代は無時間の時代で、歴史のうえにおおいかぶさっている。アマテラスは死んでいない。生きていると思うから、20年に1度、何百億かかけて神殿を建て直すし、総理大臣は就任の報告にでかける。日本人は、みな、神がいると思っているのではないだろうか」
(稲葉暁記者)
 
 
 
 
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