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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1989/02/14 朝日新聞夕刊
中世:下 武家中心の研究反省(権威の構造 天皇論のいま:5)
 
 地位の変容めぐり論議
 敗戦後の天皇・天皇制をめぐる論議は、戦前の天皇制史観の克服という、現実的な課題を担って始められた。1952年に発表された、中世史家・永原慶二氏(和光大学教授)の「中世的政治形態の展開と天皇の権威」は、豊田武、安田元久両氏の中世天皇制論を批判しつつ、中世において、どのような形で古代の天皇制的な権力、その政治的な影響が克服されたか、を論じたものである。
 レッドパージ、君が代の復活など“逆コース”の時代だった。天皇制的な体制が古代から一貫してつづいてきたのだ、という戦前の史観にたいして、古代天皇制がいつ、どのように乗り越えられたかをはっきりさせることは「戦後歴史学の出発にとって積極的な意味があったわけです」と、のちに永原氏は語っている(山口啓二氏との対談「日本封建制と天皇」)。
○建武の瓦壊で没落
 この論文で、永原氏は「古代天皇制の政治的権力は建武政権の瓦壊(がかい)とともに最終的に没落し、その権力と不可分のかたちで存在した天皇の古代的権威ももはや超越的・神的なものとしては存在しなくなった」と言い、天皇の権威に隷属する意識をまったく持たない足利義満が朝廷へ接近したのは、「古代天皇制の権威が生きたものとして存在していたことを意味するのではなく、むしろ義満の矛盾と弱さの克服の方便としてあらたにもちだしてきたものであった」と述べた。
 1955年以降、60年代を通じて、中世天皇制の研究は、「全体としてきわめて低調であった」と網野善彦氏(神奈川大学短期大学部教授)は書いている(『日本中世の非農業民と天皇』)。その原因は、1つには南北朝動乱以後の天皇の存在は実質的な意味を持たないとする説が支配的だったこと、もう1つは、「さして問題とするにたらぬ天皇の問題をあえてとりあげて、あれこれ論議すること自体、むしろ現代の天皇制そのものを表面に押し出すことになるという配慮、さらには放置しておくことがそれを消滅させる上に有効とする見方が、表立ってはいわれないとしても、この時期の史家たちの中に、底流としてあった」からではないか、という。
 そうしたなかで、63年に発表された黒田俊雄氏(大阪大学教授)の“権門体制論”(「中世の国家と天皇」など)と、70年代以降に提起されてくる、非農業民とのかかわりを追究することを通して天皇制に迫ろうとする網野氏の論(後に前掲書に収められる)が、中世天皇制研究に新しい展望をひらいた。
○権門体制論を主張
 黒田氏は、古代=律令体制、近世=幕藩体制という概念に対置させて、権門勢家によって支配される中世の国家権力機構を「権門体制」と名づけた。日本の中世を、単に公家政権と武家政権との対立抗争の時代とみる通説をしりぞけ、公家・寺家・武家などの権門によって相互補完的に構成された国家の時代ととらえるのである。天皇はすべての権門の頂点に立って朝廷を率いる「国王」であり、どの特定の権門にも従属しない国政(法令の制定・発布や官人の任免、儀礼など)を掌握していた。権門体制の実質は応仁の乱で失われたが、この後、形骸(けいがい)化した天皇の地位が幕藩体制へと引きつがれることになる、と説いた。
 中世日本に、朝廷を中心とする単一の国家機構があったと唱える“権門体制論”に対比されるのが、中世史家・佐藤進一氏の“東国国家論”であろう。佐藤氏は『日本の中世国家』(83年)で、「東国に生まれた鎌倉幕府は、独自の特質をもつ中世国家のもう1つの型である」「王朝国家と鎌倉幕府とは、相互規定的関係をもって、それぞれの道を切り開いた」ことを論じた。幕府は時頼の時代に親王将軍をむかえて、朝廷との関係を相互不干渉と自立の状態におくことをめざした、という。“東国国家論”は、直接、天皇の問題をあつかってはいないが、中世の日本に2つの国家があったことを主張するものであり、今後の天皇論への影響は大きいだろう。
 70年代から80年代にかけて、天皇研究は新たな段階にはいったといわれる。古代、近世についても新しい展開がみられるが、中世については「王朝、公家の政治制度、その経済的基礎等についての堅実かつ綿密な研究が、最近とくに著しい進展を示し、多くの成果が蓄積されつつある」(網野氏前掲書)。
 それは従来の研究が、武家に偏っていたことへの反省が、黒田氏の論を1つの契機として表面にあらわれたもの、と網野氏はいい、愛知大・玉井力氏の論文「『院政』支配と貴族官人層」や東大・近藤成一氏の「中世王権の構造」、さらに名古屋大・稲葉伸道氏の公家新制の研究、京都府立総合資料館・富田正弘氏の室町幕府以降の天皇と幕府の関係についての研究、などをあげる。
○支配階級が補完に
 戦後最初期に豊田・安田両氏の説を批判して以来、一貫して天皇・天皇制の問題点を鋭く提示しつづける永原氏の近年の考えは、日本史研究会の創立40周年記念講演「日本前近代社会の展開と天皇」(85年)などに、示されるだろう。
 永原氏は「いかに縮小しても(天皇の)権威の最奥部分が宗教的、あるいは国家儀礼的部分にかかわっており、これは代位しがたい天皇固有の伝統的機能だから、その点こそさらに追究する必要があるということもあるでしょう」と、一歩をゆずりながら、こう主張する。
 「私は天皇の固有の機能や権威、とくに宗教的なもの、などをあまり超社会的、固定的に重視することには反対です。また天皇にいわば封建的知行を超越した国土領有権が存在したといった形でいくぶんとも現実的な機能にひきつけて見ることも賛成できません」
 「基本的な問題はやはり、それぞれの時点における支配階級の直面していた課題、また、その階級関係のあり方、その関係のあり方の中で、権力の頂点にたった人々がどのように天皇を動かし位置づけてきたか、という形で、中世後半期の現実の権力が、天皇をその権力者の側から補完物とした事情、それによって天皇が一定の意味合いをもちつづけた事実を確認していくことが大事だと考えます」と(「日本前近代社会の展開と天皇」=「日本史研究」283号)。
(稲葉暁記者)
 
 
 
 
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