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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1989/02/13 朝日新聞夕刊
中世:上(権威の構造 天皇制のいま:4)
 
「1支柱に職能集団」 非農業民の役割を提起
 「私は、天皇の問題をとりあげる出発点の1つに、現在にいたるまで約1300年の長い間、ともあれ天皇という存在が日本を国号とする国家の頂点に持続的にかかわりつづけてきたという事実をおいております」
 歴史学研究会が主催してひらいた連続講演会「いま天皇制を考える」(86年)で、講師の1人、網野善彦・神奈川大学短期大学部教授(日本中世史)はこう語った。「(天皇の)権力と権威の実態とそれを支えてきた条件を徹底的に追究し、白日の下にさらさなくては、天皇を本当の意味で克服することはできないのではないか」と。
 中世後半期以降、天皇がほとんど実権を失いながらも続いてきたのは、なぜか? それは中世・近世を通じて、天皇論の一番の主題といっていいだろう。この問題を解こうとするときに、2つのアプローチがある、と永原慶二・和光大学教授(日本中世史)は言う。1つは支配層による天皇の政治的利用の実態をさぐる方法、もう1つは民衆のなかに天皇を受け入れる何らかの素地があったのではないか、という観点からの接近だ。
 いま、天皇論にもっとも積極的に発言している歴史家といえば、まず網野氏の名があげられようが、氏の天皇論のいちばんの特色は「民衆の心性」への果敢な切り込みにあるだろう(永原氏)。それはこれまでほとんど議論されてこなかった、新鮮な問題提起であった。
○後醍醐政治の衝撃
 後醍醐天皇の建武政権がたおれ、日本社会を60年にわたってゆり動かした南北朝の動乱を境に、前近代の天皇のあり方は大きく変わった。それだけに後醍醐政治の研究は重要だが、大きすぎるくらい大きく扱われた戦前の反動で、戦後はあまりふるわなかった。網野氏の著した『異形の王権』は、そうした風潮のなかで、異様なまでに専制的な後醍醐の政治と、彼をつき動かした王権の危機を描いて、ひろく迎えられた作品である。
 現職の天皇でありながら、密教の法服をつけ、象頭人身の男女抱合像である大聖歓喜天をまえに、後醍醐はみずから護摩をたいて、鎌倉幕府調伏の祈祷(きとう)をおこなった、という。
 「目的のためには手段を選ばず、観念的、独裁的、謀略的で、しかも不撓(ふとう)不屈。まさしくヒットラーの如き人物」というのが、『異形の王権』が描く後醍醐天皇像である。すべての政務は天皇自身が決裁し、天皇の意思をつたえる綸旨(りんじ)が、絶対であり、万能だった。
 後醍醐の政権は、武将・公家の強い反発をまねき、3年たらずで瓦解(がかい)する。しかし、「この短命な政府の出現が、日本列島の社会に与えた衝撃は、決して小さいものではなかったのである。それは間違いなく日本の社会の深部に突きささるものをもっていた」(同書)。
 南北朝の動乱を通じて、天皇の権力も、ほとんど失われ、権威も著しく低下した。天皇の「聖なる存在」としての実質は失われ、それと結びついていた神仏――南都北嶺をはじめとする大寺社の権威は低落した。さらにそれらの下にあって、聖なる集団としての特権を持っていた供御人・神人・寄人などの立場に計り知れない影響を与えた。
○諸国を自由に往来
 天皇を頂点にいただく王朝の経済的基盤を、荘園公領制といわれる土地支配のほかに、網野氏は「供御人・神人・寄人など広い意味での職能民の集団」に求める。それは決して無視できない比重を持ち、中世の天皇と国家は、この2本の柱にささえられていたのだ、と主張する。
 「まだ完全に定着することなく、原料、仕事場、交易の場を求めて移動」していた、それら職能民の集団は、天皇や神仏などと直接むすびついており、交通税を免除されて諸国を自由に往来できる権利を保障されていた。「交通路に対する支配権を天皇は究極的に掌握していた」からであり、その支配権は「いわば全共同体の首長としての天皇の『大地と海原』に対する支配権に淵源を持つ、と思われる」という(『日本中世の非農業民と天皇』)。
 天皇・神仏に直属していた歴史の記憶は、これらの非農業民の心中に強く刻印された。そして「伝説化した天皇や神仏と、その職能、出自との関わりを物語る、説教節などの芸能の作品を始め、さまざまな由緒書、縁起、偽文書として、こうした人々の世界に生きつづけ、社会に無視し難い影響を与えていった」のである。(『異形の王権』)。
○「実証的中身こそ」
 天皇権力の基盤の1つを「非農業民」(海民・山民・商工民・芸能民など)に求める網野氏の説は、賛否両論を巻き起こした。「右からも左からも利用される可能性がある」と評する人もいる。
 「戦後ずっと、皇国史観とどう対決するかにこだわってきました」と、網野氏は話す。だが、相手が大き過ぎて、手がつかなかった。たまたま鋳物師の資料にぶつかり、それが天皇の問題に深くかかわっていることを発見し、天皇について発言するきっかけになった、という。「皇国史観に対するには、イデオロギッシュな批判だけではだめでしょう。実証的な中身のある仕事でそれを乗り越えないかぎりは」
(稲葉暁記者)
 
 
 
 
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