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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1989/02/07 朝日新聞夕刊
「大嘗祭」:中(権威の構造 天皇制のいま:2)
 
 「秘儀」に衝撃的解釈も 200年の断絶経て再興
 大嘗祭(だいじょうさい)は、秋の新穀を神にささげて、それを神と共に食べる収穫感謝の「ニヒナメ」の祭りを淵源とする。宗教学者村上重良氏によると、この「ニヒナメ」は弥生時代から民間の農耕儀礼として全国の村落で行われていたが、古代国家が成立すると、村ごとの祭祀権を小国家の首長が握り、さらにそれを包摂する形で天皇の祭祀大権が成立した。ここにおいて、天皇が新嘗祭(にいなめさい)を行うことによって稲は稔るが、天皇がそれを行わなければ、ただちに稲の稔りは得られなくなる、と考えられるようになった。天皇の祭りこそ確実な稔りの源、と強調することで、祭司王の権力と権威は確立した。村上氏の考えでは、新嘗祭を執行する王、それが天皇である。
 これを別の角度からとらえれば、「宮廷の新嘗祭は、『豊葦原の瑞穂国』という稲の豊かな稔りに恵まれた国を実現することを聖使命とされる天皇のもっとも大切なおつとめ」(真弓常忠皇学館大神道研究所長)ということになる。
○外部に知れぬ秘儀
 その新嘗祭が、天皇の代替わりに際して、1世1回限りの大祭として行われのが大嘗祭である。祭りの内容はほぼ同じだが、期間が4日間と長いこと、「大嘗宮」という施設をこの祭りのために新設することなどが、毎年の新嘗祭と異なる。
 大嘗祭は、日本古来の祭りといいながら、その実態のきわめて分かりにくい祭りである。というのは、4日間の行事のうち、第1日の夜から第2日の朝にかけて天皇自らが殿舎にこもり、祭神に神饌(しんせん)を供する神事が大嘗祭の核心部分なのだが、これが外部からうかがい知ることを許されぬ秘儀とされているからだ。
 この秘儀の持つ意味について衝撃的な解釈をほどこしたのは、折口信夫だった。折口は、天皇が神事のためにこもる殿舎に、衾(ふすま)をかけた寝座が神座として設営されていることに着目し、これを天孫降臨神話でニニギノミコトがくるまって天降りした真床襲衾(まどこおふすま)に当たるとした。新しい天皇はこの寝座に引きこもって物忌みをし、天皇霊を身につけて天子としての資格を得る、と解したのである。
 岡田精司三重大教授によると約60年前のこの折口説(「大嘗祭の本義」)は、論証抜きに古代人の心に迫ろうとする詩人的直感の所産とでもいうべきものでありながら、天皇の祭りをはじめて民俗学的に、神話とのかかわりでとらえた研究として高く評価され、いまも学界内に大きな影響力を持っている。
○律令期に順序逆転
 一方、当然のことながら折口説に留保をつける研究者もいる。折口の弟子に当たる倉林正次国学院大教授(民俗学)は、律令期以後は、即位礼―大嘗祭の順で即位儀礼が行われているのに対し、律令前では大嘗祭―即位礼と逆転して行われていたと想定し、折口の天皇霊説が妥当するのは律令前までの段階のことで、律令後の大嘗祭は、天神地祇に天皇就任を報告する性格のものに儀礼の意味が変わった、と説く。(『儀礼文化』第8号所収「祭りから儀礼への展開」)
 これを折口説を修正したものとすれば、岡田氏は明快な折口説否定論者だ。岡田氏は、大嘗祭神事の中心は神饌親供なのに折口説ではこれに立ち入っていないこと、問題の寝座は2つ設けられるのが本来の形だったと推定されること、などから折口説は成り立たないとし、天孫降臨神話との関係についても、これが対応するのは折口の説くように大嘗祭ではなく、天皇が高御座につく即位礼の方だ、と主張している。(『日本史研究』245号所収「大王就任儀礼の原形とその展開」)
 さらに岡田氏は、大嘗祭が一部で説かれるように不変のものでなく、時代とともに変わったと強調するが、岡田氏に岩井忠熊立命館大名誉教授、河音音能平大阪市大教授を加えての座談会記録「天皇祭祀と即位儀礼について」(『日本史研究』300号所収)では、その変容のあとを追っている。
 大嘗祭の歴史での大きな転機は、朝廷と室町幕府の衰微によって、室町時代末から9代、220年にわたり断絶したことだ。江戸前期に再興されるが、河音氏はこの長い断絶期間にふれて「図面などではっきりしている建物などは復元できたろうが、口伝されてきたと考えられる服属儀礼としての諸芸能や、天皇が秘事として行う宗教的所作の作法の復元は不可能で、再興時に適当に創作したとしか考えられない」といっている。
○大正に2儀式一括
 重大な改変は近代天皇制下でも加えられた。平安時代の延喜式の規定では、大嘗祭は新天皇の即位が7月以前ならその年のうちに、7月以後なら翌年行われることになっており、即位礼とは切り離してやるのが本来の姿だった。それが大正天皇以降は、即位礼と大嘗祭が一連の行事として引き続き挙行されるようになり、一括して「御大礼」「御大典」と称された。また、旧来の大嘗祭は、冬至に近い旧暦11月の中の卯の日から始まることになっていたのに、近代では新暦11月に行われるようになった。
 こうした改変に対し、大正御大礼に参列した柳田国男は、この2つの儀式が一括挙行された結果、大嘗祭の参列者がふえすぎて大嘗祭本来の厳粛さが失われたことを厳しく批判し、2つを切り離して挙行するか、あるいは即位礼に先立って大嘗祭を行うべきだと、後世への遺書となった「大嘗祭ニ関スル所感」(「定本 柳田国男集」31巻)の中で提言している。昭和御大典の記憶から、年配者は即位礼と大嘗祭をセットにして考え勝ちだが、これが、近代天皇制下のニュースタイルだということは、記憶にとどめておいてよい事実かもしれない。
(赤松俊輔記者)
 
 
 
 
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