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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1989/02/06 朝日新聞夕刊
「大嘗祭」:上(権威の構造 天皇制のいま:1)
 
 唐風に独自色加える 即位3儀礼確立は平安期 宗教面の研究進む
 古代以来、千数百年の長い年月を重ねて現在に至る天皇の歴史。代替わりという画期を迎え、いま改めて日本人にとっての天皇の意味が問われている。「権力」の部分と「権威」の部分が分かち難くからみあって展開されてきた天皇史のうち、ここでは「権威」のいくつかの相に焦点をあわせ、最近の研究動向を織り込みながら、「天皇論のいま」を考えてみたい。
 戦後、とくに近年の天皇論、天皇史研究で、1つの目立った潮流は、天皇の持つさまざまな側面のうち、その宗教的性格の究明から天皇の本質をさぐろうとする試みである。
 たとえば、国文学者の西郷信綱氏は、昭和40年代はじめに発表した論文「大嘗祭の構造」で、「王権が政治史的考察の対象にされるにとどまり、王権において祭式の果たしてきた役割に関する認識が欠如している傾向がいちじるしい」のを批判し、「(王権の支配の論理の基礎をなすのは祭式だから)、祭式の分析に媒介されぬ王権研究は、対象に即さぬという意味で方法的に正しくないことになる」と論じた。
 現在の事態は、この時点からかなり進展しているといえるだろう。宗教学者村上重良氏は、『天皇の祭祀』(岩波新書)や『天皇と日本文化』(講談社)で、国を代表して国家、国土の祭祀を司る祭祀王という側面に天皇の一貫した本質を見、『天皇不親政の起源』(校倉書房)『天皇不親政の伝統』(新樹社)の由来を、天皇の神聖君主としての性格に結びつけて考える歴史学者洞富雄氏の立場もこれに近い。
 思想家吉本隆明氏も論文「天皇および天皇制について」などで「つねに宗教的(不可視的)な威力の源泉でありえたというのは、〈天皇(制)〉にとって唯一の不変項であった」として宗教をその天皇論の核に置き、若手思想家赤坂憲雄氏は近著『王と天皇』(筑摩書房)で、内外の王権研究の成果もとり入れながら、天皇制の宗教的側面に刺激的な考察を加えている。宗教学者山折哲雄氏は『天皇の宗教的権威とは何か』(三一書房)を書き、日本古代史家の手になるものとしては、三重大学教授岡田精司氏の『古代王権の祭祀と神話」(塙書房)や東大名誉教授・故井上光貞氏の『日本古代の王権と祭祀』(東大出版会)などがある。さらに民俗学や文化人類学、神話学などの業績をも加えれば、近年のこの分野での蓄積は、かなりの厚みをもったもの、といえるだろう。
●1代に1度の大祭
 憲法とのからみで今後、大きな思想的対決点となることも予測される大嘗祭(だいじょうさい)は、その天皇の宗教的権威の根源をなすものとして注目されよう。
 ところで、大嘗祭とは何か。阪下圭八氏執筆になる平凡社「大百科事典」によれば「古代から続く天皇即位の儀式。天子が年毎の稲の初穂を、皇祖神に供えて共食する祭りを新嘗祭(にいなめさい)といい、それとほぼ同じ内容を、天子1代に1度の大祭として行うのが大嘗祭である。古くはこの祭りによってあらたな天皇の資格が完成するものとされていた。・・・」というものである。
 古今東西を問わず、君主制にとって王位就任の儀式は、王権の権威と正統性を保障するものとして重大視されているのはいうまでもないが、日本の場合、皇位継承儀礼が、古くから践祚(せんそ)―即位礼―大嘗祭の3部構成になっているのが特色だった。践祚とは、天皇代替わりの直後に、皇位のシンボルである神器を新帝に譲り渡すことを中核とする儀式であり、即位礼とはそれからしばらく期間をおいて行われる、新帝が大極殿の高御座(たかみくら)につき、百官に即位を宣する公的な儀式である。それからさらに日をおいて行われる大嘗祭は、厳冬の深夜、ひそやかに営まれる新天皇親祭の神事が儀式の中核となる。
 遺著となった『日本古代の王権と祭祀』で、古代の皇位継承儀礼を包括的に考察しようと試みた故井上光貞東大名誉教授によると、この3部構成が践祚を一番最後に制度的に確立するのは、平安時代初頭以降のことらしい。井上氏が研究の基本文献とした養老令(718)中の神祇令には、いわゆる践祚の規定はない、というのが井上氏の解釈だ。だが、日本の皇位継承儀礼に影響を与えた中国や朝鮮では、先帝の死後大葬を待たずに即位するのが原則だったのに対し、死のけがれを嫌う観念が強い日本の場合は、先帝の大葬をすませた後に即位するのが通常の形だった。大葬をはさむことによる新帝即位までの空白期の政治的混乱を未然に防ぐ装置として、代替わり直後に神器を新帝に引き継ぐ践祚が行われ、定式化した、と井上氏は考えたようだ。
 践祚の場合はそれとして、日本の皇位継承ではなぜさらに即位礼、大嘗祭が重複して行われたのだろうか。この点について、上山春平京都国立博物館長は「大嘗祭が確立したと考えられる律令国家形成期は、唐文化の影響の大きかった時代で、即位式も唐風になっていた。唐文化を精いっぱい模倣する一方で、それだけではあきたらず、日本古来の儀礼を即位儀礼に加えることにより、心理的バランスを保とうとしたのではないか」と考える。
●法的裏づけを欠く
 平安時代に確立した皇位継承の3つの儀礼は、時代の変化の中で消長を重ねながら近代まで引きつがれ、明治22年の旧皇室典範ではっきり条文化され、その後の登極令で施行細則も定められた。しかし、第2次大戦後、GHQの神道指令を経て新憲法下の新しい皇室典範の規定では、「即位の礼」だけが残り、践祚と大嘗祭は条文から除かれた。こうして法律的裏づけを欠く現在の状況が、大嘗祭のありようをきわめて不安定なものにしている、といえよう。
 「いろいろの時点の関係史料のつぎはぎによって作りあげられた・・・年代不明の大嘗祭像」という同書前文の表現にもうかがえるように、井上氏は従来の大嘗祭研究にあきたらぬ思いを抱いていたらしい。井上氏は研究史上それまで比較的軽視されていた即位礼なども考察の視野におさめつつ、大嘗祭との相関関係のうちに古代の皇位継承儀礼の成立と展開をさぐろうとしたようだが、その死によって研究は未完成のまま中絶し、井上氏の企図は十分に生かされずに終わった。
 (赤松俊輔記者)
 
 
 
 
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