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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1989/01/11 朝日新聞朝刊
戦争責任の行方 「微妙」な問題のまま(政治の中の天皇:4)
 
 遺憾の意表現にも限度
 日本側 天皇陛下のご発言は、なかったことにしてほしい。
 フィリピン側 そう言われても、アキノ大統領は確かに陛下から聞いたと言っている。取り消しはできない。
○説明の訂正求める
 1986年(昭和61年)11月10日夜。国賓として来日したフィリピンのアキノ大統領と会見した故陛下が「第2次世界大戦中、日本人がフィリピンに対してかけた迷惑について、おわびを言い続けた」との外国通信社電が流れた。会見の様子を大統領から伝えられたフィリピンのベニグノ報道官の説明を受け、ニュースとなったものだ。日本側説明は「戦争責任に関することは一切出なかった」(宮内庁)。そこで翌11日早朝、日本側関係者がフィリピン側の宿舎迎賓館に赴き、報道官の説明の訂正を求めたのだ。
 フィリピン側の態度は硬く、なかなか取り消しには応じようとしなかった。結局、日本側は駐日大使経験者の大統領側近に「手を回し」(政府筋)、大統領に「ノーコメントで通す」との確約をとりつけた。「天皇と戦争との問題はセンシティブ(微妙)なので」との日本側の言い分を、フィリピン側が受け入れた結果だという。
 故陛下は自らの戦争責任について敗戦直後の45年8月、側近に対して「戦争責任者を連合国に引き渡すのは真に苦痛にして忍び難きところなるが、自分が一人引き受けて退位でもして納める訳にはいかないだろうか」と語ったという。(『木戸幸一日記』)。
 だが、後に明らかになるように、マッカーサー連合国軍最高司令官が「日本のごとき国で天皇を戦犯にかけるのでは国内の秩序は維持できない」との意向を持っていた(『芦田均日記』53年10月)こともあって、責任は問われなかった。
○おことばで区切り
 故陛下は52年5月、講和条約発効式典で「自らを励まして、負荷の重きに耐えん」とのおことばを述べた。退位説を否定し、これが自らの戦争責任問題に区切りをつけるものとなった。この時期は、米国、ソ連の対立が強まり、中国が台頭する国際情勢の中で、日本が自由主義陣営の一国として着実に歩み始める時期でもある。
 故陛下ご自身は、その後、戦争責任について「開戦の時からいつやめるか、やめる時期をいつも考えていました」(69年9月)、「(戦争責任という)そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないので」(75年10月)と述べられている。
○追及する声根強く
 戦争責任論は戦後天皇制を論ずる大きなテーマになってきた。そして責任を追及する声はなお根強い。太平洋戦争で国内唯一の地上戦が展開された沖縄。87年秋の国体のさいに予定された天皇の訪問を前に朝日新聞が実施した沖縄県民の世論調査では「天皇の沖縄ご訪問で沖縄の戦後は終わる」との意見に「賛成」が11%、「反対」が48%だった。戦争責任論の風化を戒める数字のようだ。
 一方、政府は「一貫して陛下は平和主義者」(中曽根前首相の国会答弁)という立場をとり続けてきた。竹下首相も、長崎市の本島等市長が「天皇に戦争責任がある」と発言したことについて、今月6日、記者団に「私は発言しない方がいいと思う」。戦争責任論に触れようとはしない。
 それでも、日本の侵略を受けたアジア諸国に対し、戦争責任に触れないわけにはいかない。故陛下は78年10月、とう小平中国副首相(当時)に「両国間に一時、不幸な出来事もあった」と述べ、84年9月には来日した全斗煥韓国大統領(当時)に「今世紀の一時期において両国の間に不幸な過去が存したことは遺憾」とあいさつされている。「ご自身の責任には直接触れずに、遺憾の意を伝えるギリギリの表現」(外務省幹部)だ。
 アキノ大統領に「おわびを言い続けた」となれば、「ギリギリの表現」を踏み越えたことになってしまう。だから、「センシティブ」な問題なのだ。
 故陛下は、中国訪問について「もし日中平和条約が締結され、中国を訪問する機会が訪れれば非常にうれしい」(75年9月)と語られたことがある。訪中が実現すれば、戦争に対する天皇の新たな感慨が表明されたかもしれない。だが、中国をはじめアジア諸国を、そして戦後の沖縄を訪れる機会は、ついになかった。故陛下と戦争責任の問題は「センシティブ」なままであった。
 
《メモ》退位
 第2次大戦末期、故陛下の退位を求める主張が出たり、戦後間もなくは戦争責任論と絡めた退位論もあった。現行憲法や皇室典範には退位の規定はない。このため、天皇の国事行為を皇族に委任したり、摂政を置くことはできるが、もし退位を可能にするとすれば典範に退位条項を追加する、などが必要。故陛下が80歳を超えるご高齢になられ、改めて「退位」が話題になったことがある。
 
 
 
 
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