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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1989/01/07 朝日新聞夕刊
「昭和」を送る(社説)
 
 われわれはいま、深い悲しみと無量の感慨をもって、天皇陛下の崩御を悼み、「昭和」の去りゆくのを見送る。
 「1つの時代が終わった」との思いは、天皇制に対する支持、愛着の度合いとは関係なく、国民すべてに共通するものであろう。日本の現代史の中で、天皇の存在感は他に比べるものがないほど大きかったからだ。
 在位62年、という長さもさることながら、その内容において、古今東西の君主のなかで、故陛下ほどの波乱を体験されたかたはほとんど例をみないのではないか。初めの20年近くは現人神(あらひとがみ)として、あとの40余年は国民統合の象徴として、過ごされた。対照的な2つの時代を兼ねる、激動のご生涯だった。
○苦難と試練の時代
 「かえりみますれば、この半世紀は、日本にとっても、私自身にとっても、多くの苦難と激しい試練の時代でありました」――昭和46年9月、ベルギー国王主催晩さん会でのお言葉は、天皇の歩まれた道がいかにきびしいものであったかを端的に示している。
 在位中最大の痛恨事は、自らは自由主義的気質、国際協調主義的志向を強くお持ちになりながら、日本が逆の方向に押し流されてゆくのを止めえなかった点であろう。「自分があたかもファシズムを信奉するが如く思はるることが、最もたへ難きところなり」と語っておられたにもかかわらず、昭和前史の中で「天皇制=ファシズム」といった位置づけがなされるような事態になったのは、まことに悲劇というほかない。
 「西ひかしむつみかはして栄ゆかむ世をこそいのれとしのはしめに」(昭和15年新春のお歌)というような、平和への強いご意欲は、たえず側近や政府、軍部首脳にお伝えになり、また時には「外交政策では英米と協調せよ」とか「ファッショに近きものは(首相に)絶対に不可なり」など、かなり具体的な示唆もなされたが、「立憲君主制」という制約の下では、軍国主義の急流をくいとめることはできなかった。
 もっとも、立憲君主制の枠を越えて決定的に物事を動かされた例外もなかったわけではない。2・26事件のさい「反乱軍鎮圧」に踏み切られたことと、「終戦のご聖断」とである。前者は首相の生死不明の最中、後者は御前会議で賛否対立し、天皇のご決断が求められる、という異常事態の下ではあったが、いずれの場合も、天皇のご判断、ご措置は的確だった。
 戦前、戦中、国政を動かした人の中には、非論理的、神がかり的な人が少なくなかったが、天皇ご自身はこれと対照的に、いかにも科学者らしく、冷静に、合理的にものを考える力を持っておられた。それだけに、戦争回避のため天皇の影響力がもっと行使されていたならば・・・との思いが、昭和史を回顧するだれの胸にも去来するのである。
 「・・・洵(まこと)ニ已ムヲ得サルモノアリ豈(あに)朕カ志ナラムヤ」(宣戦の詔書)というお言葉が添えられているとはいえ、天皇の名の下に始められた太平洋戦争は、無数の人たちから生命、財産、幸福を奪い、その運命を大きく曲げることになった。それは天皇にとっても「五内(ごだい)為ニ裂ク」(終戦の詔書)つらいご体験であったが、同時に、犠牲を強いられた国民や近隣諸国の人たちにも、いやし難い傷跡を残した。敗戦直後、内外から「天皇の戦争責任」を問う声が出たのは不思議でない。
 天皇制の危機が奇跡的に乗り切れたのは、「天皇の存在は女王蜂(ばち)のように、日本に安定をもたらす」(グルー元駐日米大使)といった見方が米政府の主流を占めるようになったからだ。天皇に対する国民の伝統的な畏敬(いけい)、親愛の念を米側が察知し、これを日本再建に役立たせようとしたのである。こうした考え方はよい結果を生んだ。もしも天皇制廃止ということになっていたら、敗戦の混乱は加速され、復興は遅れていたに違いない。
 日本の歴史をふりかえると、天皇が実質的な統治者であった時代よりも、それほどの権力を持たぬ、民族統合の象徴的存在であった期間の方が長いのに気づく。明治憲法から新憲法への移行は、たしかに天皇の地位に大きな変化をもたらしはしたが、それが意外に抵抗感なく国民に受け入れられたのは、そうした歴史的基盤と無関係ではあるまい。
○定着した象徴天皇制
 故陛下ご自身も、近年「象徴天皇制」が国民の84%の支持を受けるような形で定着してきた(朝日新聞世論調査、昭和61年3月)ことに、満足されておられたのではないかと拝察する。いま、天皇制をかつてのように神格化、強化しようという声は、天皇制廃止を求める声同様、極めて小さい。
 明治天皇崩御のさいタイムズ紙(ロンドン)は「近代日本の最盛時はこの天皇の1代をもって終わるであろう」と予言した。ある日本の大学教授は「国がつぶれるような感がした」と書いた。いまのわれわれの哀悼の気持ちの中には、そうした悲観論、不安感は入っていない。むしろ、戦争に至る歴史の轍(てつ)を踏むまいと、戦後、天皇と国民がともに大事にしてきた「民主主義」「自由」「国際協調」といった「新しい昭和の精神」は、今後いつまでも消えることはない、とだれもが信じているのではないか。
 ここに改めて故陛下のご足跡をしのびつつ、厳粛な気持ちで、「新しい昭和の精神」を生かし続けることを誓いたい。
 
 
 
 
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