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3)プランクトン
(1)動物プランクトン
 十和田湖のプランクトンについては、ヒメマスの餌料生物としての重要性から、これまでプランクトンネットや採水器を用いた採集が行われており、主要な出現種とその出現状況等について多くのデータが残されている。しかし、これらのほとんどは沖合域の表・中層で行われた調査で、ごく沿岸域、水生植物帯、湖底付近の状況については詳しく調査された例がない。従って、水深帯ごとあるいは底質の違いによるプランクトン相の相違など、湖内の全体像が把握されているとは言い難い。
 プランクトンネットで採集される動物プランクトンについては、種数が10種前後で、量も少ない。また、ある種が優占した場合には、そのほかの種類の出現水準は極めて低いことが多い。これらは、十和田湖が典型的な貧栄養湖であり、生産力が低い故の特徴と考えられる。
(1)ワムシ類9)、10)
・コシブトカメノコウワムシ Keratella quadrata
 亀甲模様の入った殻(被甲)を持つワムシの1種で、被甲の長さは0.1〜0.2mm程度と小型である。被甲の形は地域によって多くの変異型を持つことで知られるが、十和田湖に生息しているのは基本型である。主として春季に大量に発生し、ほぼ毎年ワムシ類の優占種となる。湖内の全域に分布するが水深15m程度までの浅いところで比較的分布密度が高い。
 
・ミツウデワムシ Filinia terminalis
 被甲を持たず、0.1〜0.2mm程度の体に、長い3本の脚を持つことが特徴である。コシブトカメノコウワムシに比べてやや深いところに分布する傾向があり、個体数は少ないながら十和田湖では普通に見られる種類である。
 
・ハネウデワムシ Polyarthra vulgaris
 これも被甲を持たない、体長1.5mm程度のワムシで、体の側面に羽根状の4本の付肢があるのが特徴である。本種もミツウデワムシ同様、個体数は多くないが、全域で普通に見られる種類である。
 
・その他
 これらの他に、殻を持つワムシ類ではコシブトカメノコウワムシと同属のカメノコウワムシKeratella cochlearis、ツキガタワムシLecane lunaとツキガタワムシ属の1種L.curvicornis、ツボワムシ属Brachionus sp.、スジトゲワムシNothorca acuminata、ミジンコワムシHexarthra miraなどが、少数ながら確認されることがある。中でもカメノコウワムシは、年によってはコシブトカメノコウワムシよりも多く出現することがある。また、殻を持たない種類としては、ドロワムシ属の数種Synchaeta spp.、ミドリワムシ属の数種Ascomorpha spp.などが、大量に出現する場合がある。
 
(2)カイアシ類9)、10)
 カイアシ類とは、カイアシ亜綱COPEPODAという分類群に属し、一般的にはケンミジンコと呼ばれるプランクトンである。このグループは、カラヌス目CALANOIDA、ケンミジンコ目CYCLOPOIDA、ソコミジンコ目HARPACTICOIDAの3つの目に分けられ、十和田湖にはカラヌス目1種、ケンミジンコ目8種2)、ソコミジンコ目3種2)が確認されている。
 
・ヤマヒゲナガケンミジンコ Acanthodiaptomus pacificus
 
写真:十和田湖産
2003年9月撮影
 
 第1触覚が体長と同等の長さに達し、雌で1.9mm(雄はやや小型で1.6mm)ほどの体長に達する大型の動物プランクトンで、主に山岳湖沼や大型湖沼に生息する。十和田湖では1980年代初めまではハリナガミジンコとともに優占種のひとつであったが、近年では5年に1度ほどの頻度である程度まとまって確認されるものの、ほとんど採集できない年も多くなった。また、かつては餌料生物としてヒメマス資源を支える役割を果たしていたと考えられ、ヒメマス特有の朱みの強い肉色もこのプランクトンの色素に由来すると考えられている。そのため、本種の出現水準の低い近年では身の色が白っぽいヒメマスや、トゲオヨコエビを主な餌料にしていると思われる濃い赤色の身のヒメマスが多く、身の色がいわゆるサーモンピンクのヒメマスは珍しくなってしまった。
 
・オナガケンミジンコ Cyclops vicinus
 ヤマヒゲナガミジンコよりもやや小型の種で、第1触覚の長さは体長の半分以下と、ヤマヒゲナガケンミジンコに比べるとかなり短い。沖縄以外の日本全国のあらゆる湖沼にごく普通に見られる種で、水質に対する適応範囲も広いとされる。十和田湖では1990年代後半以降比較的容易に確認されるようになったが、出現量は多くはない。また、ヒメマスやワカサギの胃内容物として確認されることもあるが、他のプランクトンに混じって捕食される程度である。
 
・その他
 これらの他に、湖底で採集したサンプルからもソコミジンコ目の3種を含む11種のカイアシ類が確認されている2)
 
(3)ミジンコ類(枝角類)9)、10)
 ミジンコ類とは、ケンミジンコ類と同様にエビ・カニ類も含まれる甲殻綱CRUSTACEAのミジンコ亜綱(鰓脚亜綱)BRANCHIOPODAミジンコ目CLADOCERAという分類群に属し、一般的にはミジンコと呼ばれるプランクトンである。十和田湖では5種以上が確認されている。
 
・ハリナガミジンコ Daphnia longispina
 
写真:十和田湖産
2003年9月撮影
 
 雄で体長1.8mm、雌では3.0mmに達する大型動物プランクトンで、1980年代初めまでは優占種であった。近年は主として秋季にまとまって出現する傾向があるが、出現状況は不安定で、ほとんど確認できない年も多い。餌料生物としてヒメマスの資源水準に影響する重要な生物で、本種が出現しているときには、ワカサギや小型から大型に至る各サイズのヒメマスが選択的に捕食する傾向が認められる。
 
・ゾウミジンコ Bosmina longirostris
 
写真:十和田湖産
2003年9月撮影
 
 体長0.5mmほどの小型の枝角類で、日本列島だけではなくオーストラリアを除く全ての大陸に分布するとされ、平地の小湖沼から十和田湖のような山地の湖まであらゆるところで見られる普通種である。十和田湖では、1980年代初めにそれまでのほとんど確認できない状況からハリナガミジンコと入れ替わるかたちで個体数を大幅に増加させた。主に夏季から秋季にかけて大量に出現することが多く、最近では甲殻類動物プランクトンの中では最も多い個体数となることも多い。ワカサギや稀に比較的小型のヒメマスが餌料として利用するが、ハリナガミジンコが多いときには本種が捕食されていることが少なく、魚類の餌料としての重要性は低いと考えられる。
 
・シカクミジンコ Alona quadranguilaris
 前期2種に比べると個体数は圧倒的に少ないが、まれにネット採集や魚類の胃内容物として他の枝角類に混じって確認されることがある。体長0.8mmほどで、水生植物帯など、沿岸域の比較的浅いところが主な生息域と思われる。
 
・その他
 これらの他に、個体数は少ないが、ごく表層に分布するアオムキミジンコ Scapholeberis mucronataやシカクミジンコ亜科の1種ALONINAE gen sp.が採集されることがある。
 
(1)ランソウ類
 原始的な藻類で、アファノカプサ属の1種Aphanocapsa elachistaが比較的多く確認されることがあるほか、クロオコックス属の1種Chroococcus sp.、ユレモ属の数種Oscillatoria spp. などもわずかながら認められる。
 
(2)ケイソウ類
 単細胞の、珪酸化合物を含んだ殻のような細胞膜を持つ植物である。この殻は針形、くさび形、唇形など種類によって様々な形となっており、その表面には線状の模様が刻まれているのが特徴である。十和田湖では、オビケイソウ属の数種Fragilaria spp. ホシガタケイソウ属の1種Asterionella sp. メロシラ属の数種Merosira spp. ハリケイソウ属の数種Synedra spp.、ニッチア属の数種Nitzschia spp. など20種以上の多彩なケイソウ類が確認され、特にホシガタケイソウ属、オビケイソウ属は例年春季に多量に出現する。
 
(3)リョクソウ類
 葉緑体内にクロロフィルa、b、α及びβカロチンなど多くの色素を含むため、藻体が鮮緑色に見えるため緑藻と呼ばれる。その形は種によって様々で、小判型、こんぺいとう型、三日月型などをした単細胞のものから寒天質の中に群体をつくるもの、海苔のような群体をつくるもの、糸状の細長い群体となるものなど、極めて多岐にわたる。十和田湖では20種以上が確認され、いずれの種も大量に出現することは少ないが、春季にはグロエオキスチス属Gloeocystis spp.、パンドリナ属の1種Pandorina morumなどが増殖することがある。
 
(4)その他
 春季には珪藻類を始めとした各種の藻類が増殖するため、それらが付着し漁業者のさし網が緑色を呈するということは珍しくなかったが、多くの場合は湖水の中で網を大きく上下に揺すると脱落するため深刻な問題はなかった。しかし、1990年代初めから春季に大増殖し刺し網に絡みつくようになった糸状藻類は容易に脱落せず、ヒメマス漁の障害になるという事態になった。この原因は黄緑色藻綱XANTHOPHYCEAEのトリボネマ属Tribonema sp (p). と思われる藻類の大繁殖で、プランクトンネットにより採集される植物プランクトンの中でも一時期圧倒的に優占していたが、その後は元の水準であるわずかな量に戻っている。
 また、黄色鞭毛藻綱CRYSOPHYCEAE、渦鞭毛藻綱DINOPHYCEAE、ミドリムシ藻綱EUGLENOPHYCEAE(ミドリムシ目EUGLENIDA として動物として取り扱っている場合もある)などの比較的微細な藻類も確認されている。
 

(文献)
1)川合禎次編. 日本産水生昆虫検察図説. 東海大学出版会, 1985.
2)大高明史, 加藤秀男, 上野隆平, 石田昭夫, 阿倍弘, 井田宏一, 森野浩. 十和田湖の底生動物相. 国立環境研究所研究報告 1999; 146: 55-71.
3)加藤秀男, 高村典子, 三上一. 十和田湖沿岸域における底生動物群集の特徴. 国立環境研究所研究報告 1999; 146: 72-82.
4)上野隆平, 大高明史, 高村典子. 十和田湖沿岸域のユスリカ相. 国立環境研究所研究報告 1999; 146: 83-86
5)森野浩, 戸塚利明. 十和田湖におけるトゲオヨコエビ(Eogammarus kygi)の分類・分布及び繁殖活動. 国立環境研究所研究報告 1999; 146: 87-94.
6)加藤秀男, 高村典子, 上野隆平, 大高明史, 戸塚利明. 十和田湖沿岸域における底生動物群集の決定要因−餌環境と魚類の捕食からの検討. 国立環境研究所研究報告 2001; 167: 75-88.
7)上野隆平, 野原精一, 加藤秀男. 十和田湖沿岸域のユスリカ分布. 国立環境研究所研究報告 2001; 167: 99-105.
8)大高明史, 北日本の貧栄養カルデラ湖深底部における水生ミミズ相. 国立環境研究所研究報告 2001; 167: 106-114.
9)水野寿彦. 日本淡水プランクトン図鑑. 保育社, 1970.
10)水野寿彦, 高橋永治編. 日本淡水動物プランクトン検索図説. 東海大学出版会, 1991.
11)廣瀬弘幸(代表). 日本淡水藻図鑑. 内田老鶴圃新社, 1977.
12)高村典子, 中川恵. 十和田湖における細菌, ピコ植物プランクトン, 鞭毛藻及び従属性鞭毛虫の計数データ(1995〜1997年). 国立環境研究所研究報告 1999; 146: 163-184.







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