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III-4. 我が国の現況
III-4-1. イチイヅタの分布状況
 日本国内においては、現在のところ南西諸島を中心にイチイヅタの分布が確認されている。国内で見られるイチイヅタは野生種であり、変異型イチイヅタは分布していない。また、変異型イチイヅタの生育可能下限水温である冬季水温10度を上回る温帯海域(能登半島東岸以西、房総半島東岸以西)においても、変異型イチイヅタは確認されていない。この海域は、変異型イチイヅタ(キラー海藻)の移入後に、同種が定着可能な水域である。
 日本の4箇所の水族館がイチイヅタの展示履歴を持つことがわかっている。現在でも、江ノ島水族館でのみ変異型イチイヅタを展示している。しかし、同館においても平成16年3月末で展示を終了する予定である。
 また、東京・神奈川の熱帯魚販売店並びにペットショップ計約400軒のうち、約7%の25軒で現在もイチイヅタを取り扱っており、自由に取り引きされている。
 
III-4-2. イチイヅタの遺伝子解析による系統関係
 地中海の変異型イチイヅタはヨーロッパ中の水族館にある藻体と同株であるということが、1990年代に遺伝子解析の結果で解明されている。
 最新の研究では、既知の海外イチイヅタ藻体のITS領域(Internal Transcribed Spacer領域)の塩基配列に、日本国内各地のイチイヅタ藻体のITS領域(Internal Transcribed Spacer領域)の塩基配列を加え、これらに基づいて構築した分子系統解析の結果(図III-8)から、次の3項目などを報じている(参考資料参照)。
 
図III-8. ITS領域の塩基配列から構築したイチイヅタの分子系統樹(最尤法)
赤実線:国内に分布するイチイヅタ野生種を含むグループ
赤破線:世界各地の変異型イチイヅタのグループ
 
(1)地中海各地やアメリカなど各地で被害を及ぼしている変異型イチイヅタは単系統であること
(2)変異型イチイヅタの起源はオーストラリアで生育する野生株(青破線)と考えられること
(3)今回解析に用いた日本海域で生育しているイチイヅタは、変異型イチイヅタとは遺伝的に離れており、変異型イチイヅタではないこと
 
 これら分子生物学的系統解析の結果に、現在確認されている世界中での繁茂域拡大状況を考えあわせると、明確に結論付けることはできないが、以下の要因による繁茂域拡大の可能性が示唆される。
(1)オーストラリアのイチイヅタ野生種が、ヨーロッパに運搬される際(船舶での意図しない移動、水族館のネットワーク、ペットショップの藻体販売等)、もしくは、その後に何らかの変異(無性生殖型繁殖への変異)を起こしキラー化した。その株は、伸長が早く丈夫で飼育しやすいこともあり、水族館の展示用や個人レベルでのアクアリウムに広まった。
(2)世界中にキラー株が広まる過程で、地中海に藻体が流出した(人為的な投棄、水族館からの流出等)。
(3)地中海で爆発的に繁茂域を広げる中、その一部が、何らかの手段(船舶での意図しない移動、ペットショップの藻体販売等)でカリフォルニア沿岸とオーストラリアに移動した。
 
 また、変異型イチイヅタ(キラー海藻)株が単系統となり、日本国内株とカリブ海などの株が単系統となり、それぞれは全く異なる離れた系統であることが明らかとなった。
 このことは、日本沿岸のイチイヅタは野生種であり、何らかのきっかけで変異型イチイヅタ(キラー海藻)に変化してしまう確率は限りなくゼロに近いと言える(赤実線のグループの個体が遺伝子変異を起こし、赤破線のグループ化することは考えにくい)。国内に分布しているイチイヅタ野生種の存在を憂慮するのではなく、国内に変異型イチイヅタ(キラー海藻)株を持ち込ませない方策に速やかに取り組む事が望まれる。
 
III4-3. 我が国の取り組み
 2003年に水産庁が全国の研究機関に対してアンケート調査を行った。
 この結果によると、変異型イチイヅタの侵入報告はなかった。
 従来より、環境省および農林水産省は、外来生物による生態系等に係る被害を防止するための法制度化を検討してきた。平成16年3月9日、「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律案」として閣議決定され、国会に提出された。以下に、同法律案の提出理由を内閣法制局資料より引用する。
 
特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律案
 
 特定外来生物による生態系、人の生命若しくは身体又は農林水産業に係る被害を防止するため、特定の場合を除いて特定外来生物の飼養、栽培、保管又は運搬、輸入その他の取扱いを禁止するとともに、国等による特定外来生物の防除を促進するほか、未判定外来生物の輸入の制限その他所要の措置を講ずる必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。
 
 法律案の通り制度化された場合、生態系等に被害を及ぼすと思われる外来生物について、その国内への運搬・栽培・保管等を制限することが可能となる。現在、当該法案で変異型イチイヅタ(キラー海藻)については言及されていないが、今後の対応で変異型イチイヅタ(キラー海藻)の国内への移入を未然に防ぐことも可能といえる。
 
(1)国内沿岸に以前より生育しているイチイヅタは、野生種でありキラー化の可能性は皆無に等しい。国内で変異型イチイヅタ(キラー海藻)の被害が発生する場合、それは、既に海外でキラー海藻化し生態系破壊などの被害をもたらしている株が何らかの手段で移入した場合だけである。そこで、個人レベル・国レベルの様々なレベルに応じて、国内に持ち込まないための施策を速やかに整備し実行する必要がある。
(2)また、国内には変異型イチイヅタ(キラー海藻)の輸入、採取、流通、販売、廃棄に関する法規制が存在しないこともあり、変異型イチイヅタが合法的に自由に取引されている。インターネットや電話で簡単に購入することができるなど野放しである。取引を規制するなど、早急な法整備が望まれる。
(3)変異型イチイヅタは非常に繁殖力が高い。そこで、国内に移入した場合、一刻も早い発見と、一刻も早い駆除作業が必須といえる。そのため、変異型イチイヅタの国内沿岸域において継続的な監視が可能な、モニタリング体制を構築することが望まれる。
(4)国内の監視体制は、各種研究所・企業・NPO・NGOなどからなる、官民一体のネットワークとし、各自が得意分野を担当することが望まれる。変異型イチイヅタに関する情報を整備すると共に、形態変異が激しく高度な技術が必要なイワヅタ属の同定方法の汎用化を図る資料の整備も望まれる。
(5)移入時の対応策を予防原則の立場の元、整備しておく必要がある。海外で研究された駆除技術の情報を集約するとともに、国内へ導入可能な技術についても事前の検討と装備が望まれる。







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