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III-2. 変異型イチイヅタとは
III-2-1. 変異型イチイヅタ(キラー海藻)の形態
 変異型イチイヅタの藻体の大きさは、生育している深度と相関が見られる。十分に自然光にさらされている水深5〜10mの藻体の葉状部は、羽状の小枝で一部分枝しており、約5〜10cmの高さである。より深い光量の少ない場所ではその生育密度は高くなり、また葉状部の長さも40cm以上になる。匍匐茎は、直径1〜3mmで、平均の長さは50〜80cmであり、1m以上にもなる。また、十分に成長した個体は、葉状部を1藻体に30から120枚有しており、小枝部は直径1mm、長さは0.5mmである(図III-5)。
 
図III-5. 変異型イチイヅタの形態
A: 暗所に生育する個体 B: 明所に生育する個体
 
III-2-2. 変異型イチイヅタ(キラー海藻)の生理的、生態的特徴
 イチイヅタ野生種と変異型イチイヅタ(キラー海藻)の生理的・生態的特徴を表III-1.に示す。
 
表III-1. 野生種と変異型種の生理・生態的特徴比較
  野生種 変異型種(キラー海藻)
低温耐性 20度以下の生存不可能 10度まで生残可能
15度以上で成長開始
(冬季には、群落は縮小する)
水深 20mまで生育 100mまで生育確認
最適は2〜35m
光条件 --- 生育限界光量が低い
繁殖方法 無性生殖と有性生殖 無性生殖のみ確認されている
(匍匐枝や葉状部断片からの伸長)
基質 砂泥〜砂礫 泥〜砂礫〜岩礁、他の植物上など
あらゆる場所
低栄養塩耐性 <<<
乾燥耐性 --- 船倉内で10日間の生存記録有り
毒性物質 毒性は低い
(毒性強度1)
天然種の10倍以上の毒性強度
(毒性強度:冬10〜夏100)
 
 その他、変異型イチイヅタ(キラー海藻)の生理的・生態的知見を以下に列挙する。
(1)水質が良好な場所から、港内のような透明度の低い場所まで様々な光条件、浮泥条件に生育する。
(2)波あたりの強い岩礁域から、閉鎖性の強い湾奥部の静穏域まで様々な波浪環境に生育する。
(3)キラー海藻が濃密に長期間生育している場所では、魚のバイオマスが減少している。
(4)変異型イチイヅタが持つ強い毒性物質は、草食魚類、軟体動物、ウニ類などの捕食者に対する化学的自己防御機能を担っていると考えられる。このため、変異型イチイヅタは、通常海藻を食べるような生物(草食魚類、軟体動物、ウニ類など)からの捕食圧が極めて少ない。
 これは、変異型イチイヅタには天敵がいないことを意味しており、水温・光等の物理的な環境条件が合致しさえすれば容易に大規模な群落を形成可能であることを示している。
(5)一般的に、イワヅタ類は体が切断されても、傷口を瞬時に塞ぎ再生することができる。変異型イチイヅタは、この能力や乾燥耐性に優れており、網やアンカーロープなどにからんだ藻体の切れ端が遠隔地に運ばれることによって、遠隔地へも拡散したと考えられている。
(6)銅イオンに対する耐性が非常に低く、短時間の銅イオンへの接触で光合成活性が急激に低下する。この特徴は殺藻技術の開発に活かせうる。
 
III-2-3. 変異型イチイヅタ(キラー海藻)の起源
 亜熱帯・熱帯海域にしか存在していなかったイチイヅタが何故地中海で発見されたのか。また、変異型イチイヅタは、どこでどのような経緯で生まれたものなのか。その由来については諸説あり、これまで数多く論議されてきた。ここでは、3説掲載する。
 一つ目の説として、イチイヅタが、元々地中海にわずかに存在していたとする説である。近年の地球温暖化現象に伴う海水温上昇により、イチイヅタにとって、よりよい生育環境となり、急速に増殖し各地に拡がったと考えている。しかし、冬季の3ヶ月間10度に下がる水温に藻体が耐えるという点、近年の0.1〜0.5度程度の平均水温上昇が急激な繁茂域拡大状況を説明しきれない点、1年間を通じて平均海面水温が15度以下にはならずよりよい生育環境であるはずの地中海東部、南部海域でイチイヅタが確認されていない点などから、起源を説明するには不十分な説といえる。
 二つ目の説として、この変異型イチイヅタがレセップス種であるという説である。同様に、紅海から地中海に移入されてきたイワヅタ類としてはCaulerpa mexicanaを挙げることができる。しかし、スエズ運河が開通して1世紀以上が経過したにもかかわらず、やっとシシリー島(イタリア)に達したほどであり拡散速度は非常に遅い。また、レセップス種のほとんどの生物は、紅海と同じ様な生活環境にあるレセップス地方と呼ばれる地中海東部でのみ生育しているが、レセップス地方ではイチイヅタは確認されていない。また、紅海とは反対側にあたる地中海西端のジブラルタル海峡からの移入可能性については、北大西洋東部海域にイチイヅタ野生種、変異型イチイヅタともに存在していないため考えにくい。以上のことから、地中海の東西入り口が侵入経路であるとの説も起源を説明するのは不十分である。
 三つ目の説は、最も可能性が高いとされてきた説で、水族館の水槽から排出され定着したのではないかという説である。ヨーロッパにおけるイチイヅタの起源は不明であるが、1950年代にはドイツ シュツゥツガルトの水族館において、熱帯水槽中の展示海藻として始まったとされる。その後、1980年代前半に水族館間の交換品として、フランスのナンシーやパリの水族館、モナコの海洋博物館などへ運ばれた。また当時、イチイヅタは、フランスやスペインの熱帯魚販売店の店頭やカタログ内で普通に販売されていた。水族館間を運搬され、熱帯魚販売店で販売されていたイチイヅタは、その飼育の容易さなどから判断してキラー海藻そのものであった可能性が高い。そして1984年、ヨーロッパでは初めて水槽内以外の場所として、地中海北西部のモナコ海洋博物館の水深12mにある排水口前の海底で、1m2の群落として発見されたのである。
 このように、発生起源に関しては、諸説存在する。近年、分子生物学的手法を用いてITS領域の塩基配列をもとに、各所のイチイヅタ野生種、変異型イチイヅタを含めたイチイヅタの類縁関係が明らかとなってきた。遺伝子解析の結果については、III-4-2.に後述する。







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