日本財団 図書館


テンマ船造船過程の写真による記録
財団法人 東海水産科学協会
海の博物館 石原義剛
 
◇概要
 平成15年度に日本財団より助成を受けて実施した「子ども船漕ぎ体験教室」事業における『木造テンマ船』の造船過程を詳細に写真(静止写真)で記録したもののうち、基本的な過程をここに報告する。なお、より詳細な報告は追って、海の博物館の研究紀要「海と人間」などで行うこととする。
◇テンマ船を選んだ理由
 テンマ船はよく伝馬船と書かれているが、小型の和船の中でも最も小型で、古くは江戸期の回船に積まれている様子が絵馬にも描かれている。それは着岸できない大型船と岸との連絡や人、荷物の運搬に便利で多用された船であった。
 構造的には、船の内側に「梁」が無く、タナと呼ばれる外壁とシキ+ナカダナで構成された底で成り立っている。船の内側で人が動き易く、物を多く積めるようフダチという板を敷き詰めて船底を平板にしている。
 普通、漁船などでは船幅1に対して船長6〜5に造るが、このテンマ船では船幅1に対して船長3.3程度で、楕円形のような船である。したがって、船足は遅いが、揺れは少なく安全性は高い。また、積載量も多く取れる。
 以上の理由から、子どもたちを中心とした体験学習には最適だと判断して選択し決定した。
◇船大工について
 テンマ船は2隻造船したが、船はそれぞれ別の船大工が担当した。
A:協生丸  長470cm 幅145cm
城山明善 鳥羽市石鏡町 昭和23年生まれ(54歳)
B:麻生の浦丸 長487cm 幅144cm
森本円雄 鳥羽市浦村町 大正12年生まれ(80歳)
 ともに、鳥羽市現在地生まれで、15歳から父親について船大工をして来た。城山は一時、答志島にいて5トンクラスのやや大型の木造漁船を手掛けたことがあった。森本も答志島桃取で修業した時があったが、ほとんど小型の漁船「チョロ」「ベカ」を造船してきた。ともにテンマは比較的造船機会が少なかった。
 ともに平成7年、鳥羽市商工会議所が発注して現在「鳥羽港祭り」の「九鬼水軍サッパ船競漕」に際して使っている「サッパ船」を、木造で造船していらい8年振りの造船であった。
 海の博物館の近くにまだ2人も木造和船の造船ができる船大工がいたことは奇跡といえるほどで、この事業を可能にしてくれた最高の条件だった。
◇本写真報告についての留意事項
 この写真報告では、造船過程を丹念に追っているが、日時(時間経過)は記録していない。
 また、2名の船大工の作業から随時撮影しており、1名の通した記録ではない。
 城山は、平成15年6月から8月10日の進水まで、ほぼ2ケ月を要し、森本は、平成15年10月から16年2月までの5ケ月を要した。しかし、造船盛時の造船期間約15〜21日から考えると、長期間に過ぎる。したがって、造船時間の記録はあまり意味がないと判断した。
 造船過程の記録に当たっては、細部の独特な木造船大工技術をなるべく見逃さぬよう努力した。
 
(1)船材の乾燥
 船材は両船大工が揃って度会郡二見町松下(鳥羽市の隣町)にあり、盛時に「朝熊(あさま)材」を供給していた「松下木材」に出向き、すでに伐られていた杉材(丸太)から選んで、製材も依頼し搬送されたものである。
 城山は最初平置きで、後ち立置きで乾燥させた。
(2)シキを造る
1・乾燥がおわった2寸の杉板に、底板(シキ)を採るための“墨(すみ)を入れる”。船の舳先の方には木の根方向を向けて使う。
2・シキの舳先部分にミヨシ(水押し)とサンガイを取り付ける部分を残して、電気ノコで切り取る。
3・船台を造り、シキ板を乗せて、天井からのツヅ(支っかえ棒)で2ケ所を固定する。
4・次の工程であるナカダナ(あるいはカジキという)を接合させるための“かき入れ”をミゾガンナを使って掘る。
(3)ミヨシを付ける
5・ミヨシの型をベニヤ板に線を引いて作る。
6・ミヨシの材となるヒノキに型を当てながら、ミヨシを切り出す。あらかじめミヨシの曲線が採れるような材を選んである。
7・ミヨシ材をシキの先端部に取り付ける。
この接合法は、独特の切り込みを作ったミヨシとシキの材を噛み合わせ、木栓(もくせん・樫材の込み栓)を打ち込んで固定する。事前にボンドも塗る。昔はなかったが。
8・ミヨシがついた後、取り付け部分を、サンガイとナカダナを付け易くするため整形する。
(4)トダテを付ける
9・スギ材からトダテの形を切り出す。
10・シキの艫の部分にトダテを接合するかき入れつくる。
11・シキとトダテは船クギを打って止める。
12・仮スバンを付ける。次の工程であるナカダナを接合するため、ナカダナの角度に応じた仮のスハンを取り付ける。仮スバンは場合によっては“シキ据え祝い”の後のこともある。
◎ここまでの造船工程が終わったところで“シキ据え祝い”をする。船大工が五穀とナマスを供えて、お神酒を掛ける。船主=発注者とともにお神酒で祝う。
 
(5)サンガイを付ける
◇サンガイはテンマ船に独特な部分である。船長の割に幅が広いため、タナ板(両脇に付ける板・後述)が舳先近くで急カーブに曲がるので、シキ、ナカダナ、タナの間にどうしても隙間ができてしまう。それを補う三角形の板である。
13・サンガイの型をとり、スギ板から切り出す。
14・サンガイを取り付ける。シキへは船クギで止める。
(6)ナカダナ(カジキ)を付ける
15・スギ板から選んで、シキに合わせてみる。
16・ナカダナの板を決めたら、“墨をいれ”て型を描く。
17・ナカダナを切り出す。
18・ナカダナを“接ぐ”(「はぐ」といい、剥ぐとも書く)。
☆ナカダナは幅が広くなるため、一枚のスギ板では幅が足りなくなる。その足りない部分を繋ぎ合わせることを接ぐという。板と板を平行に繋ぐ技術で、船大工独特の技術である。
イ:“接ぐ”のに必要な板を、主部分となる板に合わせて切り出す。
ロ:船クギ穴を空ける。一方には、船クギを打ち込む側の穴を、片一方には船クギを受ける方の穴をあける。
ハ:接合面にカンナをかけて、密着するように合わせる。
ニ:一度、船クギを打たずに密着させる。
ホ:ノコギリを使って“すり合わせ”をする。
☆この“すり合わせ”もまた、船大工独特の技術である。密着した接合面を最初、目の大きいノコギリ(チュウメ=中目)で、次に小さい目のノコギリ(コブクラ)で、接合面に沿って引き切る。これにより接合面はより密着する。
ヘ:“木殺し(きごろし)”をする。
☆“すり合わせ”した面を金づちで叩いて潰すことをいう。これも船大工独特の技術。接合面を叩いてより密着させる。
ト:船クギを打つ。船クギを打ったあと、クギ頭を埋めるため、埋木をする。埋木を作るのも船大工の仕事。100本以上要る。この時打ツ船クギは「縫クギ(ヌイクギ)」という。
19:接いだナカダナ(全体の形になったナカダナ)をシキに接合する。
・シキに掘られている“かき入れ”の角度、それは仮スバンの角度でもあるが、その角度にナカダナのシキ側の角度を削ってつける。微妙な角度を合わせるのに大変な技術を要する。
・さらに困難な仕事は、シキが舳先部でわずかに上へ向いて反っているので、ナカダナ板を曲げなければならない。ナカダナ板の下部に支っかえ棒をなんぼんも入れながら、徐々に曲げていく。
☆板の曲げもまた船大工の独特の技術である。
・部分部分によって角度が異なるので、あらかじめ破片板切れの6寸ごとに、角度を墨で書いて置き、これに合わせて削。この場合も、仮接合して“すり合わせ”をする。
・“すり合わせ”が済むと、船クギを打つ。
(7)タナを付ける
20:船体の枠になるタナを取り付ける作業をする。タナ板にするスギ板をナカダナに沿って、仮に当ててみる。
 この時、タナはナカダナに沿って大きく曲がるが、上部が少し開くため、「シナイ」という細く長い木を仮に当てて、曲がりの線を決める。
21:タナ板も板幅の関係で艫(後方)部に不足がでるので、そこに板を接ぐ(繋ぎ合わせる)。方法はナカダナと同じ。
22:タナ板の切り出し。“接ぎ”終わったタナ板に「シナイ」を当てて、曲線を描いて墨を引き、電気ノコで切り取る。
23:タナ板は外部から見たときもっとも良く見える部分なので、美しく仕上げる。最初に電気カンナを掛け、さらに丁寧に手でカンナを掛ける。
24:タナ板に船クギ穴を掘る。
25:ナカダナにぴったり接合するように合わせる。
 この時も、支っかえ棒をなんぼんも当てて、徐々に曲げていく。
 とくに、ミヨシとサンガイとに合わせる舳先部分へ接着させるための曲げが難しい。
☆場合によっては、火や水蒸気を当てて、板を柔らかくして曲げる。今回は火や水蒸気(熱)は使わなかった。
26:“すり合わせ”をして、船クギを打つ。この時打つ船クギは「頭クギ(カシラクギ)」という。
27:接合が終わると接合部分に「マキハダ」といわれる植物の皮の繊維を込める。これを“マキハダ打ち”という。
(8)スバンを付ける
 スバンにはシキスバンとタナスバンがあり、シキスバンから先に付けて行く。
28:シキスバンを取り付けて、シキに仮設した仮スバンを外す。仮スバンを止めてあったボルトの穴に埋木する。
29:タナスバンを取り付ける。タナスバンはほぼ90度の角度があるので、材はクスノキを使い、先ずだいたいの型を電気ノコで切り出した後、カンナで仕上げる。
30:タナスバンとタナとの間の隙間を無くすため、「アイクチ」を使って微妙な線を合わせる。
31:タナスバンとタナ板とは、ボルトで止める。ボルトを打ち込む角度が難しい。下手をするとタナスバンを割ってしまう。
◎普通、木造漁船ではスバンは一本の木で作るが、テンマ船では、シキスバンとタナスバンに分けてつける。これはシキ×ナカダナの幅が広く、かつタナとナカダナの角度が急であるため、一本の木では割れてしまうから。
(9)細部の仕上げ作業
◇舳先部分の仕上げ
32:タナスバンの内側に「タナスバン押さえ」の板を接合する。
33:タナ板とタナスバン押さえ板の上に、「アマオサエ(またはレール)」を乗せる。普通、漁船ではこれを「コベリ」というが、テンマ船では幅が広い。
34:舳先側には、「ダンイタ(段板)」を付け、「ニイ」と呼ばれるロープの取り付け場処を作る。
◇艫部分の仕上げ
35:艫には「トコ」を取り付け、その前に艫の「ダンイタ」さらに「ミズガエシ」を付ける。
36:艫のもっとも後部には「チリ」を付ける。
37:テンマ船の内側には、「フダチ」といわれる敷板を全体に並べる。
38:タナの外側の前方と後方に「カザリイタ」を張り付ける。文字どおり、飾りのため。
39:タナの外側の水面近くに沿って、幅5cm厚さ1cmほどの板を前後に張る。これを「アオリズレ」という。
40:船クギの穴にパテを詰める。
41:船底部に防腐用のペンキを塗り、一部タナ部に化粧のペンキを塗る。
(10)櫓(ろ)関係の仕上げ
42:このテンマ船に相うように櫓(ろ)の長さを整える。
43:トコに「ロベソ」(櫓の艫の支点となる突起)を取り付ける。
44:櫓グイの支えとなる紐「ハヤオ」を取り付ける。
45:「フミイタ」という櫓を漕ぐ人が片足を乗せる台を作る。
◎すべての造船工程、艤装(ぎそう・船の装備を整える)が終わり、テンマ船の造船が完了した。
 そこで、テンマ船の場合は普通入れないが、「船霊様(フナダマサン)」を入れ、お神酒事をした。
☆フナダマサンの内容は、船大工の作った男女一対の紙人形、サイコロ2個、麻の緒、五穀、12個の穴空き銭、髪の毛である。







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