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6.2 講演 CREAM(Cognitive Reliability and Error Analysis Method)手法を活用した海難調査
講演者 伊藤博子氏 海上技術安全研究所 海上安全研究領域総合安全評価研究グループ研究員
 講演目次 1. はじめに
2. CREAMによる分析の手順
3. エラーモードとエラーの分類群
3.1エラーモード
3.2 個人に関連するエラーの分類群
3.3 テクノロジーに関連するエラーの分類群
3.4 組織に関連するエラーの分類群
4. 結果と先行条件
5. 分析
5.1 手順1. 実際に発生した事柄を詳細に記述する
5.2 手順2. CPCの作成
5.3 手順3. 大きなできごとの時間関係を記述する
5.4 手順4. 興味ある行動を全て選出
5.5 手順5. 各行動に関してエラーモードを特定
5.6 手順6. 各エラーモードについて、関連する結果−原因リンクを見つける
5.7 手順7. 全体の記述と結論
6. まとめ
 
(1)主な講演内容
・CREAMとは、認知システム工学のホルナゲル教授(スウェーデン)による人間の誤りの分析手法(Cognitive Reliability and Error Analysis Method)で、「認知信頼性とエラー分析の方法」と訳されている。
 認知システム工学の系統の1つに位置づけられる分析手法である。
 人が何か過ちを犯してしまった場合に、その周りとのかかわりがどのようなものであったかということを考えていくことが、この手法のメインになっている。
・CREAMでは、「人」「テクノロジー」「組織」を、「MTO」と呼び、「エラーモード」の生起要因として考える。
・人については、一般的な機能やそれを実行するといった機能がある。テクノロジーに関しては、装備、手順、インターフェースで、手順というのは手順書に書いてあるような手順である。組織に関しては、コミュニケーション、訓練といったものを考えていくということでとらえていく。
・CREAMによる分析の手順として、いちばんはじめに、実際に発生した事柄を詳細に記述していく。できるだけ詳細に記述するべきであるが、推論を挟まずに、起きたことを書いていく。
 それから次に、Common performance conditionsといって、作業を行うべき状況がどのような状況であったかということを整理する。
 次に、大きな出来事を時間順に並べていって何が起きたかを整理する。図表形式でイベントを整理して、手早く参照しながらディスカッションのための資料としていく。
 その中で、問題と考えられる行動をすべて選び出す。
 そして次に、各行動に対してその行動のエラーモードが何だったかということを考える。それらのエラーモードについて、エラーが起きてしまう原因を探すために原因―結果リンクを探していく。結果は分かっているから、結果から起きてしまった原因は何かを考えていく。最終的にはそれらを全部まとめて、その事故のヒューマンファクターのモデルとして結論を出していく。
・7つの手順の中から、手順2で作成するCommon performance conditionsについては、表を使って評価していく。
 項目としては9つ挙げられる。一般的に作業環境をよく理解するために、これらの項目をまずチェックする。
 同じようにして、労働環境やマンマシンインターフェース、それから手順書がきちんとできているかという操作手順についてチェックする。
 それから1人が行わなければいけない作業を同時並行的に行っていることが非常によくあるが、あまりにたくさんやっていないかどうか、タスクを実行しなければいけないのに、使える時間はどの程度あるかをチェックする。
 船舶では長時間運航の中で夜間の見張りがどうしても出てくるが、1日の中の時間帯、訓練と経験の適切さ、メンバー間の協調作業、コミュニケーションの質はどのようになっているかといったことを考える。
 これによってCommon performance conditionsの洗い出しができたところで、大きな出来事の時間関係を記述する。
 それは、図表形式でイベントを書き、その中から興味のある行動を選出する。
 次に、各行動についてエラーモードを特定する段階になる。手順5について、一般的な「エラーモードとエラーの分類群」を用意して分類するが、そのエラーが何だったかの分析を類型的にやっていくことはなかなか難しい。
・エラーとして考えるべきものがエラーモードして定義されている。
 例えば誤った行為は何だったかといったときに、それはタイミングが悪かった、あるいは距離が悪かった、速度が悪かった、あるいは方向、力、対象物、順序といったもののどれが悪かったかという表し方をしてやればいい、ということをいっている。
 そしてエラーモードだけではなくて、MTOの1つ1つに関してもエラーの分類群が用意されている。
 「個人に関するエラーの分類群」、「テクノロジーに関連するエラーの分類群」、「組織に関連するエラーの分類群」が定義されている。
・その次に、「結果と先行条件」の関係を手順6で出していく。
 起きてしまった結果に対して原因をどのように考えていくかということで、それを順番にたどっていきながら繰り返し同じことを行って結果が起きて、その結果は何であったかということで原因が分かってくる。
 原因が分かってきたら、原因を結果と見たときにその原因は何かということを出し、その結果と原因の関係をたどる。
 そのときに、解釈とかプランニングといったグループごとに、起きてしまった結果に対してあり得る先行条件、原因を用意しておく。
 より具体化していくためにこの分析を進めながら実際にはどういうことだったのかを注意し、これに従いながら見落としがないように分析を進める。
・MTOのM、人間では、観察、解釈、プランニングがあり、人間が観察を失敗した場合、例えば周囲の他船の状況をきちんと観察していなかったのではないかということがあったときに、なぜ観察に失敗してしまったかというと、例えばレーダーが故障していたから観察に失敗したといったことが考えられ、そういった先行条件がまとめてある。解釈について同じように行う。間違って考えてしまったのはどうしてか、固定観念があったからだといったことが出てくる。同じようにしてプランニングについて行う。プランが不適正だったのはどうしてかが出てくる。
・このようにまとめてあることによって、例えばある場所に到達したらこのスイッチを入れてくださいと言われていたけれども忘れてしまった場合に、それをどのように考えていくか。実際に行う場合には、例えばある場所に到達したけれどもスイッチを押し忘れたなど、エラーモードとしてタイミング・期間で何かをし忘れたということがある。それはどうしてかと見ていったときに、例えば油断があったでは、油断があったのはなぜかと考えたときには、その油断の先行条件を見ていく。あるいはプランが不適切、見ていなければいけないはずだったかもしれないけれども、その人の頭の中では、ここに来たらスイッチを押してくださいというところまで来るまでには時間があるだろうと思って他のことをしていた。プランが不適切だったことが分かってきた場合には、今度はプランを見ていく。プランが不適切だったのはなぜか、そこには例えば過剰な要求があって、到達するまでには時間があると思って別のことをしてしまった、あるいは論理的な思考として到達するまでには十分な時間があるわけではなかったのに、あると思ってしまった。そういったことが、順番立てて接続されていくことになる。
・ホルナゲル教授が東京で講演された「M/S Stockholm号の座礁事件」の解説と「貨物船T丸貨物船J号衝突事件」について、CREAMを用いた海難調査の分析手法の具体例として示す。
(2)講演に対する質疑応答、意見
◎これからの海難原因の追及と安全思考に非常に参考になると思われる。事故はだいたい原因が複合原因ということからして、安全思考からいくと、オペレーション・シーケンス・ダイヤグラムは今後の解析に参考になる。
○分析作業の途中では、現役のキャプテンを交えてディスカッションをした旨を紹介した。海難審判の特殊性として、推測をなくしていうのは非常に難しい問題である。乗組員が全員死んでも海難審判は開かれるわけで、推測なしには審判は行えない。現実に、船の中での時刻、経過時間であるとか、そのときに何度何マイルに見ていたというのは、非常に曖昧な記憶に基づいているところが多く、最終的にそれをまとめて海難審判の結果の裁決録から持ってくるのは、すでにそうであっただろうという推定のところで絵が描かれているものだと認識している。
◎今後の話としては、VDRが船舶に採用されて、今の飛行機のようなデータのレコーダが入ると、このような解析手法は非常に有効になるのではないかと思う。
○手順1に推測を排除しようと書いたが、これはすべての分析過程において推測を排除しようといっているわけではなく、いちばんはじめの状態として、事実として起こったことを推測なく書き上げようということである。
 その次の段階で、疑問点をできるだけ抽出するのにブレーンストーミングをしていこうということが入っている。ブレーンストーミングをするのに現実にとらわれるのは相反することなので、まず実際に分かっていることはこれであると押さえておいて、次に疑問点を次の段階として出していくということで、それらは別々になってくる。VDRがあれば、もともと最初に分かっていた事実がよりふくらんできて疑問点の解消にも役立ってくるだろうと考える。
◎解析事例のT丸とJ号について、手順1の分析は、今回は裁決書だけが情報源とのことである。その裁決書の背後にあるいろいろ資料にはアクセスできたか。
○自主分離航行区域やフェリーの運航スケジュールはインターネットでアクセスできるので、情報としては得ていった。
◎裁決書に記載されている事実だけを手がかりに分析をしようとすると、限界があるのではないか。
○大変限界を感じた。もう結論として出ているものであり、この解析によって結論を出すわけではなかったという印象は非常に感じられた。
 実際に調査する立場にある人が、参考にするという形ですべてチェックしながらやるのがいちばんいいと思う。
◎紹介のあったスウェーデンの事例で分析してもよかったのではないか。また、せっかく海難審判協会でやっている調査研究委員会であり、海難審判庁にも研究手法の開発研究として協力してもらい、さらに分析したらどうか。その結果、裁決書の結論と科学的な分析をしたときの結論は一致するのかしないのかに興味がある。
○現在、海難審判庁においては、裁決録の改善という作業が行われているが、裁決の内容そのものがすべての事件について言い尽くされているかどうかという点に問題がある。隠れている部分があるわけで、表の部分だけを解析しても、真実に迫れるかどうかという問題が残っている。
 つまり主文の中にすべてが言い尽くされていない。懲戒の部分については全部言い尽くされている。その背景要因について、どこまで付言するのか適当かという議論が生まれている。
◎せっかくそこまでやるのだったら、主文は主文としても背景要因を併記するのが真実に迫る方法ではないか。そうしないと、せっかく解析したものが首から上だけみたいな格好になると思われる
◎海難審判庁の目的の中に、「原因を追及して、もって再発を防止する」ということがある。その再発を防止するということと原因を追及するということがどうも食い違うので、今、大変困ってしまっているようである。もしこの解析の結果を素直に再発防止に結びつけようとすると、受審人をどれくらい増やしていかなければいけないと考えるか。
 もって再発を防止するというところに焦点をあてると、この事件はどのぐらいの幅を持った受審人や関係人を置けば解決できると考えるか。
○まず安全ということで考えれば、参加しないというのは、まずいちばんはじめにおかしい。事例で20数人乗り組んでいるJ号については、主としてかかわっている人たちだけをとっても、船長、一等航海士、甲板手が出てくる。
 それから両船とも浦賀水道航路に入るときに、船長協会の自主分離航行区域に入らずに近道を通っており、時間のタイムプレッシャーを受けていたのかどうかということが非常に疑問に思われる、会社として何時までに到着という話があったのではないか。もっと広い目で見ると、例えば会社の人や航海士やシステムの設計者も関係者としては十分含まれてくると考えられる。
◎外国の船は海難関係人として対象にならないのか。
○制度上は対象になる。ただ、実質上はやっていなかった理由は、やっても意味がないからである。なぜかというと、免状を出しているのは日本国政府でなくて外国政府であり、外国政府がどう思うかという国際的な問題にもなる。それがグローバルスタンダードである程度、一定の基準の世界的な免状を出されているという約束事があればこれはまた別である。海の世界ではある一定の基準としてSTCW条約があるが、実質上は各国によって免状を出す基準がいろいろある。したがって、外国の免状をもつ船員に対しては、従来は効果があまり認められないので、行政的な効率という観点から、勧告という形は今まではとっていないのが実情である。
 ただ、海難を防止するという観点からは、効果が実質的にあるかどうかは分からないが、今後、外国人に対してもある一定の警告も含めて対象にしていこうという一般的な理念のコンセンサスは、海難審判庁では得られている。ただし、実質の個別の事案に関してはないのが実情である。
◎最近、国際的な海難事故が非常に多発している。これに対して実効的な安全対策を考えるのであれば、そこに踏み込まないと効果が上がらないのではないか。
 日本の免許だけに対して行動するということは、いわば目的の方向からいえば片足で立っているようなことをやっているのであって、これは是非、海難審判庁としてはそういう方向に対してどうするかという検討をすべきと思う。
 事実、そういう方向で対応した事件も最近は多いと聞いている。外国の免許取得者に対しても応分の対応をしていくと聞いている。
 日本の免許で船を動かしている数は、現実ますます減る一方であり、外国船を含めて海難対策を考えないことには実効が上がらないと考える。
○実例がないのは去年ぐらいまでであって、今年から指定海難関係人として指定して取り上げていこうということは個別で出てきている。結論はまだ出ていないが、そのような方向では考えているのが1点ある。
 もう1点は、国際的な問題に関して2国間でいろいろ情報交換をして、お互いに海難を防止するために一緒にやっていこうという動きも、ここ数年、やっている。
 外国籍船を看過していては事実上、海難防止にしり抜けではないかというのは、指摘の通りであり、そのあたりの問題意識は海難審判庁もよく分かっているので、さらに努力したい。
◎浦賀水道の朝と夕方のこの時間帯は、特に特別な環境である。裁決録からの事実関係だけからでは読めない環境条件がいろいろあると思う。
 自主分離通航路については、船長協会では前から「これを取り入れてくれませんか」「取り入れると整流されていいですよ」ということをずっと言っている。
 漁業との関係などいろいろな社会問題がいっぱいこの圏には含まれているので、そういったところへこの手法を使って迫っていくと、もっと面白い結果になってくると考える。
◎航空の世界にはIFRという概念がある。IFRはInstrumental Flight Rule計器飛行という意味で、人間の目は霧の中では見えないわけで、そういう環境下においては計器飛行方式で運航することとし、計器飛行方式で運航するためには個人の力では限界があるので、運航環境を整えることによって安全に運航できるシステムをつくる。航空ではそのシステムができあがっている。
 こういう場面では、誰が判断を間違っていたとか、誰がおかしいと言っている場合ではなく、自分をそこに置き換えて考えたら、簡単にこれは答えが出る。
 せっかくMとかTとかOとかいう視点で分析をしているのであるから、その分析結果にそういうものが出てきて、そしてみんなが納得して、これは当事者だけに依存していたのではいつになっても進歩しない、何とかして海域の環境を整える必要がある、という方向にいくようにするべきである。それが本当の意味での科学的な分析ではないかと考える。
○実務者に話を聞くと、例えばレーダー情報をもとに航行していくといっても、レーダーに入ってこない船舶が非常にたくさんあるらしい。そのような問題が技術的に解決されていないところもあるし、あとはやはりお金がかかるという費用の面もあって難しいようである。やはり方向性としては、それがいちばん解決のためにはいいと考える。







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