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5.2 公的な海難調査機関
 我が国における公的な海難調査は、海難審判庁の実施するものと海上保安庁の実施するものとに大別される。
 海難審判庁の海難調査とは、海難事件について審判の請求及び審判遂行として、海難関係人への質問をはじめ、海難事実を調査して必要な証拠を発見、集取する調査活動が行われ、結論として裁決により海難原因が究明される。
 他方、海上保安庁の海難調査は、関係者の協力の下に任意実施され「海上の安全」の確保を図るための施策に資するものとされる。
 
(1)海難審判庁の沿革
明治9年 西洋形船船長運転手及び機関手試験免状規則
明治30年 海員懲戒法
昭和23年 海難審判法(海員懲戒主義→海難原因調査主義)
 
(2)海難審判庁の任務(海難審判法8条の2)
・海難審判庁は、海難の原因を明らかにし、もってその発生の防止に寄与することを任務としている。
 
(3)海難調査の対象海難
・すべての海域、河川及び湖沼等の日本籍船舶の海難
・日本の領海内で発生したすべての海難
・日本の領海外で発生した日本籍船と外国籍船との衝突
 
(4)海難調査の体制、規模
・地方海難審判庁(第一審:8ヶ所)
・高等海難審判庁(第二審)
・海難審判理事所(地方海難審判理事所(8ヶ所)を含む。)
※定員は239人(審判官54、理事官50、事務官135 平成15年末現在)
 
(5)海難調査の方法
[理事官の海難認知]→[証拠の集取](関係者に対する質問、船体等の検査、帳簿・物件等の集取等)→[審判開始の申立](原因究明を必要と認めた場合)→[地方海難審判庁の審判](証拠調、意見陳述)→[裁決]→[執行](免許取消、業務停止等) ※第二審関係省略
 
(6)原因究明の内容
海難審判における海難原因の探究(海難審判法第3条)
・人の故意又は過失によって発生したものであるかどうか。
・船舶の乗組員の員数、資格、技能、労働条件又は服務に係る事由によって発生したものであるかどうか。
・船体若しくは機関の構造、材質若しくは工作又は船舶のぎ装若しくは性能に係る事由によって発生したものであるかどうか。
・水路図誌、航路標識、船舶通信、気象通報又は救難施設等の航海補助施設に係る事由によって発生したものであるかどうか。
・港湾又は水路の状況に係る事由によって発生したものであるかどうか。
 
(7)海難調査結果の公表
裁決の記載内容(海難審判法第4条)
・裁決により結論
・海技士若しくは小型船舶操縦士又は水先人の懲戒
・上記以外の者の勧告
 
(8)海難調査結果の活用及びその効果
(事故の当事者に対する効果)
・受審人(審判当事者)を懲戒することにより教訓と反省の機会を与え、将来の海難の発生防止に寄与
・指定海難関係人(審判当事者)に再発防止上必要と認める事項を摘示して改善措置を要求
(関係行政機関)
・海技従事者国家試験、水先人試験の法規問題作成の事例として利用
(教育機関、研究機関)
・研究用データとして利用
(民事事件)
・裁決書を証拠書類として利用
(刑事関連事件)
・審判先行の原則により検察官の起訴に対する判断に利用
(損害保険等機関)
・特に衝突事件の責任割合に利用
(その他海事関係団体、船社及び海事関係者等)
・海難審判庁裁決録を海難防止策の資料として利用
 
(9)海難原因等の分析
 海難に関する情報の利用促進のため、蓄積された裁決から海難の態様、原因、発生要因等を多角的、かつ深度化した分析・研究を行い、その成果を広く海事関係機関に対して提供している。
 
(1)海上保安庁の沿革
 海上保安庁は、戦後の混乱期の中、海上における人命及び財産の保護並びに治安の維持を目的として、昭和23年5月に運輸省の外局として創設された。
 
(2)海上保安庁の任務(海上保安庁法第2条)
 海上保安庁は、法令の海上における励行、海難救助、海洋の汚染の防止、海上における犯罪の予防及び鎮圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に関する規制、水路、航路標識に関する事務その他海上の安全の確保に関する事務並びにこれらに附帯する事項に関する事務を行うことにより、海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする。
 
(3)海上保安庁の海難調査の目的
 海上保安庁は、任務を達成するため、掌る事務の一つとして、海難の調査に関する事務を規定している。
(海上保安庁法第5条4号)
海難の調査(海難審判庁の行うものを除く。)に関すること。
 
「海上の安全」の確保を図るため、海難調査を実施して、施策に資する。
 
 海上保安庁は、海上の安全及び治安の確保を図るため「航行安全業務」や「航行援助業務」のほか「警備業務」、「救難業務」等を所掌している。
 このため、海難が発生した場合、救難業務に引き続く海難の調査と、事案によっては犯罪捜査とが並行して行われることとなる。
 海難調査は「海上の安全」の確保を図るため、調査対象、調査項目を独自に定め、関係者の協力の下に任意実施され、施策に資するため実施されているものである。
 他方、犯罪捜査における事実についての調査は、犯罪事実を明らかにするため、司法権の行使により「調書」という形で取りまとめられ、送致書類として位置付けられるものであることから、前述「海難調査」とは全く性質が異なるものであり、双方は単純に比較できるものではない。
 また、海上保安庁法第5条4号の規定中、「(海難審判庁の行うものを除く。)」とあるが、海難審判庁が行う海難調査は、海難審判法に基づき「海難原因の探究」のために実施されるものであるに対し、海上保安庁が行う海難調査は、「海上の安全」の確保を図るための施策に資するためのものであることから、海難審判を踏まえた海難原因の究明に関する海難調査は所掌以外である旨、規定されているものである。
 
(4)海難調査結果の分析体制
 海上保安庁は、航行規制・航行指導や航行援助施設整備とを一体的に実施する新たな組織として平成15年「交通部」を設置し、「海上の安全確保」の観点から海難事故の分析が行われることになった。
 
海難審判庁及び海上保安庁における海難調査
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 我が国における海難調査のうち、行政裁決を行う海難審判は、第二次世界大戦後の昭和23年に制定した海難審判法に基づき行われており、現在まで50有余年経過している。
 その間、海難の再発防止につながる海難調査のあり方について、海事関係者からご指導・協力を得て、種々の改善を行ってきたところである。
 しかしながら、次のようないくつかの意見や問題点が残存していることが判明した。
(1)海難審判は、原因究明のほか行政処分も行っていることから、懲戒にかかわる直接原因の摘示が主となり、直接原因の摘示をもって一件落着というような責任追及型の傾向にある。
(2)世界的にもIMO(国際海事機関)が中心となり、ヒューマンファクター概念に基づく海難調査が活用されてきている。
(3)海難調査の結果は、「海難審判先行の原則」により、審判手続を刑事手続きに先行させることが従来から国会の答弁等において明らかにされている。
 海難調査は、専門的・技術的知識を必要とするとともに、刑事における過失の認定についても、海上の慣行等を考慮して慎重に行われなければならないため、専門機関である海難審判庁の判断を待って、刑事事件を処理することが望ましいと考えられているからである。
 そのほか、海難調査の結果は、民事事件や損害保険の責任割合などで参考とされている。
(4)海難審判法に基づき、海難の再発防止のため、原因究明と行政処分という目的をどのように効果的に運用することが妥当であるか等を模索しているのが現状である。そのため、有効な手段として海難調査の結果、「要望事項」を裁決に掲げて、その改善を促すことを試みた場合もあったが、法律上の制約もあり、海運界等から「別途」海難の再発防止策に資する調査結果を求められている。
(5)国際的な視点から見ると、海難調査は、個人等の過失を問う「責任追及型」と自己不罪による「再発防止型」とに分けられており、同一機関が両タイプとも十分にやっているところはなく、どちらが良いか必ずしも優劣がつくまでは至っていない。
 特に、海難調査を再発防止型の方式で行っている国の機関は、小規模で、取扱件数も限られており、少ない標本で果たして一般的に有効な再発防止に役立っているかどうかについて、未だ結論は出ていない。
(6)我が国の海難調査は、責任追及型に偏重しているとの見方はあるが、別の見方をすると、海難関係者は海難調査及び海難審判の各段階において、十分に自己の利益を主張することができ、また、我が国の国民性から、その証言にはかなりの信憑性があるとされている。
(7)USCGは、懲戒権を持っているが、懲戒権の有無が、事実関係や原因の究明に全く関係がないことは、同一事件に対するUSCGとNTSBの調査報告書がその内容において同一であることからも明らかである。(訪米報告書11ページ〜12ページ)
 英国のMAIBは、航空事故調査局、鉄道事故調査局と同様に運輸省の外局となって活動しているが、これは運輸行政に関する情報の入手が容易である点を政府が高く評価したことから、この体制が採られたものと思われる。
 従って、これらを斟酌すると、我が国の現行の制度の中で、ヒューマンファクター概念に基づく海難調査を行うことは十分に可能であり、現在の調査内容から利用できる部分も多々ある。
(8)我が国の海難調査は、年間に発生した約6,500件の海難から約800件の裁決を行い、原因究明と行政処分を行っている。
 他方、この年間約800件を除く約5,700件の海難についてのデータを保有しているが、海難防止施策に十分に反映されていないのが現状である。
(9)海難発生から裁決言渡までの期間は、平成13年度においては平均16.3月を要しており、海事関係者からは、海難調査期間の長期化への批判がある。
 また、海難調査において、関係行政機関等から協力を受けての資料収集が十分でないのが現状である。
 
(海難審判庁裁決等の情報提供の現状)
 裁決書は、海難審判庁が海難事故の調査結果を取りまとめたものであり、海難事故の再発防止に最も詳細なデータを包含したものとなっている。
 (財)海難審判協会では、海事関係者等に対して海難審判庁で言い渡された年間約800件の裁決を日本財団の助成を受けて裁決録として編纂・配付しているほか、定期的に裁決例集、機関誌「海難と審判」、臨時に重大海難事件の裁決要約版などを発刊するなどの情報を提供している。
 裁決書データベースは、船長職等の幹部要員の教育資料、関係法令の適用解釈、民事上の責任割合の検討などについて、ユーザーから一定の有益性は評価されているものの、次のようないくつかの対策が必要と考えられる。
(1)海難原因探究主義とされながら、裁決は海技従事者等の懲戒という面を強く捉えている。したがって、海難の再発防止という観点からは、海事関係者が利用し易いものとなっていない。
(2)基本的には、裁決録が情報として一般に出されているが、海事関係者は一方的に使いなさいという雰囲気となっている。
(3)海事関係団体、民間の船社等においては、裁決データベースを利用・分析して、関係行政機関等に対して各種改善を要請することは難しい。
(4)裁決録だけで、事故の分析、再発防止策の提言等の全てをカバーするには困難な現状にある。
(5)裁決書データベース活用については、利用する者の目的によって分けなければならない。例えば、プレジャーボート利用者、漁船、大型船の運航者、安全対策の研究、企画立案者等がおり、その中には法的に分析する者やヒューマンファクター的に分析する者等もいるため、それぞれ必要とするデータは多岐にわたるが、十分な情報の提供となっていない。







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