日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2003年度(平成15年) > 機関損傷事件一覧 >  事件





平成15年門審第66号
件名

旅客船ドリーム サファイア機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成15年12月18日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(安藤周二、長谷川峯清、千葉 廣)

理事官
大山繁樹

受審人
A 職名:ドリーム サファイア船長 海技免許:五級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職業:O株式会社運航部整備課工場長

損害
右舷主機軸系下部歯車装置及び上部歯車装置の各傘歯車及び軸受等を損傷

原因
整備部門において、主機軸系歯車装置の潤滑油こし器の取扱いについて十分に指導がなされなかったこと及びフィルタエレメントの定期洗浄を行わなかったこと

主文

 本件機関損傷は、整備部門の点検整備作業責任者が、整備員に対して主機軸系歯車装置の潤滑油こし器の取扱いについて十分に指導しなかったばかりか、フィルタエレメントの定期洗浄を行わなかったことから、浮上航行中、潤滑油が漏洩噴出して油切れになり、同装置の潤滑が急激に阻害されたことによって発生したものである
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年1月30日16時56分
 大分県大分港北方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 旅客船ドリーム サファイア
総トン数 50トン
全長 22.3メートル
機関の種類 過給機付4サイクル12シリンダ・V型ディーゼル機関
出力 1,000キロワット
回転数 毎分2,100

3 事実の経過
 ドリーム サファイアは、平成14年2月に進水した、O株式会社の大分港基地と大分空港基地間の定期航路に就航する最大搭載人員103人のアルミニウム合金製旅客船で、浮上用機関2機による圧縮空気が船底全周にわたって装着されたフレキシブルスカートへ送られ、船体が浮上するようになっており、空中舵及び可変ピッチ式の空中プロペラが船尾左右両舷側、並びに同プロペラ駆動用の主機としてドイツ連邦共和国MTU社製造の12V183TB32型と呼称されるディーゼル機関が機関室左右両舷側にそれぞれ装備され、各種計器が操舵室船首側中央部の操縦席前方計器盤に組み込まれ、空中舵及び空中プロペラ翼角(以下「翼角」という。)等の遠隔操縦が同席から行われていた。
 主機は、軸系に弾性継手を介して機関室船尾左右両舷側に据え付けられた油圧クラッチ内蔵の減速歯車比1.0の減速機、中間軸、同比1.0の下部歯車装置、伝動軸及びプロペラダクトに設置された同比1.353の上部歯車装置が順に結合されており、始動電動機の操作で停止回転数毎分800(以下、回転数は毎分のものを示す。)にされた後、回転数1,100以上に増速されると油圧クラッチが嵌合(かんごう)され、下部歯車装置及び上部歯車装置のいずれもクロムモリブデン鋼製の傘歯車(かさはぐるま)が取り付けられた入力軸及び出力軸が回転し、動力が空中プロペラへ伝達されていた。
 主機軸系各歯車装置の潤滑油系統は、機関室船尾左右両舷側の下部歯車装置の入力軸により駆動される2連歯車式の潤滑油ポンプ及び作動油ポンプが設けられていて、容量35リットルの潤滑油タンクから潤滑油ポンプに吸引された油が、同室囲壁に取り付けられた潤滑油こし器、潤滑油冷却器を通って分配管に入り、圧力調整弁で5キログラム毎平方センチメートル(以下、圧力の単位を「キロ」という。)に調圧され、各傘歯車及び軸受等を潤滑したのち同タンクに戻る経路で循環し、一方、分配管から作動油ポンプに吸引された油が翼角制御油圧系統に導かれていた。なお、潤滑油ポンプ吐出側の潤滑油圧力及び同タンクの潤滑油温度は、操縦席前方計器盤に組み込まれた圧力計及び温度計にそれぞれ表示されていた。潤滑油こし器は、大生工業株式会社製造のLND-06型ラインフィルタと呼称されるもので、長さ134ミリメートル(以下「ミリ」という。)外径79ミリ厚さ1.6ミリの鋼板製の外筒及び紙製のフィルタエレメントが基盤中央部から外筒底部に貫通された固定ボルトにはめ込まれていて、二面幅22ミリの六角袋ナットが同ボルトに標準締付けトルク1.75キログラムメートルで取り付けられ、外筒上端部と接合される基盤下面縁の幅3.5ミリ深さ3ミリの環状溝部に合成ゴム製コ字形のパッキンが装着されて同上端部と同溝部との油密が保たれるようになっていた。また、潤滑油こし器の取扱いについては、整備要領書により運航時間が500時間及び1,000時間の経過を各所定時間として、フィルタエレメントの定期洗浄及び同交換を行い、復旧にあたり、パッキンを新替えすることが指示され、モンキースパナではなく六角袋ナットの二面幅に適合したスパナ(以下「標準スパナ」という。)を使用することが取扱説明書に記載されていた。
 ところで、ドリーム サファイアは、同年3月に就航以来、船舶職員の乗組み基準特例許可を得て機関長及び一等機関士の乗組みが省略されており、許可条件として、船長及びその補助者の甲板員等に対するエアクッション艇の知識や乗船経験等に関する要件が満たされていることのほか、船体及び機関のマニュアルに従い、発航前には責任態勢が確立された陸上の整備部門による完全な点検整備が行われていることなどが指示されていた。
 A受審人は、ドリーム サファイアの就航以来、船長として乗り組んでおり、平素、整備員の立会いの下に主機を始動し、停止回転数及び油圧クラッチが嵌合された回転数1,300の状態でそれぞれ暖機運転を行い、操縦席前方計器盤の各計器を確認して発航した後、定期航路の運航所要時間25分間のうち20分間ばかり回転数2,100翼角21度として40.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で浮上航行し、操舵と見張りの合間に計器盤を適宜監視しながら発航の10分後に主機軸系歯車装置の潤滑油圧力及び同温度を甲板員に記録させていた。
 B指定海難関係人は、同11年4月整備部門の工場長に就任以来、ドリーム サファイアの船体及び機関のマニュアルである整備要領書に基づく点検整備作業責任者として整備員8人を指揮し、同14年10月1日右舷主機軸系歯車装置の潤滑油こし器のフィルタエレメント交換を行う際、復旧にあたる整備員に対してパッキンを新替えすること及び標準スパナを使用のうえ適度な締付けを行うことなどの取扱いを十分に指導しなかった。そのため、潤滑油こし器は、復旧される際、パッキンが新替えされないまま、柄の長さ25センチメートル(以下「センチ」という。)のモンキースパナが使用されて六角袋ナットが過度に締め付けられたことから、外筒底部がへこんで変形するとともに同筒上端部がパッキンに食い込み、潤滑油が漏洩するに至らない程度のパッキンの割れが生じた。
 B指定海難関係人は、同15年1月29日から30日午後にかけて行った定期点検整備の際、右舷主機軸系歯車装置の潤滑油こし器のフィルタエレメント交換後の運航時間が整備要領書による所定時間を超えていたが、これまで所定時間を超えてもフィルタエレメントの汚れが少なかった経験から、2箇月後の中間検査受検時にその交換を行えばよいものと思い、フィルタエレメントの定期洗浄を行わなかったので、外筒底部の変形及びパッキンの割れが生じていることに気付かないまま、同整備を終えた。
 こうして、ドリーム サファイアは、大分空港基地に向かう定期便に就き、A受審人ほか甲板員1人が乗り組み、同月30日16時10分主機を始動して暖機運転を行い、B指定海難関係人が機関室の漏油等の異状がないことを確認した後、旅客23人を乗せ、同時45分大分港基地を発し、風が強かったために回転数2,100翼角18度として35.0ノットの速力で浮上航行中、同受審人が平素のとおり見張りの合間に計器盤を適宜監視しながら甲板員に主機軸系歯車装置の潤滑油圧力及び同温度等を記録させていたところ、前示潤滑油こし器の外筒底部の変形及びパッキンの割れによりパッキンが溝部からはみ出して油密機能を失い、潤滑油が漏洩噴出して油切れになり、右舷主機軸系下部歯車装置及び上部歯車装置の潤滑が急激に阻害され、16時56分大分港新日本製鉄主原料シーバース灯から真方位024度2.6海里の地点において、各傘歯車及び軸受等が焼き付き、異音を発した。
 当時、天候は晴で風力4の西北西風が吹き、海上には白波があった。
 A受審人は、異音を聞き、右舷主機軸系下部歯車装置の潤滑油圧力が低下していることを認め、直ちに翼角を減じて着水する措置をとり、航行不能と判断した後、安全には問題がない旨の船内放送を行い、大分港基地に僚船の来援を求め、乗客を同船に移乗させて大分空港基地へ送らせ、左舷主機を運転して自力で大分港基地に引き返した。
 ドリーム サファイアは、精査の結果、右舷主機軸系下部歯車装置及び上部歯車装置の各傘歯車及び軸受等の損傷が判明し、損傷部品が取り替えられ、また、再発防止対策として、両舷主機軸系下部歯車装置及び上部歯車装置の潤滑油こし器を復旧しやすいものとの新替え及び潤滑油圧力低下警報装置の新設などの措置がとられたほか、B指定海難関係人が整備員に対して潤滑油こし器の取扱いを指導し、整備要領書による指示を遵守して定期洗浄を行うこととした。

(原因の考察)
 本件は、右舷主機軸系下部歯車装置の潤滑油こし器において、外筒底部の変形及びパッキンの割れによりパッキンが溝部からはみ出して油密機能を失い、潤滑油が漏洩噴出して油切れになったものであるが、外筒底部の変形及びパッキンの割れが生じた経緯について検討する。
 同潤滑油こし器に関しては、B指定海難関係人提出の下部歯車装置損傷原因調査報告書添付試験報告書写中、「潤滑油圧力上昇による強度確認の結果、パッキンがはみ出す限界圧力は23キロで、はみ出した際に外筒底部がへこんで変形する現象が見られた。」旨の記載及び同損傷原因調査報告書写中、「本件発生当時の潤滑油圧力再現試験の結果、暖機運転中は16.5キロ程度である。」旨の記載があり、本件発生当時の外気温度低下の影響により潤滑油圧力が上昇した場合にパッキンがはみ出す限界圧力には至らないと考えられること、さらに、同試験報告書写中、「柄の長さ25センチ程度のモンキースパナを使用して若干強めに締め付けたところ、外筒底部が変形して約1ミリのへこみが見られた。」旨の記載及び「油漏れを生じたパッキンの割れは締め過ぎによるものと考えられる。」旨の記載があるので、外筒底部の変形及びパッキンの割れが生じた経緯は、フィルタエレメント交換における復旧の際に過度に締め付けられたことによると認められる。
 したがって、B指定海難関係人が、同潤滑油こし器のフィルタエレメント交換を行う際、復旧にあたる整備員に対して取扱いを十分に指導しなかったばかりか、フィルタエレメント交換後の運航時間が整備要領書による所定時間を超えた際、フィルタエレメントの定期洗浄を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 次に、潤滑油が漏洩噴出した際の損傷回避可能性の有無について検討する。
 右舷主機軸系下部歯車装置及び上部歯車装置の潤滑が阻害された経緯に関しては、焼損調査報告書写中、「下部歯車装置及び上部歯車装置の焼損による鉄粉は、各装置箱内部に付着しているが、潤滑油タンクに流入していない。鉄粉が潤滑油ポンプ吸引側に付着していないことから、潤滑油が吸引されているときは問題なく、同タンクの油量がなくなって各部の潤滑が急激に阻害されたと推察される。」旨の記載及び推進用減速機の件についてと題する文書写中、「潤滑油ポンプによる油の一回の循環時間は約30秒である。」旨の記載がある。これらに当時浮上航行中であったことを勘案すると、潤滑油が漏洩噴出した際には、油切れになって各傘歯車及び軸受等の潤滑が急激に阻害されることは免れないから、損傷回避可能性があるとは言えない。
 したがって、A受審人の潤滑油圧力監視模様を本件発生の原因とすることは相当ではない。 

(原因)
 本件機関損傷は、整備部門の点検整備作業責任者が、整備員に対して主機軸系歯車装置の潤滑油こし器の取扱いについて十分に指導しなかったばかりか、フィルタエレメントの定期洗浄を行わなかったことから、外筒底部の変形及びパッキンの割れが生じた状況のまま運航され、浮上航行中、パッキンが溝部からはみ出して油密機能を失い、潤滑油が漏洩噴出して油切れになり、同装置の傘歯車及び軸受等の潤滑が急激に阻害されたことによって発生したものである。
 
(受審人等の所為)
 B指定海難関係人が整備部門の点検整備作業責任者として主機軸系歯車装置の潤滑油こし器のフィルタエレメント交換を行う際、復旧にあたる整備員に対してパッキンを新替えすること及び標準スパナを使用のうえ適度な締付けを行うことなどの取扱いを十分に指導しなかったばかりか、フィルタエレメント交換後の運航時間が整備要領書による所定時間を超えた際、フィルタエレメントの定期洗浄を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、本件発生後、整備員に対して同潤滑油こし器の取扱いを指導したこと及び定期洗浄を行っていることに徴し、勧告しない。
 A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION