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平成15年門審第58号
件名

漁船第一 八束丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成15年10月17日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(安藤周二、橋本學、千葉 廣)

理事官
大山繁樹

受審人
A 職名:第一 八束丸機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定)(旧就業範囲)

損害
全シリンダのシリンダヘッドの吸気弁及び排気弁各2個並びにピストン等を損傷

原因
主機燃料制御機構の作動点検不十分

主文

 本件機関損傷は、主機燃料制御機構の作動点検が不十分で、全速力前進から停止回転数に減速する遠隔操作が行われた際に燃料調整軸が追従せず、急回転が生じたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年11月13日10時30分
 島根県浜田港北西方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船第一 八束丸
総トン数 75トン
登録長 26.80メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 617キロワット(計画出力)
回転数 毎分670(計画回転数)

3 事実の経過
 第一 八束丸(以下「八束丸」という。)は、昭和60年5月に進水した、沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が製造したT240-ET2型と呼称するディーゼル機関、逆転減速機がそれぞれ装備されていた。
 主機及び逆転減速機は、操舵室に備えられている遠隔操縦装置の一本のハンドルが主機の停止回転数400(毎分回転数、以下同じ。)位置に操作されると、逆転減速機が中立へ作動するようになっていた。
 主機は、同型機には連続最大出力1,030キロワット回転数800までの仕様があり、燃料制御機構に負荷制限装置を付設のうえ計画出力617キロワット回転数670として登録されたもので、ボッシュ式の燃料噴射ポンプの燃料調整ラック(以下「燃料調整ラック」という。)が110パーセント計画出力に相当する679キロワット回転数692の位置に制限されていた。
 主機の燃料制御機構は、負荷制限装置のほか、燃料ハンドル、オールスピード油圧式の調速機、調速レバー、軸とコイルばねが内部に組み込まれている連結桿(れんけつかん)、燃料調整軸、燃料噴射ポンプ及び非常停止用のエアシリンダ等から成り、始動前に燃料ハンドルが停止位置から運転位置側に操作されると、同ハンドルの動きが燃料調整軸のリンク装置を経て燃料調整ラックへ伝えられ、始動後に同ハンドルが運転位置に置かれると、負荷変動に応じA重油の噴射量を制御して回転数を維持する調速機出力軸の動きが、調速レバー、連結桿及び燃料調整軸等のリンク装置を経て燃料調整ラックへ伝えられる仕組みになっており、また、エアシリンダの遠隔操作スイッチが操舵室に設けられていた。
 A受審人は、平成14年7月八束丸に機関長として乗り組んで主機の運転保守にあたり、機関室で圧縮空気を用いて始動を行い、燃料ハンドルを運転位置に置いたのち操舵室からの遠隔操作に切り替えており、翌8月中旬島根県沖合を漁場とする操業が開始されて以来、航行中にはいつも回転数690の全速力前進にかけ、毎月630時間ばかりの運転を繰り返していた。
 ところが、主機の燃料制御機構は、振動の影響等により連結桿リンク装置及び連結桿軸部等の経年摩耗が徐々に進行し、調速機出力軸の動きが妨げられる状況になった。
 しかし、A受審人は、主機の始動を行う際、これまで始動には支障がなかったことから不具合がないものと思い、あらかじめ燃料ハンドルを停止位置から運転位置側に操作してリンク装置の動きを見るなど、燃料制御機構の作動点検を行っていなかったので、調速機出力軸の動きが妨げられていることに気付かず、連結桿リンク装置等に注油しないまま運転を続けた。
 こうして、八束丸は、A受審人ほか8人が乗り組み、操業の目的で、船首1.50メートル船尾2.50メートルの喫水をもって、越えて11月13日07時30分島根県浜田港を発し、いつものとおり、主機を全速力前進にかけて同港北西方沖合の漁場に向かい、同漁場に到着後、停止回転数に減速する遠隔操作を行った際、連結桿リンク装置等の摩耗の進行により調速機出力軸の動きが著しく妨げられて燃料調整軸が追従せず、10時30分北緯35度09分東経131度25分の地点において、急回転が生じて吸気弁及び排気弁とピストンが接触し、異音を発した。
 当時、天候は曇で風力4の北西風が吹き、海上には白波があった。
 A受審人は、機関当直中に操業準備を知らせるベル音を聞き、居住区で合羽を着用して機関室に戻ったところ、主機の異音と同時に急回転を認め、操舵室からの遠隔操作により主機が非常停止された後、始動を試みたものの果たせなかったことから、運転不能と判断し、その旨を船長に報告した。
 八束丸は、付近の僚船に救助を求め、浜田港に曳航された後、業者による精査の結果、全シリンダのシリンダヘッドの吸気弁及び排気弁各2個並びにピストン等の損傷が判明し、損傷部品が取り替えられた。 

(原因)
 本件機関損傷は、主機燃料制御機構の作動点検が不十分で、全速力前進から停止回転数に減速する遠隔操作が行われた際、連結桿リンク装置等の摩耗の進行により調速機出力軸の動きが著しく妨げられて燃料調整軸が追従せず、急回転が生じて吸気弁及び排気弁とピストンが接触したことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、主機の運転保守にあたり始動を行う場合、燃料制御機構のリンク装置等が摩耗することがあるから、同磨耗による不具合を見落とさないよう、あらかじめ燃料ハンドルを停止位置から運転位置側に操作してリンク装置の動きを見るなど、燃料制御機構の作動点検を行うべき注意義務があった。しかし、同人は、これまで主機の始動には支障がなかったことから不具合がないものと思い、燃料制御機構の作動点検を行わなかった職務上の過失により、調速機出力軸の動きが妨げられていることに気付かず、運転を続けて漁場に到着後、全速力前進から停止回転数に減速する遠隔操作が行われた際に燃料調整軸が追従せず、急回転が生じる事態を招き、吸気弁、排気弁及びピストン等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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