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 海難審判庁採決録 >  2003年度(平成15年) > 乗揚事件一覧 >  事件





平成15年横審第82号
件名

引船栄進丸引船列乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成15年12月18日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(大本直宏、吉川 進、西山烝一)

理事官
米原健一

受審人
A 職名:栄進丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士 

損害
船底外板に凹損を含む擦過傷、推進器翼に曲損、主機関に濡損

原因
針路の選定不適切

主文

 本件乗揚は、針路の選定が適切でなかったことによって発生したものである。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年1月28日20時10分
 東京都中川下流
 
2 船舶の要目
船種船名 引船栄進丸 台船三港丸5号
総トン数 17.18トン  
全長 14.30メートル 30.00メートル
3.49メートル 10.00メートル
深さ 1.73メートル 1.80メートル
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 294キロワット  

3 事実の経過
 栄進丸は、東京都内を流下する河川(以下、東京都内流下の河川名称は「東京都」を省略する。)において主に台船のえい航に従事する、磁気コンパス装備の鋼製引船兼交通船で、A受審人(昭和51年6月1日一級小型船舶操縦士免状受有)が1人で乗り組み、鋼製台船三港丸5号(以下「台船」という。)を隅田川に回航する目的で、船首0.85メートル船尾2.00メートルの喫水をもって、平成15年1月28日16時50分神田川の浅草橋付近の工事現場を発し、台船が待機している中川の中川橋とJR常磐線橋間の水域に向かった。
 台船は、旋回式クレーンを船尾部に装備し、クレーンオペレータ(以下「オペレータ」という。)Hが1人で乗り組み、船首0.2メートル船尾0.8メートルの喫水をもって、東京都葛飾区(以下、区名称の冠称「東京都」を省略する。)亀有2丁目に所在の三角点(以下「三角点」という。)から059度(真方位、以下同じ。)480メートルの蛇籠(じゃのご)をもって護岸としている地点において、スパッド2本を川底に打ち錨泊して待機中であった。
 ところで、南方に向う中川は、下流部分で東側近くの江戸川と西側近くの荒川とに挟まれ、葛飾区の南部で荒川に合流する位置関係にあって、JR常磐線橋付近で西方に湾曲したあと、同橋の下流200メートル付近から中川橋付近にかけて、南南西方にほぼ直線状に下り、中川橋下流近くに至ると東方に湾曲して流れ、下流から埼玉県八潮市の潮止橋付近の上流に遡ったところまで、河川護岸工事関係の台船類のほかタンカー等の往来に利用されていた。
 JR常磐線橋から中川橋にかけての中川は、右岸において、三角点から061度187メートルの地点に長門排水場桶管、同点から054度280メートルのところに日本紙業株式会社(のち、日本板紙株式会社に社名変更)取水口(以下、「取水口」という。)の基部が位置し、同場桶管付近の中川の中央部に、足立区と葛飾区との境界線が引かれ、中川橋(旧)の上流近くに、更新された中川橋(新)が架けられ、中川橋(旧)の橋脚撤去工事等が進行中であった。
 取水口は、ヒューム管の先端に取水桶を配して接続され、中川中央部に向け南東方向に約30メートル伸びており、日本板紙株式会社の工業用水に供されていた。
 また、A受審人は、長年船長として東京都内流下の河川で引船のえい航業務を行い、川の湾曲部において、内側の流れが遅く土砂が滞留しやすいので、浅所を避けて川筋の外側寄りに航行するのが原則であることを心得ており、これまで数回夜間の中川橋下のえい航経験を有し、中川橋から足立区立長門小学校の間で中川の中央部から右岸寄りに、浅所が散在することを知っており、かつ、自ら船底を擦過した経験を有していたが、取水口やヒューム管の施設模様などの詳細は、知る由もなかった。
 18時ごろA受審人は、台船へ到着してHオペレータを自船に移乗させ、中川橋中央部に赴き、同橋と水面間のクリアランスを実測し、そのころほぼ低潮期で、台船のクレーン先端部が通過できることを確認して折り返し、台船に同オペレータを帰してえい航準備にかかり、台船の抜錨に次ぐスパッド引き上げ作業の終了を待ち、台船にえい索を渡した。
 えい索は、直径38ミリメートル長さ6メートルの化学繊維索と、直径38ミリメートル長さ11メートルのワイヤー2本とを連結したもので、栄進丸のえい航フックに化学繊維索のアイをとり、台船船首部両端の各ビットに各ワイヤーのアイをとっていた。
 えい航模様は、栄進丸の船首から台船の船尾まで長さ約60メートルの引船列をなし、台船の近くに操船補助の引船第十四大東丸(以下「大東丸」という。)をつけ、3船により行われたが、両中川橋(新)(旧)の各橋脚、作業用クレーン台船等の配置によって、その付近の中央部の航路における可航幅が、ようやく台船が通過できる10メートルそこそこと狭くなっており、大東丸の操船補助目的は、中川橋(新)と直角模様で台船が進入できるよう、台船の船尾部を制御するために用意され、これまで引船列単独で通過していることが多く、携帯電話は所持していたが、3船ともにトランシーバーを有せず、台船からの指示で大東丸が動く様子など、3船間の連携動作を把握して、相互の意思疎通をはかる手段が整えられていなかった。
 かくして、A受審人は、19時45分前示の台船の錨泊地点を発進し、数日前の降雨による増水で約2ノットの南流となり、台船の近くに大東丸が随行中の状況下、台船のスパッド格納などの手仕舞い作業時間を勘案し、周囲の対景が近く磁気コンパスの示度を使わない川筋の操船に就き、いったん上航して左回頭で反転し、機関を回転数毎分600の極微速力前進にかけ、折からの順流に乗じ3.0ノットの対地速力で、手動操舵により、中川中央部のやや左岸寄りを下航した。
 20時08分A受審人は、三角点から055度440メートルの地点に達したとき、右転して針路を224度に定めたが、中川橋(新)の手前で同橋に対し、橋脚間が狭いので直角に進入する態勢をとることに気を取られ、この付近の右岸寄りは浅所が散在しているのを知っており、早めに右転すると、右岸のいずれかの浅所に近づくのであるから、浅所に近寄らないよう、しばらくこれまでの左岸寄りの針路模様を維持するなど、針路を適切に選定することなく直進した。
 こうして、栄進丸は、中川橋(新)西端付近に向首し、中川右岸寄りの浅所に向首していることに気付かずに進行中、Hオペレータがスパッドの格納を終わり、大東丸からのえい索を台船にとろうとしたとき、20時10分三角点から060度290メートルの地点の浅所である前示の取水桶に、原針路原速力のまま、乗り揚げた。
 当時、天候は晴で風力3の北風が吹き、潮候は上げ潮の初期で、視界は良好であった。
 乗揚の結果、栄進丸は左舷側に転覆して右舷外板を水面上に表して静止し、船底外板に凹損を含む擦過傷を、推進器翼に曲損を、主機関に濡損をそれぞれ生じたが、のち引き上げられ、いずれも修理された。

(主張に対する判断)
 補佐人の意見のなかで次のような主張があるので、以下その判断をそれぞれ示す。
1 中川の水路に該当する法規
 主張では、当水路に該当する法規として、次の2点を挙げている。  
(1)港則法第7章雑則(工事などの許可及び進水等の届出)第31条第1項「特定港内又は航海付近で工事又は作業をしようとする者は、港長の許可を受けなければならない。」と同第2項「港長は、前項の許可をするに当たり、船舶交通の安全のために必要な措置を講ずることができる。」
(2)東京都水上取締条例第3条「東京都公安委員会は水上の運航保全と危険防止のため、水上及び沿岸の工作物その他の施設につき、その所有者または占有者に対して必要な措置を命じ、又はこの条例によってなした許可を取消し若しくは変更することができる。」
 この(1)と(2)を対比するとき、(2)には同条例第39条に、他の法令に定めのある事項についてはこれを適用しないとする規定があって、本件発生地点付近は、平水区域、沿海区域の船舶が輻輳(ふくそう)する港の境界付近であるから、本件には港則法が優先適用される旨の主張である。
 しかしながら、港則法の境界付近とは、海面では港界線、河川では河口から上流に遡り最初の橋梁(きょうりょう)をいずれも基準線としており、この基準線付近が港則法の境界付近に相当する。
 本件の場合、河口又は荒川への合流地点からも数多くの橋脚が架かっている中川橋(新)付近は、港則法の境界線付近からほど遠く、当水路に該当する法規として港則法の適用はない。
2 標識の設置等
 補佐人からは、昭和41年9月28日付建設省の日本紙業株式会社に対する許可書に関連する、水利使用規則第4条「取水はその水利使用の権限の発生前に、その権限が生じたほかの水利使用及び漁業に使用を生じないようにしなければならない。」を引用し、「栄進丸が乗り揚げた取水桶は水中の障害物であって、同障害物の存在箇所が分かるように、標識が設置されておれば、栄進丸は、この障害物を認識して、危険を予知することができたから、乗揚を回避でき、安全に中川橋脚間を通過し得た。したがって、A受審人がとった措置は海技従事者の立場のものとして適正なものであり、何らの落ち度はなかった。」旨の主張がある。
 確かに、河川には海図のような水深、危険物の記載がないから、台船引船列の操舵操船に当たる海技従事者にとって、水中危険物の存在認識はあいまいとなるが、本件乗揚地点の取水桶の水面上に「標識」を設けるとすれば、次の事実関係を踏まえる必要がある。
(1)日本紙業株式会社の水利使用設備の起源は大正7年に遡り、前示の水利使用規則は、河川法に基づき昭和41年10月28日付、当時の建設省関東地方整備局江戸川工事事務所長名で、日本紙業株式会社宛に出されたもので、本件発生まで約40年弱に及ぶ歴史がある。
(2)この間、水利使用規則に基づく「標識」として、中川右岸の取水管基部付近のフェンスに「水利使用標識」として、上から順に、河川名、許可年月日、許可番号、許可権者名、水利使用者名、水利使用の目的、取水量、取水施設管理者名及び所轄事務所名をペイント記載した「鋼製ボード」を掲示しており、江戸川工事事務所の定期的な履行検査を受けてきた経緯はあるが、取水桶の「標識」については、具体的に検討された形跡がない。
 この(1)と(2)から次のような諸問題が解決されなければならない。
(ア)取水桶「標識」設置関係者は、中川の船舶利用者、同水利使用者、東京都公安委員会、水上警察、国土交通省関東整備局江戸川工事事務所等多岐にわたる。取水桶「標識」はどのようなもので、標識設置の必要性について、誰が船舶の中川交通実態を調査し、どこに、どのように働きかけて説得し、標識設置の実現性を高めるか。
(イ)取水桶「標識」を設置したとき、小型船舶の交通又は漁業関係者の新たな衝突等の障害とならないかどうか。
(ウ)設置者及び維持管理者は特定できるか。
 以上のことから、取水桶「標識」を設置していなかった責めは、日本板紙株式会社のみに限定することはできない。
 加えて、平成15年3月日本板紙株式会社の亀有工場閉鎖に伴い、取水口及び関連施設は撤去の予定で、中川橋(新)の橋脚間は同(旧)よりも広くなる。
 ただし、本件とは別に、広く河川における海難発生の潜在模様を探ると、船舶の橋脚衝突、護岸衝突、船舶間の衝突等の可能性があり、その影響するところが、例えばタンカーの油類なり、化学物質の流出による二次災害で環境汚染に甚大な影響を与えることもあるから、河川の船舶交通安全管理等の盲点があれば解消されるよう、諸対策の整備進展されることが望まれる。

(原因の考察等)
 本件は、夜間、栄進丸が引船列を構成して中川を下航中に乗り揚げたものであるが、以下、乗揚の原因等について考察する。
1 A受審人の単独海技的要因
(1)水路調査
 A受審人は、中川において、取水桶の具体的に位置する地点は知る由もなかったが、足立区立長門小学校付近から中川橋までの間の右岸寄りに、浅所が散在していることを知っており、自ら乗揚地点付近で船底を擦過した経験を有していた。同人が浅所について認識していた事実からして、水路調査不十分は、本件発生の排除要因とならない。
(2)船位の確認及び針路選定
 A受審人は、針路を定める前に中川中央部のやや左岸寄りを下航中、中川右岸の各浅所に近づかないよう、その針路模様を維持すべきところ、早めに中川橋(新)の西端部付近に向け、右岸寄りに進行して乗り揚げた。適切に定針時機をとらえるためには、中川橋(新)までの距離を的確に把握するなど、船位の確認を十分に行うことが前提となる。しかしながら、本件の場合、夜間、目視によるこれまでの中川通航経験をもって、川幅約100メートルの中川を下航中、具体的に中川橋までの距離をメートル単位で詳細に把握できる手段が乏しいことと、手動操舵により定針するまでの運航模様は、中川の川筋に沿って緩やかな右転模様であったこととが競合している。
 したがって、本件は、定針時機を遅らせなかった点、つまり針路の選定不適切を排除要因に摘示して律したものである。
2 その他の本件発生要因
(1)夜間通過の是非
 夜間通過については、Hオペレータに対する質問調書中、「潮汐表を調べ、台船を引いて中川橋下を無難に通過できるよう、潮の低い28日とした。クリアランスの目安は10センチメートルである。中川橋(旧)の高さは3.8メートルでそう思い込み潮待をしたが、中川橋(新)の高さが4.4メートルになっていたことを本件発生後に知った。後で4.4メートルとして潮汐表を調べると昼間にも通航の機会はあった。昼間であればこれほど右に寄らなかったと思う。」旨の供述記載がある。
 そこには、本件発生後にHオペレータが自主的に落ち着いて再調査したところ、夜間ではなく昼間に通航するえい航作業計画が可能であったことが示されている。
 このことから、台船のえい航作業を昼間に行っていれば、本件乗揚が発生しなかった可能性は認められるのであるが、昼間はタンカーの通航する時間帯に相当するので、すべて好条件にはならない。
(2)引船列3船間の連絡体制及び大東丸の操船補助
 A受審人は、携帯電話は所持していたがトランシーバーを有せず、台船からスパッドを格納した旨をライトで知らされ、左回頭を始め下航操船に当たった。その後直進状態にするまでいつ大東丸を台船にとるかを確認していない。
 本件は、A受審人が、各橋脚間に進入する態勢が整ったかどうかを把握しないまま、台船に大東丸のえい索をとる前に乗り揚げた。
 A受審人が、早めに右岸寄りの針路模様とした動機は、夜間でもあるし、早めに狭い橋脚間の航路に入ろうとしたことにある。このことは、3船の連絡要領を事前に検討しておき、トランシーバーを用いて、連絡を確実にとるようにしておけば、いわゆるA受審人の「焦り」の行動を抑制する要素となり、本件乗揚が発生しない可能性につながる。
3 同種海難発生防止上の観点
 前示2の(1)と(2)を総合すると、次のような観点を挙げることができる。
(1)えい航作業実施の事前計画は、慎重かつ十分に行う。
(2)操船計画を相互に理解してえい航作業実施に当たり、トランシーバーを準備しておくなど、相互の意思疎通が十分に取れる体勢を整える。
 したがって、河川工事関係会社等を含む各関係者は、前示の観点を参考にして諸作業に取り組み、同種海難発生防止に寄与することを期待する。 

(原因)
 本件乗揚は、夜間、東京都内を流下する中川において、栄進丸が引船列を構成して下航中、中川橋下の橋脚間の通過態勢をとる際、針路の選定が不適切で、浅所である取水桶所在の地点に、向首進行したことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、東京都内を流下する中川において、大東丸を操船補助に随行させ、台船えい航に伴う引船列を構成して中川を下航中、栄進丸の操舵操船に当たり、中川橋橋脚間の通過地点の手前に差し掛かり針路を定める場合、この付近の右岸寄りは浅所が散在しているのを知っており、早めに右転すると、右岸のいずれかの浅所に近づくのであるから、浅所に近寄らないよう、しばらくこれまでの左岸寄りの針路模様を維持するなど、針路を適切に選定しなかったことは、本件発生の原因となる。
 しかしながら、A受審人の所為に対しては、すでに(原因の考察等)のところで指摘した本件発生の問題点等を総合すると、同人の針路選定不適切をもって、職務上の過失とするまでもない。

 よって、主文のとおり裁決する。





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