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平成15年横審第5号
件名

貨物船チル ソン乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成15年10月29日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(黒田 均、阿部能正、稲木秀邦)

理事官
松浦数雄

指定海難関係人
A 職名:チル ソン船長 

損害
舵及び操舵機などを損傷

原因
荒天措置不適切

主文

 本件乗揚は、錨泊中に低気圧の接近で波浪が高まった際、港外に避航しなかったことによって発生したものである。
 指定海難関係人Aに対し勧告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年12月4日23時45分
 茨城県日立港
 
2 船舶の要目
船種船名 貨物船チル ソン
総トン数 3,144トン
全長 96.20メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 2,355キロワット

3 事実の経過
(1)チル ソンの概要
 チル ソン(以下「チ号」という。)は、1981年日本で建造された船尾船橋型鋼製貨物船で、主として東南アジア諸国への航海に従事しており、これまで京浜港や名古屋港にも寄港したことがあった。
 船体上部は、船首から順に、船首甲板、1番貨物倉、前部デリックポスト、2番貨物倉、後部デリックポスト、船橋等構造物及び船尾甲板となっており、その下部は、同様に、フォアピークタンク、1番バラストタンク、2番バラストタンク、3番バラストタンク及び1番燃料タンク、4番バラストタンク及び2番燃料タンク、機関室、アフターピークタンク並びに清水タンクとなっていた。
(2)錨及び錨鎖
 建造時、錨は、重量2,460キログラムのストックレスアンカーが両舷に、錨鎖は、1節の長さを27.5メートルとする直径44ミリメートル(以下「ミリ」という。)のものが両舷合わせて17節それぞれ設備されていたところ、いつしか錨鎖が各舷7節に変更されていた。
 また、本件時、錨鎖は、建造時より約4ミリ摩耗が進行して直径40ミリになっていたが、両舷錨とも使用できる状態にあった。
(3)指定海難関係人
 A指定海難関係人は、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の海技関係の大学を卒業し、貨物船に約21年間乗船したのち、2000年9月一等航海士としてチ号に乗船し、2002年4月から同船の船長職を執るようになったもので、総トン数3,000トン以上の船舶に船長として乗船できる同国発行の海技免許を受有していた。
 A指定海難関係人は、チ号に乗船してから、日立港へ寄港した経験は、一等航海士のときに一度あり、船長としては初めてであった。
(4)日立港
 日立港は、茨城県日立市南部に位置し、北太平洋に面した港湾で、港域内北部にある久慈漁港の南方に、係船施設として第1ふ頭から第5ふ頭までが設置され、第5ふ頭先端から東北東方に延びる同港南防波堤と日立港東防波堤灯台(以下「東防波堤灯台」という。)から北北西方に長さ約600メートル、北方に屈曲して長さ約1,400メートル延びる同港東防波堤(以下「東防波堤」という。)とにより港内が遮蔽(しゃへい)されていた。
 また、東防波堤の東側に検疫錨地が設定されていた。
(5)検疫錨地等
 検疫錨地は、東防波堤灯台から028度(真方位、以下同じ。)620メートルの地点を中心に半径400メートルの円形で、水深は9.0ないし15.7メートル、底質は砂で一部岩のところがあった。
 A指定海難関係人は、名古屋港において、外国船舶監督官の指示により日立港の海図W1048号を入手し、同港の水路状況を精査していた。
(6)気象及び海象
 中国大陸東部に発生した低気圧は、平成14年12月4日03時00分1,012ヘクトパスカルとなり、その中心から南東方に温暖前線、南西方に寒冷前線を伴って九州南部に至り、本州太平洋岸に沿って発達しながら速い速度で北東進し、夕刻には1,006ヘクトパスカルとなって房総半島付近に達しており、これに伴い日立港付近では、平均風速毎秒約8メートルの北西風が吹き、風浪に加えて、波高約3.5メートル、周期約10秒の南東寄りのうねりがある状況で、19時15分茨城県北部地域には強風・波浪注意報が発表されていた。
(7)乗揚に至る経緯
 チ号は、A指定海難関係人ほか北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)人20人が乗り組み、2002年11月19日北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)チョンジン港を発し、愛知県衣浦港で鉄スクラップを揚荷し、名古屋港でタイヤチップ1,224.14トンを載せ、1番バラストタンクに海水バラスト100トンを張水し、船首2.70メートル船尾4.70メートルの喫水をもって、翌12月3日14時00分同港を発し、茨城県日立港に向かった。
 翌4日18時30分ごろA指定海難関係人は、日立港の南東方沖合に至り、同港でのタイヤチップ積荷待機のため、同月9日まで東防波堤東側の検疫錨地に錨泊することとし、自ら操船の指揮に当たり、一等航海士と甲板長を船首配置に就け、折からの北西風を船首方から受け、うねりを船尾方から受ける状況で、同錨地に向けて進行した。
 同月4日19時30分A指定海難関係人は、検疫錨地のほぼ中央部に当たる、東防波堤灯台から032度590メートルの地点に至り、水深15メートルで底質が砂の海底に、後進しながら右舷錨を投下して錨鎖を5節水中まで伸出し、錨の効いた状態を確認して間もなく、船首方向が反転し、うねりを船首方から受ける状況で錨泊を始めた。
 A指定海難関係人は、この状態で風速毎秒12メートルまで走錨することはないと判断したものの、うねりの影響で船体が縦揺れと上下動を続けており、走錨して北西方に圧流されると東防波堤の東側に存在する浅礁に乗り揚げる危険があることから、機関長に対し機関の始動準備を指示するとともに、守錨当直を置き、20時までを一等航海士が、その後24時までを自らが当たることとした。
 20時00分守錨当直に就いたA指定海難関係人は、通信長と甲板員を補佐に就け、レーダーで船位を確認し続けていたところ、23時ごろうねりの波高が3.5メートル以上に高まり、その影響で船体がさらに激しく縦揺れと上下動を繰り返すようになり、走錨の可能性を認めた。
 しかしながら、A指定海難関係人は、把駐力(はくちゅうりょく)を増すために錨鎖をさらに伸出して振れ止め錨を投入することや、二錨泊にすることなどを行っても、走錨して浅礁に圧流されるおそれがある状況のもと、速やかに港外に避航することなく、しばらく様子を見ることとし、同じ状態で錨泊を続けた。
 23時20分ごろA指定海難関係人は、船体振動の感触を覚え、それまで船首方から受けていたうねりを右舷側から受けるようになり、船体が激しく横揺れするようになったので船位を確認したところ、走錨して北西方に圧流されていることを知った。
 23時25分A指定海難関係人は、機関用意を命じ、一等航海士を船首配置に就けて揚錨を開始し、錨鎖が右舷正横方に強く張っていたことから、機関と舵を適宜使用し、同時40分東防波堤灯台から358度910メートルの地点で揚錨を終え、接近していた東防波堤から離れるため、操舵員に針路090度を命じ、機関を半速力前進に増速しながら右転中、船首が070度に向いたとき、船尾部がうねりの波底に入り、23時45分東防波堤灯台から001度930メートルの地点において、チ号は、水深5メートルの浅礁に底触し、乗り揚げた。
 当時、天候は曇で風力4の北西風が吹き、潮候は上げ潮の初期にあたり、潮高は9センチメートルであった。
 乗揚の結果、舵及び操舵機などに損傷を生じた。
(8)乗揚後の経緯
 A指定海難関係人は、底触したものと直感して直ちに機関を停止し、昇橋してきた機関長から舵柱が持ち上げられて操舵機が故障した旨の報告を受け、操舵を試みたところ、左舵がとられたまま操舵不能になっていることを知り、右舷錨を投下して錨鎖を3節伸出したものの、さらに北西方に圧流され、翌5日01時45分東防波堤灯台から353度1,750メートルの地点において、チ号は、東防波堤北部の消波ブロックにうち寄せられ、船底に破口を生じて燃料油の一部が海面に流出した。
(9)その結果
 A指定海難関係人は、関係者や付近住民に多大な不安を与えたうえ、長期にわたり流出油により海洋を汚染し、損壊した船体の残骸撤去の問題を生じさせるに至り、海洋汚染防止措置などの事後処理を講ずることなく帰国した。

(原因の考察)
 本件は、日立港の検疫錨地において錨泊中、走錨して同錨地北西方に圧流され、浅礁に乗り揚げたもので、その原因について考察する。
1 走錨の起因
 本件の走錨の起因として、船体の受ける風圧力と錨及び錨鎖による把駐力を算出して比較することができないので、錨鎖の伸出量を錨地の水深の3倍に90メートル加えた長さにすることにより、風速毎秒20メートルまで耐えられるとする経験則に、当時の風速、錨地の水深及び錨鎖の伸出量を照らし合わすと、風圧力が把駐力を上回った点は、挙げられない。
 したがって、本件の場合、事実の経過で示したとおり、投錨して間もなく船首方向が反転し、うねりを船首方から受ける状況で錨泊していたこと、23時ごろうねりの波高が3.5メートル以上に高まり、その影響で船体がさらに激しく縦揺れと上下動を繰り返すようになり、走錨の可能性を認めたこと、及び走錨して北西方に圧流されたことなどから、波浪により錨鎖には周期的に衝撃的な荷重がかかるようになった点を走錨に至った起因と判断する。
2 対応措置
 走錨の可能性を認めた際、当時の錨泊状態から行うことができる対応措置を検討する。
(1)錨鎖の伸出及び二錨泊
 錨鎖を伸出して振れ止め錨を投入すること、又は二錨泊にすることについては、把駐力を高めることはできるものの、本件走錨の起因が風圧力によるものでないから、依然として走錨の可能性が残されている点、及び走錨した場合、圧流される側の近くに防波堤や浅礁などの危険物があった点を合わせると、本件の対応措置には相当しない。
(2)機関及び舵の使用
 錨鎖にかかる衝撃的な荷重を緩和させるよう機関及び舵を操作することは極めて難しく、機関及び舵の使用は、操船のタイミングを誤ると逆効果の発生によって、錨鎖の切断や走錨を招く危険が大きいので、本件の対応措置には相当しない。
(3)港外避航
 機関及び舵を使用できる状況にあったこと、揚錨のための十分な時間があったこと、船首が南東方に向いていたので港外に向かう操船が容易であったことなどから、港外避航は、安全に実行が可能である。
 したがって、以上を総合すると、本件は、走錨の可能性を認めていたのであるから、前示の港外避航する点を対応措置に原因適示して律する。 

(原因)
 本件乗揚は、夜間、茨城県日立港の検疫錨地において錨泊中、低気圧の接近で波浪が高まった際、速やかに港外に避航せず、走錨して同錨地北西方の浅礁に圧流されたことによって発生したものである。
 
(指定海難関係人の所為)
 A指定海難関係人が、夜間、茨城県日立港の検疫錨地において錨泊中、低気圧の接近で波浪が高まり、走錨の可能性を認めた際、速やかに港外に避航しなかったことは、本件発生の原因となる。
 なお、A指定海難関係人が、関係者や付近住民に多大な不安を与えたうえ、長期にわたり流出油により海洋を汚染し、損壊した船体の残骸撤去の問題を生じさせるに至り、海洋汚染防止措置などの事後処理を講ずることなく帰国したことは、遺憾である。
 A指定海難関係人に対しては、海難審判法第4条第3項の規定により勧告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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