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 海難審判庁裁決録 >  2003年度(平成15年) > 死傷事件一覧 >  事件





平成15年神審第34号
件名

漁船長勢丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成15年8月20日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(田邉行夫、中井 勤、平野研一)

理事官
堀川康基

受審人
A 職名:長勢丸船長 海技免状:五級海技士(航海)(履歴限定)

損害
甲板員が溺死

原因
漁労作業(差し板の装着状況の確認・救命胴衣の使用)の不適切

主文

 本件乗組員死亡は、右舷舷門に嵌め込んだ差し板の装着状況の確認が十分でなかったばかりか、救命胴衣の使用が不適切であったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年12月2日21時27分
 鳥取県岩美郡岩美町北方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船長勢丸
総トン数 95トン
全長 36.20メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 507キロワット

3 事実の経過
 長勢丸は、沖合底びき網漁業に従事する、一層甲板型鋼製漁船で、A受審人及び甲板員Oほか6人が乗り組み、かに漁の目的で、船首1.6メートル船尾3.6メートルの喫水をもって、平成13年12月1日08時00分兵庫県浜坂港を発し、同港沖合の漁場に向かった。
 長勢丸の上甲板は、中央より少し後方に操舵室、機関室囲壁及び食堂兼賄室がある船橋楼を有し、同楼の前方が長さ約10.6メートルの前部甲板に、後方が長さ約6.5メートルの後部甲板に、また、同楼の両舷側が幅約1.4メートルの通路になっており、前部甲板の両舷が甲板上高さ約1.3メートルのブルワークで囲われていた。
 前部甲板には、右舷側ブルワークの中央部に、魚網などの取り込み口として使用される幅1.80メートル高さ95センチメートル(以下「センチ」という。)に切り込んだ舷門を備え、乗組員が海中に転落することを防止する目的で、船尾側に切り欠きのある嵌め(はめ)込み式で長さ約2.80メートル幅20センチ厚さ約6センチのけやき製差し板1枚により閉鎖し、船体が大きく動揺するときは、差し板2枚を装着することとしていた。
 長勢丸は漁労設備として、前部甲板の船首側に袋網を移動させるデリックを、同中央にドラム式の網巻機をそれぞれ設置し、同網巻機は揚網・投網作業及び選別作業の状況に応じて、レール上を船首尾方向に移動できるようになっており、船尾甲板には両舷に1台ずつのロープリールを備えていた。
 操業方法は、左掛回し方式と称するもので、左舷船尾から引き縄に取り付けた樽と、全長約1,800メートル直径38ないし65ミリメートルの化学繊維製引き縄、並びに、荒手網、袖網及び袋網からなる全長約75メートルのポリエステル製網を、反時計回りに約90度ずつ進路を変えながら順に落としたのち、最初に投入した樽に戻り、漁具を菱形に展開させた状態で約1時間曳網(えいもう)し、その後約25分かけて前示舷門から揚網する方法で行われ、1回の投網から揚網完了までの所要時間が、漁獲物の片づけを含め、約2時間であった。
 翌2日21時22分長勢丸は余部埼(あまるべさき)灯台から321度(真方位、以下同じ。)19.2海里の地点において、19回目の揚網を終えたのち、投網の目的で、自動操舵により針路を290度に定め、機関を毎分400回転にかけ、3.0ノットの対地速力で、次の投網予定地点に向けて進行した。
 このとき、A受審人は、操舵室で操船を行うとともに、乗組員の熟練度に対する十分な信頼感から各自に担当の作業を任せながら、次回投網に備えた準備作業の指揮にあたっていたところ、操業中の安全措置として、救命胴衣着用の重要性を十分認識していたものの、著しい船体動揺がなかったことから、乗組員が誤って海中に転落することはあるまいと思い、乗組員に救命胴衣の着用を指示しなかった。
 O甲板員は、まったく泳げないのに、救命胴衣を着用しないまま作業にあたり、揚網及び投網の前後に差し板1枚を装着し、かつ装着模様を確認する役割を担当していたものの、前示の舷門に自ら嵌め込んだ差し板の装着が不十分であることに気付かないまま、作業を続けた。
 こうして前部甲板では、左舷側に4人が、右舷側にO甲板員を含め3人が、いずれも前開きの合羽、胸付きの合羽ズボン、野球帽及びゴム長靴を着用して、次回投網の準備作業を行っているとき、右舷側の3人のうち、1人は左舷側を、他の1人は船首側を向いていたため、O甲板員の作業模様を見ておらず、また、左舷側の4人は、中央に移動した網巻機の陰になり、同甲板員の姿を見ることができない状況で、21時27分余部埼灯台から320度19.5海里の地点において、O甲板員は、船首側が外れ、甲板上に落ちた差し板を背にして身体の平衡を失したものか、舷門から海中に転落した。
 当時、天候は曇で風力2の南南西風が吹き、海上は穏やかで、気温8度、水温16度であった。
 A受審人は、作業中のO甲板員の姿が見えないことに気付いた乗組員の叫び声で、海面に漂う同甲板員を認め、直ちに救命浮環を投下するとともに、反転して引き返し、21時34分意識を失っている同甲板員を甲板上に引き上げ、人工呼吸などの応急蘇生(そせい)措置を施しながら浜坂港に入港した。そして、救急車で搬送された浜坂町の病院において、O甲板員(昭和33年1月3日生)は溺死(できし)と検案された。

(原因)
 本件乗組員死亡は、夜間、鳥取県岩美郡岩美町北方沖合において、かに底引き網漁の操業中、右舷舷門に嵌め込んだ差し板の装着状況の確認が十分でなかったばかりか、救命胴衣の使用が不適切で、投網準備作業を行っていた乗組員が海中に転落し、溺れたことによって発生したものである。
 投網準備作業時の安全措置が適切でなかったのは、船長が乗組員に救命胴衣の着用を指示しなかったことと、乗組員が救命胴衣を着用しなかったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、鳥取県岩美郡岩美町北方沖合において、かに底引き網漁の操業中、投網準備作業を乗組員に行わせる場合、予期せぬ船体動揺などにより身体の平衡を失することがあるから、救命胴衣の着用を指示すべき注意義務があった。ところが、同人は著しい船体動揺がなかったことから、乗組員が誤って海中に転落することはあるまいと思い、救命胴衣の着用を指示しなかった職務上の過失により、海中に転落した乗組員を溺死させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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