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平成15年横審第24号
件名

瀬渡船よし丸釣客負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成15年7月9日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(大本直宏、黒田 均、西山烝一)

理事官
米原健一

受審人
A 職名:よし丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
釣客2人が胸椎圧迫骨折等

原因
操船(減速措置)不適切

主文

 本件釣客負傷は、他船の航走波を乗り切る際、減速措置が不十分であったことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年9月8日17時20分
 三重県鳥羽港
 
2 船舶の要目
船種船名 瀬渡船よし丸
総トン数 3.0トン
全長 10.92メートル
2.42メートル
深さ 0.89メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 169キロワット

3 事実の経過
(1)よし丸
 よし丸は、真珠養殖作業船として製造されたFRP製の小型遊漁兼用船で、遊漁の時の旅客最大搭載人員が12人と定められ、船体後部に甲板室を有し、同室前部下方に船室、同室後部に操縦室を配し、船首端部の物入れを除くと、甲板室の前方及び後方が平甲板(以下順に「前部甲板」、「後部甲板」という。)の構造で、5月から11月中旬までの間、同養殖作業用の機械類を撤去して、釣客の瀬渡し業務に供されていた。
(2)瀬渡し業務
 瀬渡し業務は、三重県鳥羽港の湊町岸壁南方の市営定期船乗り場付近を釣客の乗下船地点とし、同地点と同県答志島付近海域の瀬渡し地点、つまり、同島の堤防、あるいは同島周辺のかき養殖筏が季節外れのとき、同筏に係留されている「かせ船」と称する伝馬船との間で行われていた。
(3)航走波との出会い
 A受審人(昭和62年2月16日二級小型船舶操縦士免状取得)は、瀬渡し、釣客の乗下船両地点間の復航の際、常に坂手島西岸と鳥羽港防波堤や岸壁との間の、幅約500メートルの水道(以下「水道」という。)を南下していて、旅客船又は遊覧船からの航走波に出会うことが度々あった。
(4)旅客船の入航針路模様
 旅客船の入航針路模様は、鳥羽港東防波堤灯台を船首目標に243度(真方位、以下同じ。)の針路で西進後、坂手島西岸の白石埼北方沖で針路を194度に転じてフェリー桟橋付近に向首し、同埼西方沖で針路を172度に転じ、水道のほぼ中央を南下後に反転して、同桟橋に出船左舷着け係留するものであった。
(5)A受審人の航走波に対する認識と操船要領
 A受審人が水道付近を南下中、旅客船又は遊覧船の航走波に出会う際の操船要領としては、最新の航走波に対し、船首を立てる針路模様で乗り切った直後に転舵して、関係船船尾方の平穏海域に沿う針路模様とすることにしており、同人は、遊覧船の航走波は危険であるが、旅客船の航走波は特に危険ではないとの認識に立ち、遊覧船のときは減速するが、旅客船のときは減速しないで航走波に対応していた。
(6)事実の経緯
 よし丸は、A受審人が1人で乗り組み、早朝瀬渡しの釣客収容の目的で、船首0.6メートル船尾1.4メートルの喫水をもって、平成14年9月8日16時45分答志島の桃取漁港を発し、その後各釣場を巡回して釣客N、同Yほか4人を乗せ、17時13分浮島南岸沖のかせ船を発進して帰途に就いた。
 A受審人は、N釣客、Y釣客ほか1人が前部甲板に、他の3人が甲板室前面付近と後部甲板にいる状況下、発進して間もなく、機関を最大回転数毎分2,900のところ、常用の2,300にかけ、18.0ノットの対地速力で南下中、17時16分少し過ぎ島ケ埼灯台から228度400メートルの地点に達したとき、針路を166度に定め、手動操舵により、同一の速力で進行した。
 しばらくして、A受審人は、左舷前方に、西行中の総トン数約2,300トンの旅客船を認め、いずれ同船が左転して水道を南下することを知っていたので、同船を追尾することにして続航中、17時20分少し前鳥羽導灯(前灯)から072度680メートルの地点に至り、すでに水道中央部に差し掛かり左転中の同船船尾部まで、左舷船首100メートルに迫ったとき、同船の最新の航走波を乗り切る構えをとったが、いつもの操船要領で大丈夫と思い、船体動揺と衝撃が大きくならないよう、機関を中立にするなど、減速措置を十分にとることなく、一旦左舵を取り船首を航走波に立てた。
 こうして、よし丸は、航走波に出会って右舵を取られた直後、17時20分鳥羽導灯(前灯)から077度660メートルの地点において、船首部が高く持ち上げられ急速に降下し、船首部船底が同波面に数回激突し、前部甲板で腰をおろしていた釣客2人が、上方に投げ出されて落下し、同甲板に打ち付けられて負傷した。
 当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の末期であった。
 その結果、N釣客が胸椎圧迫骨折及び仙骨骨折を、Y釣客が右膝蓋骨骨折をそれぞれ負った。

(原因の考察)
 本件釣客負傷は、鳥羽港内において、他船からの航走波を乗り切るとき、船首部が高く持ち上げられ急速に降下し、同波面に激突し、前部甲板にいた釣客が上方に投げ出され同甲板に打ち付けられて、発生したものであるが、以下、原因について検討する。
1 排除要因
(1)釣客の配置
 本件は、甲板室から後方の区画にいた釣客が負傷していないので、釣客の配置不適切が排除要因の一つに浮上するが、前部甲板の面積が広く、全員を狭い船体後部に押し込めておくことは実効性に乏しく、排除要因として、釣客の配置不適切をもって摘示する事例には相当しない。
(2)航走波を乗り切る際の操船要領
 一般に、航走波を乗り切る操船要領は、航走波に対して船首を立てる操舵と減速とにより、船体動揺と衝撃とを緩和するのが基本である。
 本件発生地点付近が、旅客船及び遊覧船の常用航路であり、関係船舶の航走波に出会うことが多く、A受審人は、関係船舶の航走波を乗り切る操船要領として、最新の航走波に対して船首を立てる針路模様とし、遊覧船のときは減速するが、旅客船のときは減速しないまま対応していた。
 つまり、本件は、旅客船の航走波を乗り切る際の操船要領のうち、減速しなかったことが排除要因となるのは明らかである。
(3)A受審人の認識、判断及び操作
 本件は、A受審人が旅客船の航走波を認識して、同波を乗り切るときの危険性を判断して態勢をとり、操舵の対応はしたが、減速しなかったこと、すなわち減速措置が不十分の操作段階で発生したものである。
 また、本件の発生結果は釣客負傷で、人的災害であるが、航走波を乗り切るときの操船要領の基本である操舵と減速の目的は、船体動揺と衝撃緩和であり、もって人的災害のみならず、船体等物的損害をも防止することにある。
 したがって、本件は、釣客の安全確保に対する配慮不十分を排除要因とすると、物的損害防止の視点を除くことになるから、同種海難再発防止の観点からしても、排除要因として普遍性を持たせ、操作段階の前示(2)減速、つまり減速措置不十分を排除要因として摘示するのが相当である。
2 その他
 本件では、前部甲板にいた釣客3人のうち1人は負傷していない。
 この点を配慮すれば、釣客乗船中の配置の適否のみならず、乗船中の姿勢及び船体動揺と衝撃を受けた際、掴まる(つかまる)ところがあったか否か船体構造上の問題等、検討する余地を窺わせる(うかがわせる)が、減速して動揺と衝撃を避けていれば本件は発生しないのであって、このような個別の要因は省き前示の排除要因を導いたものである。

(原因)
 本件釣客負傷は、三重県鳥羽港内を南下中、他船の航走波を乗り切る際、減速措置が不十分で、高速力のまま同波に出会い、船首部が高く持ち上げられ急速に降下し、船首部船底が同波面に数回激突し、前部甲板で腰をおろしていた釣客2人が、上方に投げ出されて落下し、同甲板に打ち付けられたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、1人で操船にあたり、三重県鳥羽港内を南下中、坂手島と鳥羽港岸壁等の間の水道に差し掛かり、左舷前方に旅客船の航走波を認め、最新の同波を乗り切る構えをとる場合、船体動揺と衝撃が大きくならないよう、機関を中立にするなど減速措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、いつもの操船要領で大丈夫と思い、減速措置を十分にとらなかった職務上の過失により、高速力のまま同波に出会い、船首部が高く持ち上げられ急速に降下し、船首部船底が同波面に数回激突し、前部甲板で腰をおろしていた釣客2人が、上方に投げ出されて落下し、同甲板に打ち付けられる事態を招き、N釣客に胸椎圧迫骨折及び仙骨骨折を、Y釣客に右膝蓋骨骨折をそれぞれ負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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