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平成14年横審第107号
件名

貨物船彦陽丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成15年9月12日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(吉川 進、阿部能正、西山烝一)

理事官
井上 卓

受審人
A 職名:彦陽丸機関長 海技免状:一級海技士(機関)

損害
主機過給機タービン翼等の損傷

原因
主機の掃気ドレンタンクの開放点検不十分、主機停止と掃気室消火の措置不適切

主文

 本件機関損傷は、主機の掃気ドレンタンクの開放点検が十分でなかったこと、及び掃気室に火災を生じた際、直ちに主機停止と掃気室消火の措置がとられなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年12月8日15時25分
 千葉県木更津港
 
2 船舶の要目
船種船名 貨物船彦陽丸
総トン数 7,814トン
全長 127.02メートル
機関の種類 過給機付2サイクル7シリンダ・ディーゼル機関
出力 3,603キロワット
回転数 毎分200

3 事実の経過
 彦陽丸は、平成9年6月に進水した、航行区域を限定沿海区域とするセメント運搬船で、主機として株式会社マキタが製造した、7L35MC型と呼称するディーゼル機関を装備し、可変ピッチプロペラを駆動するほか、増速機を介して軸発電機及び荷役用空気圧縮機を駆動するようになっていた。
 主機は、クロスヘッド型機関で、溶接構造の台板・フレームボックスに7個の鋳鉄製シリンダフレームが載せられ、シリンダフレームにシリンダライナが挿入されて同ライナ周囲が冷却ジャケットを、またシリンダフレーム下半部が掃気室をそれぞれ形成していた。また、船首側から順にシリンダ番号が付され、7番シリンダの船尾側に過給機と空気冷却器を取り付け、シリンダフレームの右舷側上下に、機関全長にわたる円管構造の排気溜まりと掃気溜まりを配置していた。
 過給機は、石川島汎用機械株式会社が製造した、VTR354-32型と呼称する、単段軸流ガスタービンと単段遠心ブロワで構成される回転体で、ロータ軸両端を玉軸受で支持し、全体が排気入口囲、タービン車室、空気吸込囲及び渦巻室に収められ、タービン車室と排気入口囲の一部に冷却水ジャケットを有しており、定格出力時には、ブロワが約0.2メガパスカルに圧縮した空気を空気冷却器に送り出すようになっていた。また、タービン翼がロータ円板にクリスマスツリー形セレーションで植え込まれ、通常の運転で許容される最大回転数が毎分22,620(以下、回転数は毎分のものを示す。)で、回転数が24,000を超えると、回転数異常の警報が作動するようになっていた。
 掃気溜まりは、空気冷却器及び湿分分離器を経た空気を主機船尾側から受け入れ、シリンダ毎に導管を通して掃気室に送り込むもので、低出力範囲において過給機の空気吸込みを加勢する電動の補助ブロワが、船首端及び船尾側に1基ずつ取り付けられていた。
 掃気室は、掃気溜まりから空気を受け入れ、ピストンが下死点付近まで下がったときに、シリンダライナ裾部の掃気孔を通してシリンダ内に送り込むが、この過程でC重油の燃焼で生じた燃焼生成物と、シリンダライナ内面に注油された潤滑油の混じり合ったものが、掃気孔及びシリンダライナ裾から落ちて、ドレンとして溜まるようになっていた。また、同じ掃気過程で、赤熱したカーボンが吹き落とされてドレンに着火したときなど、掃気室火災のときに蒸気を吹き込む消火管が設けられて、掃気溜まりとの間の導管に取り付けられた温度計が、摂氏90度以上を検出すると掃気室火災の警報が作動するようになっていた。
 掃気室のドレンは、シリンダ毎に、通常全開のボール弁とオリフィスを経て呼び径65ミリメートルの配管で集められ、掃気溜まりのドレンとともに掃気ドレンタンクに導かれ、更に二重底にあるビルジ分離油タンクに送られて燃焼処理されるようになっており、掃気ドレンタンクの大気放出弁と底部の出口弁には一定量に絞るための留め具が付けられるなど、運転中に掃気室との圧力差でドレンと掃気が連続して流れるようになっていた。
 掃気ドレンタンクは、直径500ミリメートル高さ600ミリメートルの円管を溶接したタンクで、底部の出口弁を通して、二重底にあるビルジ分離油タンクに連続して送り出し、一方、タンク上部から上甲板に導かれた配管が、掃気ドレンとともに流れ込む掃気を大気放出するようになっていた。また、主機が1箇月当たり約400時間運転される中で、入港後、掃気ドレン配管に掃除蒸気を入れて残留ドレンを押し流す作業が行われていたこともあって、就航以来開放掃除が行われたことがなく、ドレンに混じるスラッジ分がタンク内部に堆積(たいせき)して固化し、タンク入口弁付近の配管も閉塞(へいそく)気味となっていた。
 A受審人は、平成13年12月4日に機関長として乗船し、北海道上磯町に向かって航行中、機関装置の見回りをするうち、上甲板で掃気ドレンタンクから大気放出する空気量が少ないことを認めたものの、その後、同町に入港した際、同タンクの開放点検を行わなかったので、内部の閉塞状況に気付かなかった。
 彦陽丸は、A受審人ほか9人が乗り組み、セメント10,085トンを載せ、船首7.00メートル船尾7.29メートルの喫水をもって、翌々6日22時20分上磯町を発し、主機を185回転プロペラ翼角16.2度にかけて千葉県木更津港に向かううち、主機の掃気ドレンタンクがスラッジで一杯になってドレンが流れず、掃気室にドレンが滞留し始めた。越えて8日午後東京湾に入り、中ノ瀬航路を出て木更津港に向かって航行中、15時18分入航に備えてスタンバイエンジンが令され、主機の回転数が毎分160に減速されたのち、同時19分過ぎプロペラ翼角が下げられ、約8ノットの対地速力で進行していたところ、主機1番シリンダの掃気孔から掃気室に落ちた火の粉が掃気室のドレンに着火し、空気の流れが抑えられて過給機ブロワにサージングが発生し、掃気室の火が掃気溜まりに燃え広がった。
 A受審人は、15時20分1番シリンダの掃気室火災の警報に続いて隣接するシリンダの警報が次々に吹鳴するのを認めたが、制御室のエンジンモニターが多量に表示する警報項目の確認などに気を取られ、船長に主機の異状を報告して、直ちに主機停止と掃気室消火の措置をとることなく、運転を続けた。
 主機は、運転が続けられるうち、掃気室の火災で空気不足となって回転が低下し、ガバナが160回転を維持するよう燃料を増加する動作をしたので、排気溜まりに未燃焼ガスが溜まるところとなった。
 こうして、彦陽丸は、15時24分主機が船橋の操作で翼角中立に設定されたが、空気不足のまま120回転ほどに下がって運転を続けていたところ、A受審人が、補助ブロワが停止のままであることに気づき、制御盤上でスイッチを入れて補助ブロワを始動したので、燃焼空気が急激に掃気溜まりに誘引され、主機の燃焼が増進するとともに、排気溜まりにも余剰の空気が排出され、同溜まりの未燃焼ガスが後燃えして過給機が異常回転し、15時25分木更津港富津西防波堤灯台から真方位333度3.25海里の地点において、過給機タービン翼が植込部で次々に脱落し、タービン車室及び排気入口囲を突き破った。
 当時、天候は晴で風力3の南西風が吹いていた。
 A受審人は、制御室で当直中であったところ、機関室からの異音を聞き、間もなく過給機の破損で冷却清水が漏えいし、機関室上段に蒸気が立ちこめる様子を認め、更に並列運転中の補機原動機が異常停止したことなどを受け、ようやく主機を停止したのち、船長に主機が運転不能であることを伝えた。
 彦陽丸は、前示地点で投錨し、翌9日造船所に引きつけられ、精査された結果、主機過給機タービン翼の全てが失われるとともに、タービン車室、排気入口囲及びタービン側軸受室が損傷し、掃気溜まり、掃気室及び排気溜まりが焼損及び濡れ損を生じていることが分かり、のち損傷部が取り替えられ、燃焼室周辺の重要部が全て開放・点検され、掃気室及び掃気溜まりの焼損箇所が手直しされた。

(原因の考察)
 本件機関損傷は、主機掃気室に溜まったドレンに着火して火災となったまま、早急に消火の措置がとられず、プロペラ翼角中立で運転が続けられ、過給機の異常回転を生じたものであるが、以下、本件発生の原因について考察する。
 主機は、掃気室とクランクケースとを分割するクロスヘッド型機関の構造によって、低質燃料を使用しても潤滑油が清浄に保たれる特長を有する。代わりに、掃気室は、低質燃料による燃焼生成物が吹き落とされるので、運転中に潤滑油混じりのドレンが溜まらないよう、連続して取り出す配管が接続されており、運転の経過に従って掃気室と掃気溜まりにドレンがスラッジ化して積層したものを、一定の運転時間毎に、かき出す作業が必要となる。本件では、掃気室から連続して掃気ドレンを取り出す配管が閉塞していた。
 掃気室からのドレン配管は、定例作業として、入港の都度、掃除蒸気が投入され、残留したドレンを押し流す作業が行われ、本件直前までは、閉塞するに至らなかった。
 しかしながら、掃気ドレンタンクは、配管と異なって内部にドレンが滞留するおそれがあり、定期的に蓋を開放して掃除が行われるべきもので、同タンクの掃除が行われていなかったことが、スラッジの積層につながって、掃気室にドレンが滞留したのであり、本件発生の原因となる。
 次に、木更津入港中に掃気室に溜まったドレンに着火し、掃気室の温度警報が次々に吹鳴した際、A受審人が過給機サージングと警報表示に気を取られているが、同時にシリンダ出口温度の高温警報も表示されており、掃気室の火災に面したときに主機を直ちに停止して掃気室の消火の措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
 なお、A受審人は、本件直前に乗船し、甲板上で掃気ドレンタンクからの大気放出の流量が少ないことを認めており、同タンク周辺を点検する動機はあったと言える。しかし、同人が普段からタンクの大気放出量がかなり絞られていたとの供述も首肯(しゅこう)できるもので、前任者まで放出量の低下に着目した様子がなかったと認められ、就航以来、本件発生まで担当者による定期的な開放点検が全く行われていなかった点に徴し、同人のみが同タンクの閉塞のおそれを予見すべきであったとするのは相当ではない。

(原因)
 本件機関損傷は、主機の運転管理に当たり、掃気ドレンタンクの点検が不十分で、タンク内に積層したスラッジが掃除されなかったこと、及び木更津港への入港スタンバイ中、同タンクの閉塞で掃気室ドレンが滞留し、同ドレンに着火して掃気室に火災を生じた際、直ちに主機停止と掃気室消火の措置がとられなかったことにより、各シリンダの燃焼不良で未燃焼ガスが排気溜まりに滞留し、補助ブロワの始動で急激に同ガスが後燃えし、過給機タービンが異常回転したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、木更津港への入港スタンバイ中、主機の掃気室火災の警報が次々に吹鳴するのを認めた場合、燃焼不良で不測の損傷を引き起こすことのないよう、船長に主機の異状を報告して直ちに主機停止と掃気室消火の措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、制御室のエンジンモニターが表示する多量の警報項目の確認などに気を取られ、直ちに主機停止と掃気室消火の措置をとらなかった職務上の過失により、掃気室から掃気溜まりまで広範囲に火災が広がり、全シリンダの燃焼不良と、排気溜まりに未燃焼ガスが溜まる事態を招き、回転数低下に気付いて補助ブロワを始動した際に、シリンダに燃焼空気が急速に送り込まれ、排気溜まりに溜まった未燃焼ガスが急激に後燃えし、過給機が異常回転してタービン翼等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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