日本財団 図書館




 海難審判庁裁決録 >  2003年度(平成15年) > 機関損傷事件一覧 >  事件





平成15年広審第21号
件名

油送船第三八紘丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成15年7月18日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(西林 眞、関 隆彰、供田仁男)

理事官
平井 透

指定海難関係人
A 職名:株式会社Sドック造機部造機課主任

損害
後進側クラッチボルトが頭部で切損、クラッチリングの亀裂等

原因
クラッチボルトが使用限度を超えて継続使用、情報伝達不備

主文

 本件機関損傷は、船舶修理業者の機関担当技師が、主機逆転機の定期開放整備にあたり、クラッチボルトの新替えを機関長に助言せず、同ボルトが使用限度を超えて継続使用されたことによって発生したものである。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年12月4日10時30分
 千葉県千葉港千葉区
 
2 船舶の要目
船種船名 油送船第三八紘丸
総トン数 498トン
全長 65.00メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,029キロワット
回転数 毎分390

3 事実の経過
 第三八紘丸(以下「八紘丸」という。)は、平成2年2月に建造された鋼製油送船で、主機として新潟原動機株式会社(旧株式会社新潟鐵工所、平成15年2月3日付新会社として設立)が同年に製造した6M28BGT型ディーゼル機関を備え、逆転機を介してプロペラ軸と連結しており、操舵室の遠隔操縦装置により、主機の増減速及び逆転機の前後進操作が行えるようになっていた。
 逆転機は、株式会社日立ニコトランスミッション(旧新潟コンバータ株式会社、平成15年4月1日付新会社として設立)が同年に製造したMN830型と称する湿式油圧多板式クラッチ(以下「クラッチ」という。)を内蔵したもので、前進用及び後進用の各クラッチ1個を備え、前進用クラッチで入力軸と出力軸とを直接接合させるか、後進用クラッチによって小歯車支持体を固定させ、同支持体に十字状に配列された4個の小かさ歯車を介し、出力軸直結の被駆動かさ歯車の回転方向を入力軸直結の駆動かさ歯車のそれと逆にさせるかして、プロペラ軸の回転方向を変える仕組みとなっていた。
 また、前進及び後進クラッチは、外筒を形成するクラッチリング及び出力側に固定された内筒に相当するクラッチハブ内の円環状の空間内に、いずれも中空円板状のシンタープレートとスチールプレートが、それぞれクラッチリングとクラッチハブにスプライン方式で交互に嵌め込まれ、油圧ピストンがこれらプレートを押し付けることによって摩擦力を発生させ、クラッチリングとクラッチハブとを連結する構造となっており、前進側クラッチリングを駆動かさ歯車に12本のクラッチボルトで、後進側クラッチリングを逆転機ケーシングに固定したうえ、エンドカバーに相当する中空円板状のバックプレートを8本のクラッチボルトでそれぞれ締付け、同ピストンの推力を受けるようになっていた。
 このうち、後進側クラッチボルトは、全長50ミリメートル(以下「ミリ」という。)、ねじ部長さ40ミリ、ねじの呼び径16ミリピッチ1.5ミリのステンレス鋼製で、バックプレートの外周寄りに等間隔で設けられた8個のボルト穴からクラッチリング側のねじ穴に、締付けトルク18.3ないし20.9キログラムメートルで締付けるよう取扱説明書に記載されていた。
 ところで、逆転機メーカーは、前、後進クラッチ嵌合時に油圧ピストンが作動する都度、その推力を受けるクラッチボルトには、引張り応力のほかに曲げ応力も繰り返し作用して材料疲労を生じるおそれがあることから、20,000ないし28,000時間又は定期検査ごとに新替えするよう、取扱説明書に記載して取扱者に注意を促すとともに、定期整備立会のためサービス員を派遣した機会には修理業者にその旨を説明していたが、同書添付の全体組立断面部品表図等では、後進側クラッチボルトが単にボルトと表記されていたため、ユーザー側が後進クラッチのバックプレートを取り付けている同ボルトをクラッチボルトとして認識しないおそれがあった。
 八紘丸は、建造後、主に岡山県水島港を積地として瀬戸内海及び九州地方諸港へのA重油を中心とする石油製品の輸送に従事し、出入港回数が比較的多く、主機を年間約4,800時間運転しているもので、同10年2月に第3回の定期検査を受検するため、毎回検査工事を依頼している広島県因島市に所在する株式会社Sドック(以下「Sドック」という。)に入渠することになった。
 機関長Cは、前年10月から機関長として乗り組み、定期検査工事にあたって機関部関係の仕様書を作成するとともに、工事監督を行うことになり、前回定期検査では上部点検蓋を開放しての受検のみであった逆転機を開放整備し、取扱説明書及び同書添付の定期交換部品表を参考にして軸受メタルや両クラッチ構成部品などを取り替えることにしたものの、同書に表記されていなかったので、クラッチボルトが後進側にも存在することを知らないまま、交換部品を本船支給として部品納入業者に発注した。
 一方、Sドックは、主として船舶修理業を営み、年間260ないし280隻の入渠工事を請け負っているもので、MN型逆転機について年間20台程度開放整備しており、作業には同社のほぼ決まったベテラン作業員が携わるうえ、作業前に機関担当技師から構造図、摩耗限度表及び主要ボルト締付けトルク一覧表などを現場に渡すようにしていた。また、クラッチボルトの締付けに際しては、締付け前にトルクテスターでトルクレンチを整合し、対角締めで規定トルクまで1回締め付けたのち、ねじ穴に油が残るなどしたことによる締付け不良を防ぐため、2回目には締付け前のマークとの締付け角度を点検しながら円周方向で順次締付け確認する方法を社内で取り決めていた。
 A指定海難関係人は、同1年にSドックに入社したのち、同5年から造機部造機課に配属されて機関担当技師となったもので、MN型逆転機両クラッチボルトの使用限度を十分に把握していたところ、八紘丸の第3回定期検査工事を担当することになり、このうち建造後初めて実施する逆転機の開放整備工事に関して、本船支給の交換部品の中には後進側クラッチボルトが含まれていなかったが、これまでにも船主の意向で前進側だけ新替えして後進側を継続使用することが希にあったことから、C機関長に後進側クラッチボルトについて確認のうえ、使用限度を超えた同ボルトを新替えするよう助言しなかった。
 八紘丸は、逆転機の前進側クラッチボルトが新替えされたものの後進側クラッチボルトを継続使用として定期検査工事を終え、同11年からは千葉県千葉港を主たる積地に変更して東北地方から東海地方に至る太平洋沿岸諸港への輸送業務に従事し、翌12年5月Sドックで実施した中間検査工事において、同機の上部点検蓋を開放して内部点検が行われたときには、特段の異常は発見されなかった。
 逆転機は、越えて13年11月10日に、1箇月ごとに行っている潤滑油こし器の開放掃除を行った際には金属粉等の異物混入を認められないまま、運航を続けていたところ、使用時間が55,000時間を超えた後進側クラッチボルトに引張りと曲げ応力が繰り返し作用して材料疲労が進行し、やがて右舷側上部に位置する同ボルト2本がバックプレートとクラッチリングとの合わせ面付近で切損するとともに、ねじ穴に残った両ボルトねじ部が振動によって抜け落ち、残りの同ボルト6本は更に過大な応力を受け、切損したボルトに隣接した右舷側下部及び左舷側上部に位置する同ボルト3本でねじ部に微小な亀裂が生じる状況になった。
 こうして、八紘丸は、C機関長ほか5人が乗り組み、同年12月4日08時00分に錨泊していた千葉港沖合を発し、後進テストを行ったのち、同港千葉区に所在する富士石油株式会社袖ヶ浦製油所の出荷桟橋へ着桟操船中、亀裂の進展によって前示3本の後進側クラッチボルトが頭部付近で順次切損するなか、同時20分に着桟して主機を停止した。そして、A重油700キロリットルの積載を終え、船首2.80メートル船尾4.00メートルの喫水をもって、10時20分に主機を始動して静岡県大井川港に向かうため離桟を始め、後進操作が行われたとき、残っていた左舷側に位置する同ボルト3本が油圧ピストンの推力を受けきれないで頭部付近が一気に破断し、10時30分袖ヶ浦東京ガスシーバース灯から真方位087度2.1海里の地点において、プロペラ軸が逆転不能となった。
 当時、天候は曇で風力2の北北東風が吹き、港内は穏やかであった。
 船尾甲板で出航配置についていたC機関長は、操舵室の船長から後進が作動しないとの連絡を受け、機関室に急行して機側で何度か後進操作を行ったものの、クラッチ作動油圧が上昇しないためにクラッチが嵌合できず、やがて潤滑油圧力低下警報が作動し、同油こし器を開放したところ多量の金属粉が詰まっていたことから、逆転機の運転不能と判断して船長にその旨を報告した。
 八紘丸は、出航を取り止め、引船に曳航されて港外に錨泊し、その後逆転機がメーカーの工場に陸揚げして精査された結果、後進側クラッチボルト全数が頭部で切損していたほか、クラッチリングの亀裂、シンタープレートとスチールプレートの偏摩耗、大・小かさ歯車の歯面に打痕などを生じていることが判明し、のち後進クラッチのプレート類、歯車機構一式及び同クラッチボルトなどの損傷部品を新替えして修理された。
 A指定海難関係人は、本件発生後、作業長や逆転機担当者らと話し合いを持ち、同種事故の再発防止対策として、逆転機作業チェックシートを新たに作成し、クラッチボルトの取替えや締付け状況を記録するなどの措置を講じた。

(原因についての考察)
 本件は、平成10年に開放整備が行われた主機逆転機が、3年10箇月経過後に後進側クラッチボルト8本全数が損傷し、離桟操船中に後進クラッチが作動不能となったもので、同ボルトの使用状況及び損傷経緯等について検討する。
 後進側クラッチボルトは、同6年及び同10年定期検査工事竣工証明書各写中の逆転機工事内容と新替え部品についての記載、並びにA指定海難関係人及びC機関長の各供述から、同2年の建造以来出入港回数の多いなかで継続使用され、その使用時間がメーカーの指定した使用限度の2倍に達する建造後12年約57,000時間であり、引張りと曲げ応力が繰り返し作用して材料疲労が進行した状況にあったものと認められる。
 一方、同ボルトの損傷模様をみると、メーカー修理報告書に8本全数の頭部が切損していたと記載されており、Sドックが社内基準としてボルトを異なる方法で2回締付けるようにしていたこと及び本件が開放整備後4年近く経過して発生したことなども考慮すると、右舷上部2本のボルトがクラッチリングのねじ穴に残っていなかったことを根拠に、両ボルトが締め付け不足から緩み脱落したとは認めることができず、長期間の使用に伴う材料疲労から順次切損していったと考えるのが相当である。
 したがって、本件は、後進側クラッチボルトについてメーカーの取扱説明書等への記載が不明確であったことから、機関長が後進側にもクラッチボルトが存在することを知らなかったという問題があるものの、使用限度を把握していたドック機関担当技師が、逆転機の定期開放整備にあたって仕様書などから漏れていた同ボルトの新替えを機関長に助言しておれば、防止できたものと考えられる。

(原因)
 本件機関損傷は、船舶修理業者の機関担当技師が、主機逆転機の定期開放整備にあたり、後進側クラッチボルトの新替えを機関長に助言せず、同ボルトが使用限度を超えて継続使用され、運転を続けるうち、材料疲労が進行して切損したことによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
 A指定海難関係人が、定期検査工事の機関担当技師として逆転機の定期開放整備にあたり、クラッチボルトの使用限度を把握していたにもかかわらず、後進側クラッチボルトの新替えを機関長に助言しなかったことは、本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては、クラッチボルトの取替えや締付け状況を記録する逆転機作業チェックシートを新たに作成するなど、同種事故の再発防止対策を講じた点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION