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平成15年函審第6号
件名

漁船第十一恵久丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成15年7月11日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(岸 良彬、黒岩 貢、野村昌志)

理事官
河本和夫

受審人
A 職名:第十一恵久丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)
指定海難関係人
株式会社K鐵工所 業種名:機器販売修理業

損害
主軸受とクランクピン軸受に異常摩耗、クランク軸の5番ピン部に焼損等

原因
潤滑油こし器の開放点検不十分、フラッシング不履行

主文

 本件機関損傷は、主機組立復旧後の油通しが行われた際、潤滑油こし器の開放点検が不十分で、金属粉などの多量の異物が油中に混入したまま試運転が行われ、工事後の回航中、クランクピン軸受が金属接触したことによって発生したものである。
 主機の整備業者が、主機組立復旧後に油通しを行い、潤滑油こし器に金属粉などの多量の異物が付着しているのを認めた際、フラッシングを行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年4月16日08時10分
 北海道釧路港南東沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船第十一恵久丸
総トン数 153トン
全長 38.20メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 735キロワット(計画出力)
回転数 毎分820(計画回転数)

3 事実の経過
 第十一恵久丸(以下「恵久丸」という。)は、昭和58年3月に進水した、さけ・ます流し網漁業及びはえなわ漁業などに従事する鋼製漁船で、主機として、株式会社新潟鐵工所が製造した6PA5L型と呼称する、連続定格出力1,323キロワット同回転数毎分1,000(以下、回転数は毎分のものとする。)の燃料制限装置付ディーゼル機関を備え、シリンダには船尾方を1番とする順番号が付され、推進器として可変ピッチプロペラを装備していた。
 主機の潤滑油系統は、直結の潤滑油ポンプによりサンプタンクから潤滑油一次こし器を経て吸引された潤滑油が、潤滑油冷却器及び潤滑油二次こし器(以下「油こし器」という。)を順に通過して入口主管に至り、同主管から各シリンダごとに分岐して、主軸受、クランクピン軸受及びピストン冷却室に導かれたのちクランク室底部に落下し、再びサンプタンクに戻る循環をしており、電動式の予備潤滑油ポンプを備え、張り込み油量が3.0キロリットルで、油圧が5.2キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に設定され、2.5キロに低下すると警報を発するようになっていた。
 油こし器は、2連のノッチワイヤ式ストレーナで、縦長の筒型ケースに目の粗さ50ミクロンのエレメントが納められ、本体付のコックにより、通油、停止及び逆流の3段階の操作が可能で、器内の汚油を外部に排出するためのドレン管が設けられていた。
 恵久丸は、平成14年1月13日たら漁を切り上げ、北海道花咲港に係船していたところ、同年3月25日釧路港に回航され、釧路重工業株式会社において、第一種中間検査工事が行われることとなった。
 回航に当たり、A受審人は、初めて恵久丸に乗り組み、同船を釧路港に回航したのちも、機関部工事の監督業務に従事した。
 指定海難関係人株式会社K鐵工所(以下「K鐵工所」という。)は、非現業部門4人現業部門約25人の規模で舶用機関の販売修理業を営み、平成8年ごろから恵久丸の機関整備工事を手掛けており、今回の工事受注に際しては同船の船舶所有者と直接契約し、同社工員6人で編成する現場作業班を同船の機関整備工事に当たらせた。また、K鐵工所は、同社常務取締役工場長Cが船側との工事打ち合わせのほか工員の技術指導にも当たり、現場からの申し出や相談に応じる体制をとっていたが、現場で発見した異状を逐一報告させるなどのきめ細かな指導を行っていなかった。
 恵久丸は、回航直後から主機の開放整備作業が進められ、全数のピストン抜きと主軸受の開放の結果、クランクピン表面に主軸受の油溝跡が付くいわゆるカムウエアを生じていたので、油砥石や紙やすりを用いて全数のクランクピンの表面が研磨されたほか、摩耗の進行していた主軸受4個及び大端部合わせ面のセレーション部に亀裂を生じていた連接棒4本を新替えして復旧され、サンプタンクの拭き取り掃除が行われて、4月10日新油3.5キロリットルがサンプタンクに張り込まれた。
 ところで、工事後の主機本体や潤滑油系統内には、工事中の研磨によって生じた金属粉や油の拭き取り掃除に使用されたウエス屑などの異物が入り込んでいることがあるので、主機組立復旧後の試運転前に油通しを行い、異物の量や成分を確認する目的で、油こし器を開放点検し、その量が著しく多いときは、異物を除去するためにフラッシングを行う必要があった。
 翌11日09時ごろ現場作業班は、主機の係留運転準備に取り掛かり、油通しを行ったのち、油こし器を開放したところ、エレメントに塗料の剥離片、ウエス屑、カーボン及び金属粉などの多量の異物が付着しているのを認めたが、油こし器の掃除を繰り返し行えばやがて異物を除去できるものと判断し、C工場長に報告しないまま、潤滑油系統のフラッシングを行わずに係留運転を始めた。
 一方、A受審人は、主機の組立復旧後に初めて油通しが行われたが、業者に任せておけば大丈夫と思い、自ら油こし器の開放点検を行わなかったので、油中に多量の異物が混入していることに気付かず、フラッシングを行うよう指示できなかった。
 そして、現場作業班は、係留運転を始めて20分ばかり経過したころ、潤滑油圧力が5キロ前後から4.5キロに低下したので、油こし器の掃除を行い、その後も油こし器の掃除を繰り返し行いながら16時ごろ係留運転を終了した。
 また、現場作業班の行っていた油こし器の開放掃除の方法は、器内に残留している汚油を排出しないまま、エレメントを抜き出していたので、油こし器底部などに堆積、付着していた異物が潤滑油入口主管側に流入するおそれがあった。
 恵久丸は、翌12日に摺り合わせ運転が、15日に海上運転がそれぞれ行われるうち、主軸受及びクランクピン軸受に異物が噛み込み、これら軸受表面に肌荒れを生じ始め、この間も、引き続き油こし器の開放掃除が繰り返されたが、A受審人は、依然として油こし器の開放点検を一度も行わなかった。
 こうして、工事を終えた恵久丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、回航の目的で、船首2.0メートル船尾2.8メートルの喫水をもって、翌16日07時40分釧路港を発し、08時ごろ主機回転数を960翼角17度の全速力として北海道落石漁港に向け航行中、肌荒れの進行していた主機5番クランクピン軸受が金属接触し、焼き付いて連れ回り、ピストン冷却室への注油が途絶え、ピストンが過熱膨張してシリンダライナに焼き付き、08時10分桂恋港南防波堤灯台から真方位245度2.1海里の地点において、5番シリンダの排気温度が急上昇するとともに、動力取出軸の貫通穴辺りからオイルミストが噴き出した。
 当時、天候は曇で風力4の南風が吹き、海上は少し時化ていた。
 折から、主機シリンダヘッドカバー上で油の漏れ止め作業に当たっていたA受審人は、これに気付き、直ちに船橋に連絡のうえ主機を停め、クランク室内を調査したところ、5番クランクピン軸受が溶損してはみ出ているのを認め、運転不能の旨を船長に報告し、恵久丸は、来援したタグボートにより釧路港に引き付けられた。
 恵久丸は、K鐵工所により主機の開放調査が行われた結果、全数の主軸受とクランクピン軸受に異常摩耗を、クランク軸の5番ピン部に焼損を、5番シリンダのピストンとシリンダライナに焼損を、5番連接棒に熱変形を、潤滑油ポンプにかき傷をそれぞれ生じていることが判明し、のちいずれも損傷部品の取替え修理が行われた。

(原因)
 本件機関損傷は、第一種中間検査工事において、主機組立復旧後の油通しが行われた際、潤滑油こし器の開放点検が不十分で、金属粉などの多量の異物が油中に混入したまま試運転が行われ、クランクピン軸受に肌荒れを生じ、工事後の回航中、同軸受が金属接触したことによって発生したものである。
 主機の整備業者が、主機組立復旧後に油通しを行い、潤滑油こし器に金属粉などの多量の異物が付着しているのを認めた際、フラッシングを行わなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は、第一種中間検査工事において、主機組立復旧後の油通しが行われた場合、工事中に主機本体や潤滑油系統内に異物が入り込んでいることがあるから、異物の量や成分を確認できるよう、自ら潤滑油こし器の開放点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、業者に任せておけば大丈夫と思い、自ら同こし器の開放点検を行わなかった職務上の過失により、油中に金属粉などの多量の異物が混入していることに気付かないまま試運転を終え、回航中、肌荒れの進行していたクランクピン軸受の焼付きを招き、全数の主軸受とクランクピン軸受に異常摩耗を、クランク軸の5番ピン部に焼損を、5番シリンダのピストンとシリンダライナに焼損を、5番連接棒に熱変形を、潤滑油ポンプにかき傷をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 K鐵工所が、主機組立復旧後に油通しを行い、潤滑油こし器に金属粉などの多量の異物が付着しているのを認めた際、異物の侵入により主機軸受各部の潤滑が阻害されることのないよう、試運転を行う前に潤滑油系統のフラッシングを行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 K鐵工所に対しては、今後、現場との意思疎通を緊密にし、油通しを行って潤滑油こし器に多量の異物が認められたときには報告させる体制をとり、潤滑油系統のフラッシングを確実に行うように改めた点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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