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 海難審判庁裁決録 >  2003年度(平成15年) > 火災事件一覧 >  事件





平成15年長審第12号
件名

旅客船ダイヤモンドプリンセス(2180番船)火災事件

事件区分
火災事件
言渡年月日
平成15年9月30日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(原 清澄、清重隆彦、寺戸和夫)
参審員 勝田順一、形部聖一

理事官
向山裕則、花原敏朗

指定海難関係人
M重工業株式会社長崎造船所 業種名:造船業
A 職名:M重工業株式会社長崎造船所立神工作部主幹技師
B 職名:M重工業株式会社長崎造船所立神工作部特別防災班主任
C 職名:M重工業株式会社長崎造船所立神工作部船装課船装係副作業長
D 職名:M重工業株式会社長崎造船所立神工作部船装課船装係員

損害
320号客室の天井付近の敷設ケーブル、通路側壁の養生ベニヤ板を延焼

原因
火気取扱(的確な指導、教育及び監督、溶接作業現場において同作業要領)不遵守

主文

 本件火災は、造船所内で建造中の大型客船において、溶接作業中、溶接の高熱で客室に置かれた可燃物が発火し、炎上したことによって発生したものである。
 造船所が、自ら定めた火気作業要領について、的確な指導、教育及び監督が不十分で、溶接作業現場において同作業要領が遵守されなかったことは本件発生の原因となる。
 なお、火災が拡大して甚大な被害が発生したのは、機動的な消火活動ができなかったことによるものである。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年10月1日17時19分
 長崎港M重工業株式会社長崎造船所艤装岸壁
 
2 船舶の要目
船種船名 旅客船ダイヤモンドプリンセス(2180番船)
総トン数 113,000トン
全長 290メートル
機関の種類 ディーゼル機関4機及びガスタービン機関1機
出力 59,600キロワット

3 事実の経過
(1)建造の経緯
(1)ダイヤモンドプリンセス(2180番船)
 ダイヤモンドプリンセスは、英国ピーアンドオープリンセスクルーズパブリックリミテッドカンパニーを親会社として、バミューダ諸島ハミルトン市に登記上の本社が所在する、フェアラインシッピングインターナショナルコーポレーションリミテッドがM重工業株式会社に建造を発注した同型姉妹船2隻のうちの1隻で、両者間において平成12年2月契約書が交わされ、完成時には、1隻目が「ダイヤモンドプリンセス」、2隻目が「サファイアプリンセス」と命名される予定で、客室1,339室乗組員室647室を備え、最大客数3,298人同乗組員数1,232人の、原動機をディーゼル機関及びガスタービン機関とする5機の発電機によって推進用電動機2機を駆動し、巡航速力22ノットの電気推進船として建造されることとなった。
(2)M重工業株式会社
 M重工業株式会社は、本社を東京都に置き、平成14年4月1日時点において、36,500人を超える従業員を有し、船舶及び艦艇の建造、販売、修理をはじめ、宇宙から深海を含めて陸海空の全分野にわたって産業界全体に大きな位置を占め、我が国を代表する総合機械製造会社で、船舶・海洋や原子力などの各事業本部を本社に、6箇所の研究所などのほか長崎、神戸、下関に造船所を、横浜、広島、高砂に製作所を、名古屋に航空宇宙及び誘導推進各システム製作所を、また三原には機械・交通システム工場など9箇所の事業所及び工場をそれぞれ全国に設け、造船業界においては我が国最大の業績を誇っていた。
 M重工業株式会社は、前示建造契約に基づき、2隻を長崎造船所(以下「造船所」という。)における2180番船及び2181番船として建造することとし、2180番船のダイヤモンドプリンセス(以下「2180番船」という。)については、建造発注主の意向を受けて当初平成15年7月の引渡し時期を同年5月に早めることで工事を進めていた。
(2)船体構造等
(1)一般配置
 2180番船は、17層の甲板(以下「デッキ」という。)を備え、13番を欠番とし、船底からの高さが18番デッキまで約49メートル、煙突最上位まで約62メートルあり、14番デッキ船首部に船橋を、16番デッキ船尾部区画にガスタービン発電機1機を、1番デッキ船尾側に造水装置及びディーゼル発電機4機並びに推進用電動機2機を、2番デッキの船首尾部に各3台のサイドスラスタをそれぞれ設けていた。
 ところで、2180番船は、喫水線下となる3番デッキより下層に15箇所に分割された防水区画があり、各防水区画は水密扉などで完全に独立区画化されており、また4番デッキより上層は、船首尾方向にそれぞれ7箇所の防火区画(以下「ゾーン」といい、番号は船首側からの順番号とする。)に分割され、火災が発生すれば、直近のスプリンクラ装置が作動して初期消火が行われるとともに、遠隔または現場操作で、必要な防火扉を閉じることによって各ゾーン間の通路を完全に遮断し、延焼を防止する防火機能が備えられることとなっていたが、同装置用の配管工事等は他の工事と並行して進められており、同機能は作動しない状態であった。
(2)客室の配置
 客室は、5番から14番デッキの間に1,339室配置され、客室番号として、各デッキ固有のデッキ名のイニシャルに、ゾーン番号と左舷側偶数右舷側奇数それぞれの番号を付け、船首側から船尾側に向けて順番号が付され、下層のデッキからカーペットを除いて順次艤装が進められていた。
(3)5番デッキ
ア 第3ゾーン
 5番デッキは、船首部の第1及び船尾部の第7両ゾーンに乗組員室が、第2ゾーンに客室と乗組員室の一部が、第3ゾーンには、アートギャラリーを中央に挟んで左右両舷に客室が、第4及び第5ゾーンにアトリウム及びレストランが、第6ゾーンに厨房がそれぞれ配置されていた。
 また、第3及び第4ゾーンの階段は、第3ゾーンの船首方及び第4ゾーンの船尾方にそれぞれ設備され、工事用に通行可能となっていた。
 第3ゾーンの客室は、両舷とも、長さ約39メートル幅1.8メートルの通路を挟んで、舷側に窓付きタイプが、アートギャラリー側に窓なしタイプが、片舷当たりそれぞれ14室及び4室並んでおり、窓なしタイプの320号客室(以下「320号客室」という。)が、左舷側中央付近にあった。
 そして、5番デッキ第3ゾーンは、平成14年7月18日、特別な火気管理を必要とする特別防火管理区画(以下「特防区画」という。)に指定されていた。なお、同区画は、特別防災班(以下「特防班」という。)の進言によって、2180番船の防火責任者を兼ねる統括安全衛生責任者が指定日を決定し、同区画の範囲と併せ、建造船の乗下船口付近に表示されている連絡掲示板に示されるほか、毎日開催される連絡調整会議などで周知が図られていた。
イ 320号客室
 320号客室は、第3ゾーン左舷側の窓なしタイプ4室のうち船首側から2番目の客室で、前後を316号客室と324号客室とに挟まれ、入口を左舷側として右舷側は壁を隔ててアートギャラリーと接し、幅2.7メートル奥行6.0メートル天井高さ2.1メートルで、厚さ0.7ミリメートル(以下「ミリ」という。)の鋼板にビニール系コーティングを施した壁及び天井のスチールパネルは既に組み立てられ、厚さ5ミリの高張力鋼板の床は、ブロック組立時のひずみの修正が終了し、塗布の必要がなかった船首側奥部分を除いて、床面に2ないし3ミリの厚さでモルタルを塗り込む床の平準調整がなされていた。
 同室は、シャワーユニットの設置、ワードローブや化粧台の造作などを終了しており、カーペットの敷込み、ベッドなどの固定家具及びテレビや冷蔵庫などの調度類の搬入と取付けなどを残して、最終的な仕上がりを待つ段階であったが、平成14年9月27日から翌28日にかけて、ベッドのヘッドボードが搬入され、1室に2台あるベッドの頭部分に取り付ける予定となっていた。
 搬入されたヘッドボードは、ポプラを材料として上海で製作されたもので、概略の寸法が縦1.2メートル横2.6メートルの木枠で、その重さが10キログラムほどあり、320号客室には、1組ごとに幅20センチメートル(以下「センチ」という。)厚さ1.5ミリの高発泡ポリエチレンシート(以下「ポリシート」という。)で二ないし三重巻きに包装し、4組分を更に同様に包装して搬入されていた。
 同ヘッドボードは、包装が解かれないまま、厚さ5ミリの段ボール紙を2枚折りにして幅50センチとし、これを同ボードと床面及び壁面との間に挟んだ状態で、船首部奥の壁に立て掛けられ、同時に、既に搬入されていた段ボール箱入りの木製ベッドサイドテーブル2組が、同ボードと接して置かれていた。
 また、320号客室は、壁面及び天井のすべてのスチールパネルについて、養生のため表面に薄い可燃性のビニールシートが張られており、入口ドアや入口周辺の壁面も、それぞれベニヤ板など可燃性の養生板が張り付けてあり、加えて船尾側奥部には、天井と壁との接合部に取り付ける木製飾り縁のモールディング材1室分が、縦15センチ横40センチ長さ2.5メートルの段ボール箱に入れたまま、断面が縦40ミリ横45ミリの短い枕木2本の上に置かれていた。
 このように、320号客室は、火気作業などによって床から高熱が加わった際、熱源の位置によっては、床面に直接接した状態の段ボール紙が発火し、その上に置かれた木製家具に巻かれたポリシート、同家具本体、壁面及び天井パネル表面のビニールシートや養生板などが、短時間のうちに延焼拡大するおそれがあった。
ウ 320号客室入口前通路付近の状況
 320号客室入口前通路付近は、周囲の客室が壁と天井のスチールパネルの組立てを終え、通路の壁面も同パネルの組立てが終了していたことから、工事用資材、工具類、各種接着剤及び塗装材などは置かれていなかったものの、電力、照明、計装、通信及び建造工事用のケーブルが大量に敷設され、また工事の進捗に伴って追加のケーブル敷設が頻繁に行われるため、ケーブルの隔壁貫通口には何も埋め込まれないまま、隔壁両側の区画は互いに密閉区画とはならない状態であった。
 これに加えて通路の壁は、全面がベニヤ板で養生されており、ひとたび火災が発生して初期消火が果たせないまま、火災の高熱が広がり始めると、周囲の難燃材から大量の煙が発生するとともに、ベニヤ板及び天井付近の敷設ケーブルを媒体として、火災が急激に拡大するおそれがあった。
(4)4番デッキ
ア 第3ゾーン
 4番デッキは、第1及び第2ゾーンに乗組員室が、第3ゾーンには両舷の乗組員室に挟まれて中央に手荷物取扱場が、第4ゾーンに乗組員室及び医務室が、第5ゾーンに乗組員室及び乗組員食堂が、第6ゾーンに厨房、機関制御室、焼却炉、生ゴミ処理場が、第7ゾーンに冷蔵及び冷凍庫室がそれぞれ配置されていた。
イ 天井の配管模様
 4番デッキ第3ゾーンの手荷物取扱場の天井は、船内の他ゾーンと同様、雑用水、飲料水、消火用水、圧縮空気、雑用空気などのほか空気調和装置(以下「空調」という。)用ダクトなど多種多様な配管が施され、これらのうち、ある一定の圧力と口径以下の清水、温水、圧縮空気、スプリンクラ用清水、空調用冷温水などの各管には、作業の効率化と重量軽減化のために、マップレスシステム(mannesmann pressfitting system)と呼ばれる、薄肉のステンレス管と継手金物を組み合わせ、専用の締付け工具で圧力を掛けて接続する新しい配管方法が採用されていた。
(3)配管支持金具(サポートアングル)
 造船所は、建造工事中多数の箇所に取り付けられる配管及びケーブル用の配管支持金具(以下「サポートアングル」という。)について、同アングルの寸法、取付間隔、取付方法など細かい基準を定め、工事に関係する全従業員にこれを示し、乗船前の教育や打合せなどの機会を通じて、溶接作業を行う際の安全な火気作業を指導していた。
 前示マップレスパイプの天井配管に取り付けるサポートアングルは、厚さがいずれも3.2ミリで、支える配管の呼称径が大きくなるに伴って幅も大きいものを使用し、同アングル間の間隔については、通称「骨」といわれる甲板防撓材としてのバルブプレートが700ミリ間隔であることから、同間隔を基準にしてパイプやパイプ接続間の長さに応じて定められ、基本的には溶接で直近のバルブプレートに取り付けることとなっていた。
 従って、サポートアングルを天井に直接溶接して取り付けることは、極めて希なケースであり、この場合には、防火の観点から、直上階の床面となる溶接箇所の裏側の状況について、格別の注意を払う必要があった。
 なお、サポートアングルの取付けは、全体で必要な本数の8割近くがブロック建造時の先行艤装として済まされており、残り2割が岸壁における艤装で取り付けられることになっていた。
(4)指定海難関係人
(1)M重工業株式会社長崎造船所
 造船所は、同社取締役所長Iが最高責任者及び総括安全衛生管理者を務め、長崎市、諫早市及び香焼町に工場を持ち、客船、大型タンカー、LNG船及びLPG船の建造をはじめ、火力・地熱・風力発電プラント、環境保全設備及び海水淡水化プラントなど多岐にわたる製品を取り扱い、同所の生産高は、平成12年度においては、長崎県の製造業生産高1兆5,371億円のうち、その約22パーセントを占めるに至っており、近年においては平成2年及び翌年に総トン数がそれぞれ約5万トン及び約3万トンの客船建造の実績があった。
(2)A指定海難関係人
 同人は、昭和48年に入社し、平成2年造船工作部電武機装課長に、同11年造船工作部長に、翌12年造船工作部と修繕部の統一再編に伴って立神工作部長に就任し、平成13年4月から同部の主幹技師となって客船プロジェクトに入り、翌14年8月に建造統括として同プロジェクトを統括するとともに、統括安全衛生管理要領に基づく客船の統括安全衛生責任者及び防火責任者となった。
(3)B指定海難関係人
 同人は、昭和47年に入社し、修繕船関係の業務に従事したのち、平成12年立神工作部安全衛生係長となり、翌13年4月1日同社の関連会社である長菱船舶工事株式会社の製造部主任への派遣辞令を受けると同時に、同日付けで派遣会社から造船所立神工作部客船プロジェクト室勤務となった。そして、同人は、同プロジェクト室で特防班の主任となり、近年建造した2隻の客船艤装時の要領を参考にしながら「防火・消防要領」を作成し、また、防火管理の実務担当主任として、同班に所属する班員の教育や教育資料の編集、乗船教育及び特別防火教育(以下「特防教育」という。)並びに船内パトロールの指導や実施などに当たっていた。
(4)C指定海難関係人
 同人は、昭和48年に入社し、造船工作部の外業船装課や他企業への休職派遣を経験したのち、平成13年4月から現職に就き、本件当時はD指定海難関係人の直属の上司であった。そして、同人は、自身が清水、温水、空気、スプリンクラ装置各配管工事に携わり、副作業長として、部下に対して作業の指示及び指導などを行うとともに、部下の作業内容を十分に把握しておく立場にあった。
(5)D指定海難関係人
 同人は、昭和46年に入社し、造船工作部の船装課や他企業への休職派遣を経験したのち、本件当時はC指定海難関係人と同じ作業班に属し、平成13年7月同課船装係の神辺重孝と組んで作業を始め、K作業員が専らマップレスパイプの配管作業を行い、自身は配管後のサポートアングル取付けなどの溶接作業に従事していた。
(5)造船所の安全管理体制
 建造契約締結後、2180番船は、平成13年6月第1ドックで起工し、先行艤装などを経て、翌14年5月同ドックで進水したのち向島地区の艤装岸壁に係留された。
 同年4月、造船所は、2180番船の建造について、同船の船内構造及び配置が、貨物船などと大きく異なって複雑かつ多数の区画から成り立っていること、多量の可燃性の資材及び養生材が使用されることなどから、火災の発生が極めて重大な事故や災害につながるとの判断に立ち、特防班の編成と運用、防火体制の組織と役割、防火及び消防の対策強化などを図るため、同船用の「防火・消防要領」を策定したうえ、前示のとおり、同年8月A指定海難関係人を防火責任者に、B指定海難関係人を火気管理責任者にそれぞれ指名した。
(1)防火体制
 造船所は、各種の作業に関係する法規及び基準に基づき、安全上守るべき一般事項をとりまとめ、全従業員に「安全心得」と称するポケット版サイズの小冊子を配布し、同冊子の中で、溶接作業を始める前には、裏側や周辺に火災のおそれがないことを確かめる旨を記載し、また「防火・消防要領」において、火気作業時間を平日は08時から18時まで、休日は08時から16時30分までとし、両時間帯以外での火気作業には事前に届出が必要な体制としていた。
 また、造船所は、進水後艤装工事が本格化するのを控えて、自ら定めた火気作業要領の徹底を目的として、200人前後の作業員を順次集め、特防班員を講師として、乗下船時の手続きや船内作業の特殊性を内容とする一般的な安全乗船教育と客船建造時の特別な注意事項を主な内容とする特防教育を、両教育併せて約1時間実施した。
 両教育において、特防班は、消火ホース、消火栓、消火器、消火用水など船内防火設備の配置について、また火災発生時に火災発見者は、艤装岸壁に設置された特別防災センター(以下「特防センター」という。)に連絡する旨の連絡体制について、そして、可燃物の管理については、耐火性養生材の使用及び床に直置き(じかおき)せず枕木などの使用を、加えて不要な可燃性資材は都度船外に搬出するよう、それぞれの事項を説明していた。
 さらに特防班は、船内における火気作業について、造船所が定めた作業要領を次のとおり説明していた。
ア 火気使用時には必ず裏側及び周囲の安全を確認すること
イ 特防区画での作業は、作業前日までに、「作業許可届」を特防班に提出し、同班による現場の確認後、「作業許可証」を得ること
ウ 作業時には見張り要員を配置すること
エ 火気作業者及び見張り要員は定められた「腕章」を着けること
オ 違反者には乗船禁止などの厳しい措置が執られること
 そして、造船所は、定期的に行う日々作業連絡会議、週間工程会議、労働災害防止協議会、工程調整会議などを通じ、防火に関する情報を特防班から出席者に伝え、現場作業員には会議の出席者から関係する情報の内容を的確に伝達するよう指導し、これらの防火体制を維持するため、特防センターに特防班員1人を常駐させて防火管理の拠点としていた。
(2)特別防火管理区画(特防区画)
 造船所は、客室、公室、乗組員室の各区画を各デッキ及びゾーンごとに細分化し、壁パネル及び天井パネルの取付けが完了した時点から、その小区画において、本格的な内装工事が始まり、木製家具や養生板など多量の可燃物が搬入されることから、同区画を特防区画に指定し、さらに同区画の裏面も特防区画扱いとして、このことを特防教育において説明していた。
 また、造船所は、特防区画を順次指定する都度、岸壁に設けた掲示板に、指定した同区画の場所や火気工事の予定を明確に表示するとともに、同区画の出入口には、「特別防火区画、火気厳禁、(許可制)」と朱色で表記した透明のビニール製のれんを吊り(つり)下げ、全従業員に周知していた。
 一方、現場作業員は、特に火気作業に従事する場合、工程の進捗に伴って、特防区画内には前述の可燃性資材が多量に搬入されることが予測でき、従って乗下船口近くの掲示板で確認したり、午前午後の作業開始時の始業前ミーティングなどで、新たな特防区画指定の情報を得るなど、自身の作業現場及びその作業内容と同区画指定との関係を常に把握しておくことが重要なこととなっていた。
(3)特別防災班(特防班)
 特防班は、B指定海難関係人を主任とし、7人の班員で構成され、定められた服装、ヘルメット、腕章を着け、うち2人は24時間体制で防火の監視に当たり、前示の日々作業連絡会議及び火気作業届をもとに、1ないし2時間ごとに船内パトロールを行い、一日のすべての火気作業が終了した30分後にも同パトロールを行っていた。
 そして、特防班は、全従業員に対する防火意識の徹底を図るため、前示の特防教育に加え、定期的に全従業員が参加する全体特防教育及び消火訓練の実施を策定するなど、建造工事中の防火と消防について中心的な役割を担っていた。また、造船所は、平成14年6月19日同班の作成した要領に基づき、火災が発生し、初期消火を試みたが、消火ができなかったので、特防センターへ緊急連絡し、消火班を編成して、放水を実施したものの、消火が困難となり、消防機関へ通報するまでの一連の消火活動の流れを押さえた消防訓練を実施した。
 特防班は、全従業員に対する特防教育において、造船所が定めた火気作業要領のほかに、特防区画に搬入された資材の養生について、同養生を行うべき要員及び養生材使用の可否など、いわゆる先行養生の在り方を指導していた。
(4)消火体制
 造船所は、特防班が策定した消火体制に基づき、各デッキ通路の50メートルごとに10リットルの消火用水と持運び式粉末消火器を配備し、7番デッキ及び14番デッキの右舷側暴露甲板部にそれぞれ7個及び4個の消火栓を、そして、一つの消火栓当たり口径40ミリ長さ20メートルの消火ホース各3本を備え付けていた。
 なお、就航中の火災発生時に作動するスプリンクラ装置及び防火扉は、既に示したようにその機能を発揮するには至っておらず、火災警報器及び煙探知器も、通常の新造船建造工事中と同様、船内には取り付けられていなかった。
(5)通報体制
 造船所は、火災発生時の通報体制を、緊急連絡体制として次のとおり策定していた。
ア 火災の発見者は、特防センターに連絡する
イ 同時に、発見者は、初期消火に努め、周囲の作業員に緊急を告げる
ウ 特防班は、火災現場の状況を確認し、船内各ゾーンの区画長を通して、現場消火班を編成する
エ 特防班は、初期消火の指揮を執るとともに、必要な情報を取りまとめて消防機関に通報する
オ 特防班は、必要に応じて、避難誘導を行うとともに人員の確認を行い、延焼防止の措置を執る
 このように消防機関への通報は、特防班が、同機関へ通報する際に必要な火元の特定、船内作業員の人数、死傷者の有無、初期消火の状況、火災拡大の状況など、詳細な情報を得たのちに行うことと定められていた。
(6)不審火及び失火
 前述のように造船所が火災防止のために安全管理体制を細かく定めたうえ、船内に出入りする者には乗船許可証の携帯を義務づけ、同証に貼付(ちょうふ)されたバーコードによって、船内の作業員数を常に把握していたにもかかわらず、2180番船では、進水後、不審火が3件及び失火が4件繰り返し発生しており、その概要は次のとおりであった。
(1)進水後の不審火
ア 平成14年7月9日14時25分ころ、造船所の船装設計課員が、2番デッキ第4ゾーンにおいて、乗組員室2412号室の前で炎が上がっているのを発見し、炎が小さかったことから、消火器を使用するまでもなく初期消火に成功したが、現場は全く火の気のない場所で、燃えていたウエスや同ウエスが置かれていた段ボール紙は、それまで当該場所にはなかったものであった。また、進水前にもすぐ横の通路で電路関係の端子箱カバーが燃えた痕跡(こんせき)が発見されていた。
イ 同年8月8日08時40分ころ、造船所グループ企業の作業員が、3番デッキ第5ゾーンにおいて、階段の踊り場に積み上げられていた砂袋の上で、小型の固形燃料を火種として炎が上がっているのを発見し、直ちに火種を取り除いて初期消火を果たすと同時に、付近の安全担当者に連絡した。
 造船所は、被害はなかったものの、事態を深刻に受け止め、船内パトロールの強化、監視カメラの設置、乗下船口での乗船者の点検、夜間不使用の乗下船口の閉鎖、当該区画の作業員の人員名簿作成と事情聴取など、不審火対策への取組みを進めた。
ウ 同年9月2日09時00分ころ、造船所協力会社の作業員が、3番デッキ第4ゾーンにおいて、作業のため乗組員室3430号室に入り、同室の二段ベッド上段の床面に焦げあとを、また同室入口の電線にも焦げあとをそれぞれ発見して、協力会社の課長に連絡し、同社から特防班に連絡があり、特防班員が現場に赴き、発見前2日間は当該区画での作業がなかったこと、前回の不審火との共通点があり、明らかに人為的な痕跡があることを確認した。
(2)進水後の失火
ア 平成14年6月6日09時50分ころ、造船所協力会社の作業員が9番デッキ第4ゾーンにおいて、電線サポートアングルを天井鋼板に溶接で取り付ける作業を行うこととなったが、溶接箇所の直上となる10番デッキ第4ゾーンの鋼板床上部分の状況を確認しなかったので、同部分に段ボール箱や青焼き図面などが直接置かれていることに気付かず、そのまま溶接作業を開始して、溶接の高熱が鋼板を伝わって図面が発火し、そばのケーブルバンドが類焼して発煙したが、10番デッキ第4ゾーンで工事に従事していた他の作業員が発煙に気付き、直ちに消火器2本及びバケツ4杯の消火用水を利用して初期消火に成功し、大事には至らなかった。
 事態を憂慮した特防班は、毎日11時30分から行われる連絡会議において失火の詳細を報告し、会議の出席者に対して、全従業員への注意喚起を促すよう要請した。
 翌7日、立神工作部電武機装課は、失火の引き金となった溶接作業が同課担当の工事であったことから、発火の実証実験を行うこととし、同課の管理者及び電装係員並びに関係協力会社の溶接作業員など約80人を、失火の発生現場に集めて同実験を行い、結果の周知が業務上有益と判断して、実験データや発火状況の写真などをポスターに仕上げ、他課への配布及び乗下船口や船内に張り出し、現場作業員に防火意識の高揚を求めた。
イ 同年7月5日11時50分ころ、造船所グループ企業の協力会社作業員2人が、3番デッキ第5ゾーンにおいて、空調ダクト用消音ボックス変更工事のため、乗組員室3555号室の天井鋼板に、サポートアングル4本を溶接で取り付ける作業を行うこととなったが、溶接箇所の直上となる4番デッキ第5ゾーン鋼板床上部分の状況を確認しなかったので、同部分に防熱材がビニール袋に包装されたまま仮置きされていることに気付かず、そのまま溶接作業を開始し、溶接の高熱が鋼板を伝わり、前示のビニール袋が発火して燃え始めたが、同作業を終えた両人は、昼食のために現場を離れて下船した。
 同作業員2人が、現場を離れる少し前、4番デッキ第5ゾーンで工事に従事していた他の作業員が発煙に気付いて直ちに消火器を利用し、初期消火に成功するとともに特防班に事態を急報した。
 立神工作部長は、事態を重視し、溶接作業を行った協力会社の作業員2人に対し、造船所への立入りを1箇月間禁止とする措置を執り、加えて特防班は、関係者に対する火気作業要領の再教育を実施し、作業員全員が溶接作業前の裏側確認を徹底するよう、改めて防火意識の高揚を訴え、船内各デッキの床鋼板に直置きされている可燃物を点検したが、基本的な作業要領が遵守されない状況は改善されなかった。
ウ 同年7月17日08時35分ころ、造船所グループ企業の協力会社作業員2人が、8番デッキ第2ゾーンにおいて、天井近くの配管工事中、サポートアングル1本を、天井鋼板に溶接で取り付ける作業を行うこととなったが、溶接箇所の直上となる部分に可燃物がないかどうかを確認するため、9番デッキ第2ゾーンに赴き、同部分に相当する箇所を探したものの特定することができず、そのまま溶接作業を開始した。
 ところが溶接箇所の直上となる部分には、客室のユニットバスがすぐそばにあり、同バスを養生するビニールシートカバーが、垂れ下がって鋼板床面に広がっており、溶接の高熱が鋼板を伝わり同カバーが発火して燃え上がった。
 発火場所近くにいた船内パトロール員は、火災を発見して直ちに初期消火を行ったが、ユニットバス入口ドアに燃焼痕が残った。
 造船所グループ企業の担当者は、前回7月5日の失火も踏まえ、17日午後の作業開始前に同企業の全従業員を集め、溶接時の裏側確認の要領を指導し、加えて見張り要員の配置や溶接作業終了時の確認について、再度の注意喚起を促すとともに、翌18日、可燃性の養生用ビニールシートカバーについて、鋼板床上30センチの高さの部分まですべて切除した。
エ 同年8月31日10時50分ころ、造船所グループ企業の協力会社の管理職員を含む同社作業員2人が、5番デッキ第1ゾーンにおいて、天井近くの配管工事中、サポートアングル1本を天井鋼板に溶接で取り付ける作業を行うこととなったが、溶接箇所の直上となる6番デッキ第1ゾーン鋼板床上部分の状況を確認しなかったので、同部分に可燃性のラバーシートや防熱材がビニール袋に包装されたまま仮置きされていることに気付かず、そのまま溶接作業を開始したところ、溶接の高熱が鋼板を伝わって前示のラバーシートが発火して燃え上がり、防熱材のビニール袋にも燃え移った。
 6番デッキ第1ゾーンで工事に従事していた他の作業員が、発煙に気付いて直ちに消火器1本を使用し、初期消火に成功するとともに、下のデッキの溶接作業員に事態を急報した。
 当該工事を担当していたグループ企業は、同日、所属の管理職員を集め、失火の状況説明と裏側確認の要領を指示し、注意喚起を促した。
(7)本件火災に至る経緯
 2180番船は、平成12年2月建造契約を締結し、翌13年6月起工、翌14年5月進水を終え、その後、造船所の岸壁に右舷付け係留され、同年10月下旬の試走に向けて艤装が急ピッチで進められていた。
 このような状況のもと、2180番船では6月から8月にかけて前述の不審火や失火が度々発生し、この間、A及びB両指定海難関係人は、不審火について、いずれも人為的な痕跡があるものの、行為者を特定するに至っていないこと、また失火について、いずれも溶接箇所裏側の未確認という火気作業要領の最も基本的な事項が遵守されていなかったことが原因であったことなどから、これらの事態を憂慮し、特防班の船内パトロールに加えて、立神工作部の幹部クラスや協力会社の管理職員が別途パトロール隊を編成して、それぞれ船内の点検や巡回を頻繁に行うなど、船内パトロールを強化し、9月以降船内での喫煙を全面禁止とするなど取りあえずの対策を採った。
 しかしながら、両指定海難関係人は、不審火や失火が大事に至る可能性を考慮すると、早い機会に全所的な根本対策を講じる必要があったが、A指定海難関係人は、立神工作部の内部で何とか処理できるものと考え、不審火や失火続発の詳細を、造船所の最高責任者であるI所長に報告せず、また、造船所が定めた火気作業要領が遵守されるよう、特防教育を実効的な内容に改編したうえ、同教育を定期的に行うなど、具体的な措置を策定してそれを実行するよう、特防班主任のB指定海難関係人に対して十分に指示しないまま、工事の進捗を優先した。
 一方、B指定海難関係人は、不審火や失火が大事に至る可能性を考慮し、船内の溶接作業について、造船所が定めた火気作業要領が遵守されるよう、早い機会に特防教育を実効的な内容に改編して同教育を定期的に行うなど、適切な対策を講じる必要があったが、具体的な対策の実行に取り組まなかった。
 I所長は、所内の工事において、火災など重大事故防止のため失火などの発生は必ず報告させる体制を整えておらず、また、現場の管理者などに、失火が発生しても初期消火が功を奏した場合には、造船所の首脳部にまで報告を上げなくてもいいだろうとの思いがあったことから、2件の不審火については副所長から報告を受けたものの、他の不審火や失火の続発に関しては何も聞き及んでいなかった。
 こうして、造船所は、万全を期して安全管理体制を整えていたにもかかわらず、不審火及び失火が続発する状況のもと、造船所全体で事態を深刻に受け止め、自らが定めた火気作業要領に従って適切な溶接作業が行われるよう、必要な防火措置を講じたのちに火気作業に取り掛かるなど、従業員に対し、同要領の遵守について的確な指導、教育及び監督を徹底していなかった。
 ところで、D指定海難関係人は、特防班が実施した前述の安全乗船教育及び特防両教育を他の作業員と共に受講したが、同教育は、一度の参加人数の多さや時間的な制約に加え、参加する従業員個々にとって、教育内容がどのように理解され、また、どれほど浸透しているかなどの検証を伴っておらず、理解度の深さにおいて、極めて大きな個人差が残存するという問題を抱えたものであったので、教育内容の概略は理解したものの、工事の進展とともに作業環境が多量の可燃性資材で埋まり、特に自らが専門とする溶接作業については、格別の配慮が要求されていることなどを十分に意識していなかった。
 そして、D指定海難関係人は、携わる現場が特防区画でない一般区画であることが続くうち、いつしか前述の火気作業要領を遵守しないまま、同僚のK作業員と二人一組となって配管工事に従事していた。
 平成14年9月17日、D指定海難関係人とK作業員は、職制を通じて、それまで従事していた12番デッキ第6ゾーンの作業現場から、試走までの工事がやや遅れ気味であった4番デッキ第3ゾーンの、主にスプリンクラ装置用と圧縮空気用それぞれのマップレスパイプを接続する配管工事に移動した。
 翌18日K作業員は、5番デッキ第3ゾーンについて、直属の上司である副作業長のC指定海難関係人に問い合わせ、同ゾーンが特防区画であることを確認し、自身の携わる作業現場が特防区画の直下であることから、4番デッキの天井面も特防区画に準じることとなるので、D指定海難関係人と共に、5番デッキ第3ゾーンに赴き、各種の表示物を認めて両人共に同ゾーンが特防区画であることを確かめた。
 D指定海難関係人とK作業員は、同作業員がマップレスパイプの配管作業を行い、その半日ないし1日後、溶接作業の資格を持つD指定海難関係人が、接続された配管のサポートアングルを溶接で取り付け、必要に応じて互いの分担作業を補助しながら配管工事を続けていた。
 D指定海難関係人は、天井近くの配管に同アングルを取り付ける際、本来ならバルブプレートに取り付けるか、あるいはやむを得ない場合には、定められた火気作業要領に基づき、必要な手順を踏まえて天井に溶接を行わなければならなかったが、バルブプレートを利用するより天井に直付けするほうが、溶接作業が容易で強度的にも具合が良いものと思い、防火に対する配慮をせず、以前の一般区画での作業と同様に、火気作業要領を遵守しないまま溶接作業に着手し、都度、何事もなく同作業が進んだことから、その後も上方向に同アングルを取り付ける必要が生じてバルブプレートを利用しないときには、独断で同アングルを天井鋼板に直付けすることを続けた。
 K作業員は、D指定海難関係人との共同作業中、同人が多数のサポートアングルを天井鋼板に直付けしていることを認め、その都度、同人に注意を与えていたものの改善されず、時間が経過するにつれて一種の諦め(あきらめ)を抱くようになった。しかしながら、同作業員は、試走前の工程に4ないし5日間程度の遅れがあったものの、自身が火気作業を行う際には、D指定海難関係人に依頼して同人を見張りに立てて同要領を遵守するなど、必要な手順を踏まえて作業を行っていた。
 平成14年9月30日、作業現場に赴いたC指定海難関係人は、4番デッキ第3ゾーンで、K作業員がD指定海難関係人に対してサポートアングルの取付状態について注意しているのを認め、D指定海難関係人の溶接作業の内容を知るところとなった。
 このとき、C指定海難関係人は、両人のやりとりから、D指定海難関係人のサポートアングル取付けに問題があることを認め、不審火や失火が続発している状況を考慮すれば、K作業員に確認したり、現場近くの天井を詳しく観察するなどして、D指定海難関係人が、定められた火気作業要領を遵守して作業に従事しているかどうか、同人の作業内容を十分に把握する必要があったが、同把握に努めなかった。
 D指定海難関係人のサポートアングルの天井直付け溶接は、9月17日以降大事に至らないまま数十本に及んでいたが、不安全な火気作業状況は、同僚からの注意喚起も功を奏さず、上司に把握されることもなく、何らの対策も採られずに是正されないまま繰り返されていた。
 2180番船は、平成14年10月1日朝、同日付けで交代する立神工作部の新旧部長の挨拶などがあり、工事に携わる全従業員は、午前の始業時刻をやや遅れて建造作業を開始し、昼食の休憩を挟んだ同日午後、岸壁における各班の作業前ミーティングにおいても、防火措置を徹底して安全作業を推進することが型どおりに確認され、午後の作業を進めて夕刻を迎えることとなった。
 D指定海難関係人とK作業員は、前日同様4番デッキ第3ゾーンにおいて、二人の共同作業でマップレスパイプの配管工事を続け、この日D指定海難関係人は、同ゾーン天井への直付けも含めてサポートアングル十数本を取り付け、16時ころ同人は、K作業員が接続した配管のサポートアングルを水平方向に1本溶接したのち、16時20分同作業を中断し、休憩のために下船して残業に備えた。
 岸壁から船内に戻ったD指定海難関係人は、これまでと同様に火気作業要領を遵守することなく、作業許可証がないまま、K作業員に見張りを要請することも、消火器を準備することも、直上の客室内部を確認することもなく、同室の奥に段ボール紙やポリシートで養生されたヘッドボードが仮置きされていることに気付かずに作業を開始し、16時40分、用意した脚立に上がり、リモコンで溶接機の電流を調整し、常用する棒径3.2ミリのライムチタニア系溶接棒を用い、K作業員が接続した直径32ミリの圧縮空気配管用として、幅40ミリ厚さ3.2ミリ長さ42センチのサポートアングルを天井に直付けする溶接作業を始めた。
 D指定海難関係人は、サポートアングルを取り付ける箇所のすぐ横に、空調用ダクトがあったことから、右手にホルダを、左手に同アングルをそれぞれ持って、同アングルの直角部を天井鋼板に仮付けしたのち、左手で身体を支えながら、同アングルの一辺を10ないし15秒間かけて溶接し、いったん脚立を下りて姿勢を変え、ほぼ10秒後にもう一辺の溶接に取り掛かり、最初の一辺同様10ないし15秒間かけて溶接を終えたところ、320号客室においては、溶接の高熱が同室の床鋼板を伝わり、鋼板上面の温度が摂氏700度近くにまで上昇し、前示の段ボール紙が発火して発煙を伴う小さな炎が生じ始めた。
 近くで配管の接続作業を行っていたK作業員は、溶接光でD指定海難関係人がサポートアングルの取付けを再開したことを知り、17時05分同人の溶接作業が終了したことを確かめ、自身の配管作業への助力を依頼し、同時15分同配管作業を終えた。
 そのころ、320号客室は、炎が大きくなってポリシートや同シートを固縛するビニールテープに燃え広がり、高温を発しながらポプラ材のヘッドボードに燃え移り、火勢は一気に拡大することとなった。
 320号客室の火災は、特防区画に指定された5番デッキ第3ゾーンが客室などの側壁パネルで多数の小区画に分割されていたことによって、一般区画のような見通しもなく、火災の兆候を示す音も煙も、船内に残った約1,000人の作業員の耳と目から遮断されることとなり、過去の失火時のような早期発見につながらなかった。
 M重工業株式会社の子会社である西日本菱重興産株式会社建設部客船グループ工事長のEは、2180番船の厨房や各デッキの配膳室及び階段などの内装工事を担当していたところ、同日16時から1時間ばかり工事関係の打合せ会議を行い、同会議を終えて17時05分船内の担当箇所の見回りを開始した。
 2180番船は、5番デッキ第3ゾーンの320号客室において、室内に置かれた木製家具や内装資材などの可燃物が更に燃え上がり、17時19分長崎港旭町防波堤灯台から真方位218度940メートルの艤装岸壁において、同ゾーンを巡回していたE工事長が、パチパチという異音に気付き、開いていた入口から同室の内部をうかがったところ、真っ黒い煙が充満して火災が発生しているのを認めた。
 当時、天候は晴で風力3の西北西風が吹き、空気は乾燥していた。
 E工事長は、5番デッキ第3ゾーンで空調用のダクト工事に従事していた立神工作部船装課船装係のY及びH両作業員に火災の発見を告げるとともに消火器の所在を尋ね、Y作業員から手渡された消火器を使用して、入口から320号客室内部に消火剤を放射したところ、同内部から煙が噴出してきた。
 Y作業員は、自身も消火器1本を持ってE工事長の後を追ったが、大量の煙で前方を見通せないまま消火器を使用できなかった。一方、H作業員は、Y作業員を追走して320号客室内を一瞥(いちべつ)したとき、船首側の側壁から少し離れて室内中央よりやや右舷側に幅40センチ高さ80センチの炎を認め、同時に煙を吸い込んで危険を感じ、事の重大さを考えて特防センターに連絡しようと、下船して同センターに向かった。
 4番デッキ第3ゾーンで配管作業に一段落を付けたD指定海難関係人とK作業員は、周囲の熱気に気付くと同時に「火事だ。」との声を聞いたとき、C指定海難関係人が消火器1本を持って5番デッキに駆け上がるのを目にし、K作業員も消火器1本を持って追走したが、両人は、煙に行く手を遮られ共に消火器を使えないまま4番デッキ第3ゾーンに戻った。
 このころ320号客室は、炎が室内の側壁及び天井パネルの養生材であるビニールシートやベニヤ板などにも延焼し、4番デッキ第3ゾーンに戻ったC指定海難関係人とK作業員は、そこで作業員数名が天井を見上げていることに気付き、近づいて先刻D指定海難関係人がサポートアングルを直付け溶接した付近の天井鋼鈑の一部が、大きさ約30センチの楕円形に赤黒く変色しているのを認め、更にその形が右舷方船尾側に畳2枚分にまで徐々に拡大し、色相も明るさを増していくのを見て、直上階デッキで火災が急速に拡大しつつあるのを知った。
 特防班の船内パトロール要員であったGは、1人で特防センターにいたとき、船内から下りてきたH作業員から「5番デッキ第3ゾーンで火災発生。」との通報を受けたが、ほぼ2箇月前に陸上の警備会社から別会社を経由して特防班に出向派遣となり、船舶については不案内の面もあって、火元である客室の正確な位置や初期消火の状況、炎や発煙の状態など必要な情報を的確に把握しないまま、造船所の第1ドックで建造中であった2181番船の船内パトロールに赴いていた同班主任のB指定海難関係人に連絡を取り、同人からの指示を仰いだ。
 G特防班員から連絡を受けたB指定海難関係人は、2180番船に急行するとともに、同船の15番デッキ第2ゾーンで打合せを行っていた立神工作部主席プロジェクト室統括のNに連絡し、連絡を受けたN統括が5番デッキ第3ゾーンに下りて大量の発煙を認め、直ちにA指定海難関係人、立神工作部及び総務部の両次長などに通報した。
 その後、火災は、建造工事関係者間の連絡網によって、短時間のうちに立神工作部の職員及び幹部のほか、多くの従業員の知るところとなったが、進水後、続発した失火がいずれも初期消火で事なきを得ていたこともあってか、関係者は、その大勢が一様に「ボヤ程度」で「すぐ消せる」との安易な見通しを持ったまま順次船内に入り、黒煙の立ち込める5番デッキ第3ゾーンのアートギャラリー及び同第4ゾーンのアトリウム近辺に集まった。
 A及びB両指定海難関係人をはじめ、火災の現場近くに集まった立神工作部の職員及び幹部は、周囲の作業員に消火栓の確認や消火ホースの準備を指示し、排気のための作業用ファンを用意させ、B指定海難関係人と立神工作部安全衛生係長Fが、簡易酸素マスクを着けて何とか火元に接近しようと試みたものの、大量の黒煙に阻まれてどうすることもできず、依然として320号客室が火元であることを特定できず、消火器の使用及び消火ホースからの放水を果たし得ないまま、17時49分A指定海難関係人は、自力での消火を断念し、N統括に消防機関への通報と全員の退避を指示した。
 こうして、発見から約30分後にようやく火災の発生が通報され、同通報を受けた長崎市消防局(以下「市消防局」という。)は、17時56分から18時10分にかけて、消防車や消防艇及び消防署員などを次々と造船所の艤装岸壁に集結させ、直ちにA指定海難関係人やN統括などから、図面を基に船体内部の案内や説明を受けて消火活動を開始したが、延焼拡大の速さと激しさ及び船体の大きさや構造の複雑さなどによって消火活動は難儀を極め、有効かつ即効性のある対応を採ることができなかった。
 I所長は、18時ころ船舶部門担当の副所長Jから連絡を受けて事態を知り、直ちに造船所に戻って消防機関の消火活動に全面的な協力を行うことを部下に指示し、併せて造船所及び会社としての事後の対策などに取り組んだ。
 320号客室から発生した火災は、ゾーン間の貫通部のシールが施されていなかった天井付近の敷設ケーブルや、通路側壁の養生ベニヤ板などを延焼の媒体とし、すべての防火扉が開いた状態のまま拡大を続け、市消防局や海上保安部などは、機材及び人員を追加投入して懸命な消火活動を続け、翌2日12時46分火災の鎮圧を果たしたのち、翌々3日05時45分ようやく鎮火するに至った。
 この結果、2180番船は、延べ総床面積の4割に相当する5万平方メートル余りを焼損したが、船内で作業中だった約1,000人の従業員は、安全に避難して全員の無事が確認され、その後、平成14年10月21日同船は、造船所の香焼工場に移され、焼損部分を完全に撤去し、船名を2181番船と入れ替え、平成16年5月の竣工を予定して建造を継続することとなった。
(8)本件後の対策
 本件後、造船所は、A及びB両指定海難関係人ほか建造発注主や船舶保険会社の助言によって英国の火災専門家を交え、本件火災の対策を検討し、それぞれ次のように体制を整えた。
(1)防火体制
ア 天井鋼板への直付け溶接を全面禁止
イ 特防区画での火気作業規制を強化
ウ 特防区画から500ミリ以内の隣接区画における火気作業規制を強化
エ 一般区画での火気作業規制を強化
オ 特防区画の指定を早期化
カ 特防区画の表示標識を強化
キ 可燃性資材の管理を強化
ク 特防教育の内容改善及び少人数教育を実施
ケ 特防班の増員を実行
コ 船内パトロールを強化
(2)消火及び延焼拡大防止体制
ア スプリンクラ装置の早期稼働を準備
イ 煙検知器を早期に仮設
ウ 消火栓及び消火ホースを増設
エ 消火器及び消火用水の増設
オ 消火器を大容量型に新替え
カ 各デッキそれぞれの階段に大容量型消火器を新設
キ 階段部分に強化液消火器を新設
ク 乗下船口付近に背負式消火水嚢(ジェットシューター)を新設
ケ 防火扉の閉鎖作動を確保
コ 防火区画間ケーブル貫通部のシールを早期に施工
サ 特防教育の内容改善及び少人数教育を実施
シ 消防機関の指導を含む消火訓練の強化
ス 初期消火の手順を明確化
(3)通報体制
ア 消防機関及び海上保安部などへの直接通報体制を構築
イ 直通の外線電話を増設
ウ 船内定期放送による通報体制の周知
(4)その他
ア 特防センターに消防用図面を常備
イ 造船所として「火災防止特別強化期間」を設定
ウ 造船所として「長船防災の日」を設定
 造船所は、このうち火気作業の規制強化については、溶接箇所の裏側に見張り要員を置くこと、作業者及び同要員共に消火器を用意すること、作業場所に「火気作業中」の表示板を掲示することと、特防区画の表示強化については、現場作業員が同区画であるかどうか疑念を抱くことのないよう、同区画及び前後上下の隣接する区画の壁面に多量の表示物を掲げることと、また特防教育の内容改善及び再教育については、本件が、定められた火気作業要領が遵守されなかったことによって発生したことから、少人数グループの編成で、新たに見直された対策の一つ一つを説明し、火災のもたらす影響の大きさについて、強い自覚を促す内容とした。
 また、M重工業株式会社は、造船所における本件と、同社の他事業所における製造上の問題点も踏まえ、現場活力の低下を危惧(きぐ)し、同活力の再生と緊張感の維持に向け、全社一丸となって現状の危機感を共有するため、本社に「現場管理改革委員会」を設置した。
 同委員会は、マネジメント改革、管理の仕組み改革、制度改革の3つの分科会を設け、各分科会が、次のテーマについて平成15年9月末を目標にそれぞれ具体的な行動プランを策定することを決定した。
(1)マネジメント改革分科会
 管理職の管理能力向上、社員の心根と職場風土の改善、危機感と教訓の共有
(2)管理の仕組み改革分科会
 生産管理、管理の仕組みの見直し、現場第一主義の在り方、管理職の管理・間接業務の削減と効率化、管理職の現場把握とリーダーシップ
(3)制度改革分科会
 技能系人事制度の見直し(作業長の業務及び処遇の見直し、責任範囲の明確化、評価方法の見直し)
 造船所においては、I所長以下全員が、「皆が考え、意見を言い、行動する」とのスローガンのもと、防火管理の基本ルールを徹底するという目的のために、意思疎通の向上、違反黙認の根絶、従業員相互の理解と注意の呼び掛けに継続的に取り組むことを、内外に明らかにした。
 
(原因の考察)
1 発火実証実験
 審理の過程で、本件当時320号客室においては、厚さ5ミリの高張力鋼板の床面にポプラ材のヘッドボードが置かれ、同ボードがポリシートとビニールテープで包装されていたこと、また養生のために、段ボール紙が二つ折りにして床面及び壁面に挟んであったことが明らかとなった。
 このため当海難審判庁は、このような状況で、同鋼板の裏面にサポートアングルを直付け溶接した場合、実際に、直上の段ボール紙が発火し、更に同シートやビニールテープも発火して、ヘッドボードの炎上に至るのか、至るとすれば、それはどのような様相を帯びながら燃えていくのかを実証するため、発火実験を行った。
 実験の内容と結果の詳細は、検査調書に記載したとおりであり、同調書中から実験より導かれた結論を転載して次に示し、発火実証実験装置概要図を図1に、結果の一部(温度グラフ)を図2に示す。
(1)鋼板の裏側の表面温度は、摂氏700度にまで達した
(2)段ボール紙は発火して、白煙を生じた
(3)段ボール紙の炎上によって、包装材のポリシートとビニールテープも、同時に発火した
(4)同シート及び同テープが炎上すると、直後にヘッドボードも発火し、同ボードは激しく燃え上がった
(5)同シート及び同テープは、種火となっていつまでも燃え続けた
(6)本件火災は、天井鋼板にサポートアングルを直付け溶接したとき、高熱が反対面の段ボール紙に伝わり、同紙が発火して包装材及びポプラ材のヘッドボードに燃え移り、その後延焼拡大した蓋然性が極めて高い
以下余白

図1


図2

2 造船所の責務
 本件火災は、現場作業員が、造船所の定めた火気作業要領を遵守せず、適切な防火措置を執らないまま、独断で天井鋼板にサポートアングルの直付け溶接を行ったことによって発生したことは明らかである。
 しかしながら、進水後の4箇月間に4回、溶接時の裏側確認が行われなかったという同じ内容の不安全作業によって失火が生じており、また、それぞれの失火に関係した作業員が同一人でなかったことから、火気作業要領が遵守されなかったことについては、一作業員に限定されるものではなく、所内にこうした作業状況を許す風土的な素地があったといわざるを得ない。
 そのような背景を考えると、企業あるいは事業所と従業員との関係において、「個人が社内規則などを遵守しないのは、個人の資質もさることながら、事業所の意志決定、風土、報酬システムなどの要素の中にこそ存在する」との考え方、いわゆる「コンプライアンス」という概念を本件に適用すべきと思われる。
 すなわち、本件では、同概念を「内部統制手続き」「事業所の規則などを遵守する行動規範」と捉えれば、火気作業要領を遵守しないことによる失火が続いていたにもかかわらず、造船所は、
(1)周知徹底させる教育研修制度の確立
(2)推進するための人事評価制度や罰則制度の確立
(3)相互監視に基づく報告制度の確立
(4)周知徹底度の調査分析や理解度を検証するモニタリング体制の確立
 などに向けて、十分な措置を講じていなかったといえる。
 従って、本件発生は、D指定海難関係人の所為のみを原因とすることは相当でなく、造船所、同所の幹部職員であるA及びB両指定海難関係人、D指定海難関係人の直属の上司で副作業長のC指定海難関係人の所為も、それぞれ原因となるとするのが相当である。
 本件後、M重工業株式会社が本社に設置した「現場管理改革委員会」は、このような考えから生まれたものと判断され、同委員会の活動が早期に十分な成果を得て、これを実現するよう強く期待する。
3 320号客室のヘッドボード
 火災は、一般に「発火源」「可燃物の存在」「酸素」の3要素が満たされて発生するが、うち本件において可燃物になったと思われる同ボードの床上への直置きについて考察する。
 本件当時、320号客室のある5番デッキ第3ゾーンは2箇月半前から特防区画として指定されていた。指定の理由は、いうまでもなく、同区画には内装工事の進捗に伴って可燃性の資材が多量に搬入され、木製家具、調度品、養生材、カーペットなどが存在し、あるいは近日中に搬入及び取付けが行われるからである。
 実際、内装工事が進んでいた前示ゾーンにおいては、A指定海難関係人の当廷における、「当時、内装の進んだ区画では、固定の家具が既に床に直に置かれた状態であった。また、すぐに取り付ける家具などは、直置きされていた。本来、非常に燃えやすい物が増えていくのが特防区画である。」旨の供述と、O特防班長に対する質問調書中、「短期間であれば床に直接置いても仕方がないと思っていた。家具取付けの作業員が現場に居た場合などには、床に直接置くなとは指示していなかった。家具を傷つけないように段ボール紙を挟むのは十分理解できるし、当たり前ともいえる。段ボール紙やベニヤ板を敷いてはいけないというのは、工事スペースに置く場合のことで、室内家具の取付けでは、家具の直置きや段ボール紙の使用は当然の工程と思う。自分も段ボール紙を使用しているのは何度も見ている。段ボール紙の使用について、特防班の班員に特に指導はしていない。班員も私と同じ判断だろうと思う。即ち、室内に搬入された家具は仮置きではないので、床への直置きがあり得るということである。一般的な工事スペースに置く場合については、枕木などの使用を厳しく指示していた。」旨の供述記載及び千賀課長に対する質問調書中、「特防区画の直下では火気作業はあり得ないと思っていた。」旨の供述記載などを総合すれば、客室内に搬入された家具が床上に直置きされることは、必ずしも厳格に禁止されておらず、短期間であれば、むしろ工程上やむを得ないこととして、現場関係者間においては暗黙の了解があったと思われる。
 従って、特防教育で、同区画における可燃物の直置き禁止が説明されていたのは、直下の天井鋼板への直付け溶接が禁止されていたことに加えて、これを補完する意味で二重の安全措置として考えるべきで、同ボードが床上に直置きされていたことは、作業要領が遵守されないまま溶接作業が行われたことと、同程度の原因とするまでもない。
 しかしながら、前述のとおり可燃物の直置き禁止は、特防教育において全従業員に説明されていたのであり、枕木を使用するなどの措置が執られていれば、天井鋼板への直付け溶接が行われたとしても、本件のような火災には至らなかったものと推認され、同教育での指導が正しく守られるべきであった。
 なお、造船所は、本件後、可燃物を床上に置く場合、床との間には、必ず不燃性の布を巻いた枕木を挿入するよう指導を徹底し、そのための資材を整えた。

(原因)
 本件火災は、造船所内で建造中の大型客船において、溶接作業中、溶接の高熱で作業箇所直上階の客室に置かれた可燃物が発火し、炎上したことによって発生したものである。
 造船所が、所内で建造中の大型客船に対して自ら定めた火気作業要領について、的確な指導、教育及び監督が不十分で、配管のサポートアングルを取り付ける溶接作業現場において、適切な防火措置を講ずるなど、定められた火気作業要領が遵守されなかったことは、本件発生の原因となる。
 火気作業要領が遵守されなかったのは、造船所が、同作業要領について、従業員に対し、的確な指導、教育及び監督を徹底していなかったことと、防火管理の責任者が、船内の溶接作業について、同作業要領が遵守されるよう、防火管理の実務担当主任に対し、具体的な措置の策定と実行を十分に指示しなかったこと、防火管理の実務を担当する特別防災班の主任が、具体的な措置を策定したうえこれを実行しなかったこと、溶接作業員の直属上司が、部下が定められた火気作業要領を遵守しているか十分に把握しなかったこと、及び溶接作業員が、配管のサポートアングルを溶接で取り付ける際、同作業要領を十分に遵守しないまま、溶接作業を行ったこととによるものである。
 なお、火災が拡大して甚大な被害が発生したのは、火災発生を認めた際、関係者全員が安易な見通しを持ったまま、消火体制、延焼拡大防止体制及び通報体制それぞれが不十分で、火元が特定できないなど初期消火についての指揮が適切に執られなかったばかりか、消防機関への通報が遅れ、機動的な消火活動が早期にできなかったことによるものである。

(指定海難関係人の所為)
 指定海難関係人M重工業株式会社長崎造船所が、建造中の船舶において、進水後不審火や失火が続発する状況のもと、自らが定めた火気作業要領に従い、適切な溶接作業が行われるよう、必要な防火措置を講じたのちに同作業に取り掛かるなど、現場作業員に対し、同要領の遵守について、的確な指導、教育及び監督を徹底していなかったことは、本件発生の原因となる。
 指定海難関係人M重工業株式会社長崎造船所に対しては、本件後、現場作業員の防火意識が徹底していなかった事実を見据え、デッキ鋼板への直付け溶接を全区画において禁止する旨を決定し、造船所及び現場作業員にとって、定められた作業要領の確実な実行こそが、すべてに優先する行動規範であることを宣言したうえ、同所の最高責任者が、自身が先頭に立って防火意識の揺るぎない育成に向け、不断の努力を傾注することを内外に表明し、他の事業所と共にM重工業株式会社の全社を挙げて、作業現場における、意志疎通の改革、生産管理体制の見直し、人事制度の検討などを大きな柱とする素案の取りまとめを終え、その後、着手していた個々の具体的な手法の策定が間もなく実現することに加え、本件後の建造工事においては、消火及び火災拡大の防止装置を進水後早期に稼働させ、防火管理の実務担当者を増員し、防火監視体制を強化したことに併せ、消防機関への通報体制を見直すなど、火災の発生と延焼拡大の再発防止に向けて有効な諸対策を実行していることに徴し、勧告しない。
 A指定海難関係人が、建造中の船舶において、進水後、不審火や失火が続発する状況のもと、船内での溶接作業について、定められた火気作業要領が遵守されるよう、防火責任者として、防火管理の実務担当主任に対し、特別防火教育を実効的な内容に改善したうえ、同教育を定期的に行うなど、具体的な措置を策定してそれを実行するよう、十分に指示しなかったことは、本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては、本件時、防火に対する従業員の緊張感の維持及び造船所が定めた火気作業要領の周知徹底への努力が、必ずしも十分ではなかったことを反省し、その反省と本件での自身の経験を踏まえ、火災の発生と延焼拡大の再発防止に向け、造船所の防火管理体制の見直し及び改善並びに強化の策定などに貢献していること、そして現在それらが実行に移されていることに徴し、勧告しない。
 B指定海難関係人が、建造中の船舶において、進水後、不審火や失火が続発する状況のもと、船内での溶接作業について、適切な防火措置を講じて同作業を行うなど、定められた火気作業要領が遵守されるよう、実効的な特別防火教育を定期的に行うなど、具体的な措置を策定し、同措置を速やかに実行しなかったことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、本件後、特別防火教育の見直しや実施に加え、工事中の船内監視体制の強化など、火災の発生と延焼拡大の再発防止に向け、有効な措置の策定に寄与し、これを実行していることに徴し、勧告しない。
 C指定海難関係人が、建造中の船舶において、進水後、不審火や失火が続発する状況のもと、部下が定められた火気作業要領に反した危険な溶接作業を行っていないかどうか、部下の火気作業の内容を把握せず、十分な指導及び監督を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 C指定海難関係人に対しては、本件後、部下との意志疎通及び部下の安全意識の高揚などに努め、危険な作業を行う部下に対しては厳格に指導するなどして部下の火気作業内容を把握し、火災の再発防止に向けて不断の努力を注いでいることに徴し、勧告しない。
 D指定海難関係人が、配管のサポートアングルを溶接で取り付ける作業を行う際、火気作業届の提出や裏側確認の励行など、造船所が定めた火気作業要領を十分に遵守しなかったことは、本件発生の原因となる。
 D指定海難関係人に対しては、本件後、造船所が、同人を火気作業に従事させない旨を決定し、これを実行していることに徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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